もー、何というか.....。
二年前に家を改築しました。で、大量に廃材が出た訳です。
普通は大工さんが廃棄処分をしてくれるものです。で、実際そうしてくれようとしたのです。
そこへ待ったをかけたのがじーちゃん。捨てずにとっておけと言うのです。
使うのだそうです。勿論大工さんは言われた通り庭に積み上げて帰って行きました。
じーちゃんが言うには、芝刈り機を仕舞う小屋を建てる。暖炉にくべる薪として使う。
小屋を建てる? じーちゃん88歳ですよ。テレビの前から動いたことないやん。
暖炉の薪?うちに暖炉はありません。暖炉作るなんてとんでもない。
昔と違って防火基準が厳しく、許可を得るには屋根から壁から大改造が必要です。
でも私はじーちゃんに逆らいません。逆らってろくな結果が出たためしがない。
しかしこの廃材の山、せっかくさっぱりしたリビングの真ん前にあるのですよ。
「片ずけなあかん」。とじーちゃんは言います。ごもっとも。同意です。
その前に廃材に打たれた釘を全部抜かんとならんのだそうです。 ......誰が.....?
庭木の剪定も雑草取りも終わったので、この難題に取り掛かる事にしました。
まず、庭のずっと片隅の目立たない場所を整理整頓して廃材置き場を作りました。
それから釘抜き作業です。釘が刺さっていると危険だし、効率よく積む事ができません。
この暑いのに、長袖、長ズボン、長靴、軍手、麦わら帽子と首にはタオルです。
釘という物はその頭がある程度出ていないと引き抜けないものだと気が付きました。
どの釘もしっかり打ち付けてあるので、まず反対側からハンマーで叩いて頭を出します。
それでやっと釘抜きが使える訳ですが、どの廃材にも2,3から10本は釘が打ってある。
昨日は4時間かかって10本の廃材をきれいにしました。なんちゅう時間の無駄......。
でも、じーちゃんには逆らわないのです。逆らわないのが私の修行なのです。
お坊さんは御経を読んだり、山に登ったり、滝に打たれたりします。
生産性なんてないのです。だって哲学ですから。精神修養、修行ですから。
私の釘抜きだって修行なのです。そう思わんとやってられん!
一つ抜いては父のため.....。二つ抜いては母のため......。
三つ抜いては故郷の........。
