友人から頂いたお菓子。中に味と風味の違う小さなおかきが入っている。
余りにも包装が綺麗なので、とても捨てられない。これで何か作って見よう、
上手に開けて包装を破損しないようおかきを楽しませていただく事に。
人間の容姿、見た目はおろそかには出来ないと言う事位私だって知っている。
特に女性にとって男性の目を惹くと言う点では重大問題だ。
見た目でお付き合いのきっかけが生まれても、そのまま上手く行くとは限らないが。
が、容姿端麗であればあるほどチャンスは多い。これは紛れも無い事実。
私なんか丸々太って目のクリクリした何とも愛らしい赤ちゃんだった。
それが成長するにつれて豹変。もうダメだとサジを投げたのは中学生の頃。
悟りが早かったのでその後ジタバタする事は無かったように思う。
悟るにしては若く、悲しい悟りだったが長く悶々とするよりはマシだったかな?
見た目が残念な人間はどう生きればいいのか。
誰だってこう言うに決まってる、「中身で勝負すればいいじゃないか」。
やめてくれ、慰めにもなんにもならん。
かと言ってそれ以外に方法はない。しかし、「勝負」と言うのはいかがなものか。
自分と言う人間をつらつら考えて見るに、
私ははどうも勝ち負けと言う考えそのものが苦手なようだ。
苦手な原因はストレス。勝っても負けてもストレスが生まれる。
負けたと思えばストレスだろうし、勝っても上には上がいる、
サジを投げた結果なのかどうか、基本的に私は私の趣味だけで生きている。
他人様がどう評価しようが関係ないし、気にした事も無い。
通りすがりの人達が私の人生に何の影響があろう。評価を求める意味も無い。
友人たちだけは何かしら私の良いところを知って付き合ってくれているのだし。
化粧もブランド物もダイエットもエステや美容整形も、私にとってはストレスだ。
自分で服を縫ったり、良さげな古着を手直しして見るのはあくまでも趣味。
出来上がりを見て「おお、なかなかいいぞ」と思うのも趣味。
だからそれを着た自分を他人に見せたい気持ちは全くない。全然、ない。
「こんなん出来たぞ」と友人に報告するのは、
釣り好きの人が釣れた魚を釣り仲間に見せるのとよく似ているように思う。
そんな私でも、見た目に人柄が現れる場合も多々あると言う事は承知している。
不潔なのはイカン。だらしないのもイカン。TPO無視もイカンなあ。
まあ、そこらあたりに基準を置いていられるのもこの年齢ならではの事。
これから恋人、伴侶を得ようとする年頃の人は頑張るだろうし、それも分かる、
さて、お題の通り見た目と言うのは厄介なもの。
が、厄介、厄介と言う割には自分が思う程他人様はあなたの見た目を気にしていない。
それぞれの年齢なりに普通にしてれば誰でも単なる景色の一部。
景色の一部じゃ気が済まないと思うから自分でストレスを創る。
まあ、そのストレスも楽しみなんだろうな。
でなきゃ頑張ってる訳ないから。
