WBCと黒人とビジネス | 米の心

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日本では大盛り上がりを見せたWBC、まぁこれは日本人にとっては夢のような展開、ドラマがある中での勝利というのがあったからなのですが、一方で、アメリカではどういう扱いかと言われるとWBCの扱いは決して大きくなかったようです。実際ある記事によれば、決勝のチケットが約3万円から売っていたようで、確かにこれはスーパーボウルであったりと比較すると非常に購入しやすい金額であり、それはつまりそのレベルのニーズであるということであることを示しているとも言えます。

アメリカが勝たなかったから、アメリカがベストメンバーではなかったからとも言われていますし、そもそもWSが最も価値のあるタイトルだからという見方もありますが、根本的なところでいえば、そもそもMLBの人気そのものは決して高いものではありません。

例えば、2022年のワールドシリーズの視聴率や視聴数は下から2番目だったそうです。放映権ビジネスで売り上げなどは好調とされているMLBですが、4大スポーツの中で人気は近年NFLやNBAの方が高いと言われています。

これは若い層ではより顕著であるそうで、21年のワシントンポストによる調査だと、30歳以下で好きなスポーツを聞いたところ、1位アメフト24%、2位バスケ17%、3位その他12%、4位サッカー10%、それにつづくのが5位に野球で7%で若い世代からすると退屈なスポーツという見方が強く、おじさん、お父さん世代の観るものと捉える人も多いのだとか。

若い世代というのはyoutubeなどのネット配信に慣れている世代です。この世代は、どれだけ観たいところだけを観るかという世代でもあるように思います。テレビが中心的だった時代はCM当たり前ですが、Youtubeの広告すら煩わしく飛ばすのが当たり前の世代にとってすれば、野球は冗長的とも言えるかもしれません。時間へのアプローチがよりデジタル化が進んだ中でシビアになった世代であるがゆえにですね。

ピッチクロックなどの導入でMLBの試合時間を短縮しようとするのもまた、そういう世代に向けてのアピールというところもあるのかもしれません。

ただ、個人的にはピッチクロックを入れようがそれが視聴率、視聴数の増加に繋がるとはあまり考えていません。そもそも、観る対象に入っていない限りは今は見ない時代からです。野球が好きな7%の人にとっては、それによって多少観る観ないの変化があるかもしれません。しかし、そうではない世代にとってはわざわざ今まで退屈だと思って見なかった野球を見ようとする動機付けになり、実際見て、ぜんぜん退屈じゃないじゃないか!スピーディーな展開で楽しい!とはとてもならないと正直思うのです。

様々に施策するにしても、それ以前に関心を持ってもらえる状況ではないというのが非常に厳しい話ということになります。

MLBですらそうであるのであれば、WBCになればなおさらのことでしょう。もはや、多くのアメリカ人にとってはMLBは関心の対象ではなく、それがゆえにWBCも野球の国際大会やっているねくらいに過ぎないわけです。投手がベストメンバーではないから負けたと言ってくれる人は、逆にそれだけまだ野球に関心がある分マシな人とすら言えるでしょう。

日本人だって、自分の関心のないスポーツの国際大会にどれも盛り上がるという人は珍しいのではないでしょうか。せいぜいオリンピックなどであればともかく、世界陸上なども全てチェックして、盛り上がるという人はそこまで多くはいないと思います。それも地上波でのテレビで放送してくれるならともかく、アメリカのように専門チャンネルが多様化している中で、主要チャンネルでやらないのであれば、普通の人の目に止まるにも止まりません。

今回のWBC、アメリカ代表を改めて見返してみると、白人選手がベースであり、黒人選手があまりいないということがわかるかと思います。

これは、WBCがそうだというのではなく、MLBがそういう世界になっているからです。2020年の記事を参照にしたものですが、MLBにおける黒人比率は8%にも満たないそうです。NBAは80%前後、NFLが70%前後であることを考慮すると非常に黒人比率が少ないと言われています。MLBの幹部にも白人が多いらしく、白人社会になっているというのは課題であり、この点についてホワイトソックスのケニー・ウィリアムズ副社長が黒人だけで人種差別は解消できない。白人がそうすることが必要との発言をしています。

白人社会だからというのは、野球というスポーツの成り立ちからすればそうであるでしょうし、黒人問題というのはMLBの歴史の中で解決してきたという人もいるかもしれませんが、実際のところは黒人比率が低いということで示されています。

NFLなどは複雑な作戦も理解する必要があり、人種差別がひどかった時のように頭が悪いからなどというで、黒人に野球やアメフトができないという結論に結びつけることが不可能なのは、今のNFLでの黒人比率の高さが証明しているとも言えます。(まぁ、個人的にはただ黒人比率が高い一方で、QBは白人選手が多い傾向があるので、一概ではない差別はどこかあるように感じますが。)

何度か記述していますが、MLBに黒人が入りたがらないのは、差別的で白人主義的なところもあるかもしれませんが、単純に稼げるようになるまでに時間がかかるからです。NBAなどは上位指名なら入った段階から数億の契約が保証されますし、年間通してロースター入りすればそれだけで2億近くのサラリーがミニマムの年俸として保証されています。

もし早くから収入を得たいのであれば、稼げるようになるまで数年はかかるのが前提のMLBよりNBAは当然の選択肢にもなりやすいとも言えます。

この辺り、黒人が入りやすいというのは経済的なところも含めて、MLBは弱いということになります。そして、その選択肢の継続が結果、黒人比率が8%に満たないというところに示されているわけです。

ここでそうなってくると、ではどのスポーツを見て育つか、大人になってどのスポーツを観るかということを考えてみるといかがでしょうか。

野球はすぐに稼げないからNBAやNFLでプレーするというのは、逆に言えば、それまでは(学生の間は)少なくとも野球も選択肢にあったということを示しています。

しかし、では、例えば黒人選手がほとんどいない中で、黒人の子供がMLBの試合を見ようとするでしょうか、大人になって白人ばかりのMLBを見たいと思うでしょうか。白人主義的というよりも、単純に自分たちと近い存在がより活躍しているところはそれだけより身近になるという話です。

アメリカにおいてかつては白人の比率が高かったとされていますが、将来的にはヒスパニック系、黒人、アジア人の比率が伸びると言われています。つまりは、ターゲット層を考える上で白人ありきの番組、スポーツは今後成り立たなくなるということを意味しており、それが視聴率などで現れ始めているのがMLBであるとも言えます。その意味で、ホワイトソックスの副社長より黒人などもプレーできる状況を提供しないと、MLBそのものがやばいよ!ということも示唆してのことかと思います。

つまり、スポーツにおいてかつてのターゲット層よりはるかに様々な人種に対してカバーをすることを求められるようになってきているということになります。

この点サッカーなどは非常に様々な人種が同居するとういことに成功しているスポーツの一つかもしれません。黒人の身体能力の高さも必要であれば、それぞれのポジションにあった技術や判断能力が必要であり、人種的にというよりは能力で単純にポジションを獲得しやすい分、人種を考えることなくチームを構成しやすいというメリットがあるからです。もちろん、このポジションは黒人が結果出しやすい、白人が多いなどは傾向としてはあるものの、あらゆる人種が楽しめるスポーツであり、それがゆえに、観る側もあらゆる人種がそれを意識することなくアプローチできるからです。

サッカーが世界中で人気なのはこの点は大きいかと思います。ヒスパニックでも、黒人でも、白人でもそのポジションでベストと思われる選手がただ代表になるそれだけだからです。もともと黒人でもプレーしやすいというところから始まった歴史のあるだけに、白人社会から発展した野球とはその点でも様々な人種が楽しむという意味での歴史そのものが違うともいうことができます。

白人主義の何が問題か、単純にいえば、それによってターゲットとなる層がより限定されやすいという点です。白人主義のスポーツがあってそのスポーツを黒人が好んで見るかとなるわけです。門徒解放するにしてもここからどこまで盛り返せるかともなるでしょう。結局現役世代が充実し、それを見る世代がそれを見て野球を選択肢にする必要があるので、時間のかかる作業になるからです。

そして若い世代になればなるほど、差別的な問題についてはより敏感な教育を受けている世代ということになります。となると余計白人主義的な要素は煙たがれる要因にもなりうるわけです。

さて、このような見方を進めていけば、近年映画や動画配信サイトでのオリジナルドラマなどでの人種への意識というのも理解ができる話ではないでしょうか。

原作では黒人はいないじゃないか、原作の世界が崩れる、それは確かにそうであり、私もその世界観は重要視してほしいと思っています。特にそれはSFであったりこの世界とは別の世界であることを前提にしている場合、意識する必要のないことだからです。

一方で、物語などの世界観は、日本でも中世のヨーロッパをモデルにしていたりとか、現状の価値観などからは遠いところにあるケースが多いです。ラノベとかの異世界ものなどだともう中世などがデフォだったりしますよね。

進んだ世界とすると、そこでファンタジー、幻想的な要因というのを理由づけするのが難しくなったり、あるいは、高度に進んでいるにも関わらず、現在の価値観以下の道徳、倫理感の世界などに設定するというのは苦労するところがあるからかもしれません。

原作ファンからするとそれは、残念なわけですが、別に映画などは原作ファンのためだけにつくるわけではありません。むしろ、原作ファンの方が一部の人間でしかないでしょう。

そうなると、多くの人に見てもられるようにすればどうすればいいのか、単純に白人中心の世界よりも、黒人にもヒスパニックにもアジア人にもそれぞれに見せ場があるように作ればいいわけです。エンターテイメントにそのようなものは必要ないというかもしれませんが、より多くの人に受け入れられるように作るというのはより合理的な選択であるということができます。

これは、差別問題に考慮してというより、より商業的に成功するための選択であるわけです。そもそも見てもらえる対象となる消費者を人種などを理由に限定するよりは、あらゆる人種に見てもられるようにした方がターゲットが広がるからです。

もちろん、それによって原作の、今までの世界観がという理由で、不満が出たり、ターゲットの対象から外れる人も出てくるでしょう。しかし、そこえ、ターゲットから外れる人数と、ターゲットを広げることから得る人数、どちらが多いかをただ判断するに過ぎません。

その意味で、MLBはビジネス的に今後、白人中心であるということから転換せざる得ないというわけです。

そして、そのことは、WBCのアメリカ代表の黒人比率の少なさ、視聴率、注目度の低さというところにも数字として現れているといってもいいのではないでしょうか?