あまりに難易度の高い作品にはもちろん挑戦できないけど、
ベートーベンのソナタが好きなんだもん!
ピアノを始めたのは6,7歳の頃だったと思う、といえば聞こえはいいが、一年も続けられなかった。
うちはピアノを買えるほど豊かではなかったが母がオルガンを買ってくれた。
ばーちゃんと暮らす家にオルガンが届いた時は有頂天になった。これでピアノが習える!
ばーちゃん家の両隣には年長の女の子がいて、忘れもしない名前はまさ子ちゃんとまり子ちゃん。
二人の家には立派なアップライトピアノがあるので練習の音はいつも響いて来る。
年長の二人に連れられてピアノの先生のお宅へ通うのは何とも言えず嬉しかった。
ピアノの初歩は赤い表紙のバイエル。昔習った人は誰でもそうなのではないかしらん。
年長の二人は次のステップ、黄色のバイエルかブルクミュラーだったのでは。
ここで滅多に自慢をしない、又自慢できるほどの事もない私の自慢をひとつ。
習い始めてしばらく経つと、お隣から聞こえる練習曲を耳コピーできるようになったのだ。
だから才能が無かった訳ではないと思う。その頃の私は。今は...もう無い。
辞めた理由は私の怠け心ではなく、ばーちゃんの意地。というよりは被害妄想。
ある時両隣の女の子たちの月謝だけが高くなっているのを知ったばーちゃんが、
私にもうピアノの先生のところには行かせないと言い出した。「見下げられた」。だって。
いやいや、通って半年かそこいらの私の月謝を上げるのは先生も忍びなかったんだろう。
今ならそう理解できるし抵抗もするがなにせ幼い上に他人様よりぼーっとした子だったから。
月日は流れた。あの頃の私と同じくらいの年齢に成長した私の娘に
今度はじーちゃんがピアノを買ってやろうと言い出した。
じーちゃんが言うに、ピアノは調律が必要だ。引っ越しするにも大騒ぎになる。
そこで選んだのがヤマハのクラビノーバ。値段はピアノに匹敵する。うちも豊かになったものだ。
が、娘は全く興味を示さない。私は人生と格闘中で鍵盤に向かおうと言う気にもならない。
移住の際にはじーちゃんの言う事が当を得た。引っ越し荷物にクラビノーバは収まった。
それから何年、いや、十何年クラビノーバは静まり返っていた。ただそこにあるだけ。
ある日ショッピングセンターの掲示板で「ピアノ教えます」の張り紙を見るまでは。
私にピアノが弾けるだろうか? 弾けるに決まってる。ドレミからやり直せばいいんだ。
ピアノはないけれどクラビノーバがある。鍵盤だってピアノと同じ88腱だ。
思えば「ピアノ教えます」の張り紙との出会いは私の長い闘いの終戦宣言だったんだな。
物心ついた頃から私にとって平穏な日々は無かったもの。
ピアノと別れた頃に闘いが始まって、もう一度出会った時には瓦礫の山。
それでももう銃声は遠くなっていた。
たまーにじーちゃんが手りゅう弾投げてくるけど、ね。
