今年も咲いた鉄砲ユリ。私の一番好きな花。次がヒアシンスやなあ。
こちらではクリスマスリリーと言う。そろそろクリスマスかあ。
イバンカは幸せか、と言う話をヒロちゃんとした。
あれだけ全てに恵まれた女性も少ないのでは、と言う話。
抜群の容姿と地位、名誉、財産、ハンサムな旦那に可愛い子供達。
お父さんは大統領で、娘可愛いさの塊。
うん、幸せやと思うよ。てか、快適やろうな。
けどな、全て持ってるいう事は何にも見つけられんちゅう事でもある。
人間ちゅうのは快適である状態では「無」なのだ、と
ある哲学者が言うてました。
そろそろお腹が空いて来た、と思った所に自分の好物の食べ物がある。
食べてる人にあるのは美味しい、快適だと言う感覚だけ。
「自分」を見つけるにはただ快適と言う状態では不可能。
もっと空腹、食べ物が不味い、もしくは食べ物が無い、と言う環境が必要。
そこで自分が何を感じ、思うか、どう行動するかで個性が生まれる訳。
つまり、「自分」という「個」を意識するっちゅう事やねんなあ。
快適さに対する人間の反応は「無」であり、個性はないけど、
困難に対する人間の反応は千差万別なので。
逃げる、立ち向かう、無視する、納得する、耐える、助けを乞う.......。
まあ、いろいろあって、迷ったり、失敗したりして個性が確立する。
で、自分探し、なんやけど、言わせて貰えば「余裕」やね。
衣食住に事欠いたり、事故や災難に遭ったりしてる人間にそんな余裕はない。
そんな状況に対処しているうちに自分が見つかる訳で。
素敵な自分、を見つけるなんて余裕は私にはなかったもんなあ。
生まれた環境から始まって、次々に襲ってくるトラブルと失敗。
だけど、今生きてる。まだまだ欠陥だらけの「自分」と生きてる。
自分を探してみたいという発想には空虚なものを感じられる感性がある。
恵まれすぎ、快適過ぎるとそういう発想にすらならない人も。
恵まれ過ぎた人生の半ば過ぎからチャリティーを始める人も。
あれも一種の自分探しなんだろうな。
自分探しをしたい程余裕のある人は、
世の中の不条理と戦ってみるのは如何だろう。
青山さんも同じような事言ってたなあ。
「困難と戦え、そうすれば自分が見つかる」って。
