トムウェイッツの処女アルバム「クロージングタイム」。1972年。
ローリングストーン誌で「史上最も優れた100人のシンガー」の一人に選ばれた人。
なのに日本で彼の歌を耳にする機会は滅多にないし、彼の存在を知る人も少ない。
まあ、ちょっと変わった偏屈な人でもあるし、ハンサムでも無い。
曲はジャズ、バラード、ブルースが主なので、日本では「アイドル」にはなりようが無い。
やっと中流、もしくは中流になり損ねた庶民の心情を綴った歌が多い。
私の大好きな曲、「マーサ」は「クロージングタイム」の中の曲。
マーサは昔のガールフレンド。オペレーターを呼び出して彼女に長距離電話をかけている。
「僕の声、覚えているかい? あれから40年も経ったよね。」と。
40年…。10代に付き合いのあった二人だとしても、今はもう60歳に近い事になる。
「旦那さんはどうしてる?子供達は元気?僕も結婚したって聞いてるよね?」
マーサが安心できる暮らしを出来てる事が嬉しい、とも言う。
長距離電話だけど、電話代は心配しないで、と言う。
人間、60歳近くにもなって、今さら10代の焼けぼっくいに火の付きようもない。
この年代の庶民の生活では良かれ悪しかれ先々の事も見えて来て当然だ。
黄昏色と言われれば私だって悲しくなるが、目も眩む色彩に囲まれた年齢では決してない。
その中で、若かりし日のマーサはきっと永遠に色褪せない一輪の花なのだろう。
会って見ればお互い白髪もあれば皺もある。生活の苦労や健康の不節制も隠し切れない。
「コーヒーでも飲みながら昔の話をしないかい?」とは言いつつも実現しないのは承知の上。
マーサの応えには曲の始めから終わりまで一言も触れられず、
「いい時代だったね。僕には君、君には僕が全てだったね……。」と曲は終わる。
私にこんな電話をかけて来る人はいない。
なのに、何かが「被る」のだ。
切なくも優しい曲だ。
「マーサ」…。
YouTube で Martha by Tom Waits と検索して頂ければお聞きになれるはず。
ご興味があれば……。
