タイムパフォーマンスが重要視される時代になりました。限られた人生、確かに時間は有用に使いたいと思うところです。会社員などで会社勤めであれば、会社のために1日の10時間以上拘束されるなどといったこともありますから、余計に時間を有効に使いたいという思いはあるのかもしれません。
今は、各人が情報を発信できる時代になりましたし、情報も動画配信サイトなども様々な形で配信できるようになり、少しの時間でも自分の欲しい情報を入手しやすくなったように感じます。
しかし、だからこそ、情報の正しさというところの扱いが難しくなったようにも感じますね。
短時間で情報を獲得しようと思うと、切り抜きされたり、ダイジェストになったりしているまとめられた情報というのは非常にありがたいところがあります。一方で、その切り抜きされた情報というのは非常に恣意性が生まれやすくもあるからです。
最も発信者側が入手した情報を自分の都合で切り取りして発信するというのは今始まったことではありません。古くからあるメディアが昔からやってきたことでもありますから、情報に対していかにアプローチする技術を身につけるかということでもあります。
東京都知事選がありましたが、そこで話題になった人物の一人が、石丸伸二でしょうか?
最も石丸さんについては、東京都知事選で有名になった、話題になったというわけではありません。それよりは広島の安芸高田市長時代にその知名度を上げ、その人気の元都知事選に出たという方が正しいのかと思います。
安芸高田市長の時、Youtubeなどを積極的に利用し、それに伴いTikTokなどでも切り取りされた石丸さんの発言というのは話題になっていたように感じます。その中では、正義感ある若手、理路整然とした市長の石丸さんと、古くからの問題がある議会に、議会と関連のあるメディア(中国新聞)という構図であり、前者が正義、後者が悪であるかのような印象を受けるまとめ方をされていたように感じます。
まぁ、個人的にこのやり取りでどちらが正しいかということにはあまり興味を持てませんでした。
ただ、このときから石丸さんらしい節というのはあちらこちらに見られていたようには思いますが、ただ、市長が問題視するべき問題として、そこをそこまで切り取り、そしてそれを全世界に報道すべき話であるのかといった点については個人的には疑問もありました。重箱の隅を突くような話をしているようで、もっと大局的な話であったり、市の運営上重要な話などがあるのではないかという印象があり、その中で中国新聞の問題などそこばかりをいじっているのはどうなのかと思ったわけです。
まぁ、実際私はYoutubeで公式のものを仔細に見たわけではないので特にそういう印象になったのかもしれません。私がそれを見たのは、暇つぶしでみたTikTokでの一部のシーンであり、その時のトレンドのものが上がってくるがゆえに、そこには偏りが生じるからです。
しかし、そういう安芸高田市長時代を見た人からすれば、こういうズバっと問題を言える政治家が日本には必要だと安易に思う可能性も十分にあるかと思います。
石丸さんの2位が躍進かどうかはわかりませんが、後ろ盾がない中で、ここまで、特に若者を中心に人気になったのは、Youtubeなどを使った若い世代が使いメディアに強く、そして、そこで今までの政治家とは違うシーンというのを見せることができたからかもしれません。それがどうであれ、新しい期待をした人が一定数いたのは確かでしょう。
一方で、選挙後については、石丸さんがテレビに出た中での発言について、切り取られ、石丸構文として話題にもなりました。
まぁ、石丸構文については、石丸さんが後ほど、おちょくってたみたいな発言があり、それがどこまで本当かはともかくとして、SNSなどでも切り取られた中での発言であり、会話が成立しない人のネタみたいな感じで話題になりました。
実際、もう少し長い尺であれば、どちらが悪いとは言い難いところもありますが、どちらにもある種の恣意性があり、それが都合よく使われたというところはあるのかなと思います。
ただ、問題であるのは、SNS等での情報というのが、そういう切り抜かれた形、恣意性のある形のものであるということです。
今回はたとえで都知事選を出しましたが、生態系などについても問題であるかのようにアップする人がいても、それは専門家の立場からすればおかしな話ではなく、知らずに問題視するというケースも少なくありません。
また、何かの事柄について、代名詞が大きくすることであたかもそれが代表的な意見であるかのように話すケースもあります。
自分の意見にも関わらず、男性は、女性はなどといったり、あるいはその国では当たり前であるかのように、アメリカでは、といったり、私の友人のドイツ人はといったりといった感じですね。
私の友人のドイツ人は、ただ一人の人を指すだけでしかないのですが、こういう記述をすれば、ドイツ人の中ではこういう考え方が多いと少なくとも印象付けてしまうというケースも少なくありません。
情報は、少し前後を切りとったり、主語を変えたりするだけでも印象がガラリと変わりますし、一方で、タイパの時代で情報がものすごく早くそれが伝搬し、それがトレンドとなってしまい、正しくない情報でも行き渡ってしまうリスクがあります。陰謀論などもそうでしょうし、前述の石丸さんが人気になり、その後叩かれるような流れというのもこのタイパの時代ならではの流れというところはあるのかなという気もします。
タイパを意識すればするほど、情報に対してある意味では本当に正しいのか、を精査する時間なく、それを鵜呑みにしてしまう、そもそもの情報の発信源はどこで、どういう意図で、どういう情報を流しているのかもわからないまま受け入れてしまうというところがあるように感じますね。
ゆえに、そこに対応できるだけの冷静さではないですが、情報に対して読みとく能力もまた必要であるように感じます。
もともと情報は恣意性がある中で流れるものではあるかもしれません。しかし、その間隔が早く、短く発信される時代であり、その中で便利に情報を受け取っている時代だからこそ、そこはより意識する必要があるかもしれません。
そんな中、Youtubeでは切り抜き動画の収益化を停止する動きが出ていました。
切り抜き動画は確かに問題点もあったかと思いますので、このような動きが出てくるのはわからなくはないですが、そのことがどう影響するのかといった点も興味がありますね。