けこが泣いた日 | けこですのブログ

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たった今。今日の日本を背負う人。
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昨夜ブログを書き終えてから「わからんかったんかい」さんに電話した。
気力を使い果たした気がして、弱音を吐きたかった。ただ、一言「疲れた」と。
電話中に自分の机の上のアイパッドが「リン、」と鳴り、産経新聞の号外番の知らせ。
「安倍総理の談話発表!」。一人でなくて良かった。
「わからんかったんかい」さんが電話の向こうに居る。どうやら外出中らしかったが…。

「事実は勇気を持って知るべきだ」と先日彼女に説教がましく言ったばかりだった。
それなのに談話の内容を知るのが怖くてならなかった。
安倍総理を信じる、と書いたばかりではないか。「五省」の記事を書いたのは2日前ではないか。
安倍総理への信頼が揺らぐのが怖かった訳ではない。日本人の民意の現実が怖かったのだ。

日本以外の諸国に向けた「痛切な反省とお詫びの気持ち」。
その一文が全文の中程にあった。「お詫び」…。
全てを読み上げ切り、「わからんかったんかい」さんと会話しながら私は泣いた。
国内世論と日米の力関係に屈服した。太平洋戦争に斃れた兵士の名誉は回復されなかった…。

ところが、ところがである。
毎日のブログを揚げるのに必死の間、私は日課の「ザボイス」を聞く余裕すら無かった。
今日の昼間、談話の前日の「ザボイス」を聞いた。金曜日担当は青山茂晴さん。
青山さんは土曜日の安倍談話の内容の全貌ををすでに知っておられたのだ。

私は滅多な事では泣かない。その私が泣いたのはひとえに自分自身の感情の為せる業。
私の敬愛する文豪、夏目漱石さんの名文にあるではないか。
「情に竿させば流される。知に働けば角が立つ。とかくこの世は生き難い。」
泣いてどうなるものではない。情、でこの生き難い世の中が変わるものか!

阿倍総理の談話に「謝罪」の言葉は確かにあった。
けれども、それ以外の内容にはこれまでに無い価値ある部分が多く含まれていたと思う。
自分の期待通りで無かったからと言って涙するのは本当に馬鹿げた事だ。
安倍総理はジリッと前に出てくれた。後退したと言うのでだけは絶対にない。

総理大臣と言う立場は想像を絶するプレッシャーを抱えながら知力と胆力を試されるものだ。
志も知性も品性も無く、いまだに国益を損ない続けている「元」総理もいるけれど。
安倍総理が古今最高の総理大臣だなどとは言わない。それは「時」が証明する。
けれど、決して忘れないでいたい事がある。全ては「民意」だと言う事。

戦後民主主義がいくらアメリカからの頂き物だからと言って、民主主義国家の主権者は国民。
60年体制と呼ばれた自民党政治も、数年で潰えた民主党政権も、もちろん現政権も「民意」。
国民の意識のありように従った政治が必ずそこにある。
民度低くして政治が高みに登る……あり得ない。


戦後70年にあたって、不肖けこからも戦禍に斃れた多くの人々に
心からの追悼の祈りをささげます。
どうか、これからも誇りある日本人の未来を導き、お見守り下さい。

泣くのはやめよう。考えよう!