ラジオデイズ | けこですのブログ

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船岡温泉の斜め前にある二軒の居酒屋。右手の細長いのは立ち飲み処。
左手はカウンターとボックス席のあるお店。沖縄ビールを飲んでみた。
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父母と一緒に暮らせた時期がありました。幼稚園に上がる前後だったと思います。
その頃一家は父の実家の離れで暮らしておりました。母屋には長男一家と姑。
離れにはトイレも台所も無く、六畳一間と半畳ほどの土間があるきり。
それでも、「狭いながらも楽しい我が家」とはよく言ったものです。
ここでの短い暮らしの間に、幼い私の頭には沢山の思い出が染込みました。

頃は昭和三十年代の後半です。テレビがちらほらと普及し始めた頃。
母屋にもテレビがやって来て、時々は見せてもらった覚えがあるのです。
どんな番組を見ていたか、覚えはありませんが、私の耳には従姉妹の声が今も。
「あっ、けこが又口開いて見てるわー!」.......まあ、そんな子供だったのです。

離れの我が家には細長いプラスチックのラジオがありました。色は薄い水色。
週日の朝、母はその頃日本生命に勤め、私は幼稚園へ。その前に朝食。
毎朝ビスケットにマーガリンを塗って食べるのが母と二人の朝食でしたが、
ラジオから流れてくるのは、「ハウ・マッチ・イズ・ザ・ドギー・イン・ザ・ウィンドウ」
ご存知パティ・ペイジのヒット曲でした。何かの番組のタイトル曲だったらしい。
その番組の前か、後にキリスト教の布教番組があり、
「暗いと不平を言うよりも、進んで灯りをともしましょう。」で始まっておりました。
幼かった私にも、何とはなしに言わんとする事がわかったのは今でも不思議です。

その後母が亡くなると、私はラジオごとすっかりばーちゃんのご厄介に。
ばーちゃん、は姑の事ではなく赤の他人。近所のおばあさんです。育ての親。
ここから本格的な私のラジオ・デイズが始まります。聞き放題。止める者なし。
フランク・シナトラ、アンディ・ウィリアムズ辺りがその時代最古の思い出。
曲目で並べますと、「恋はリズムにのせて」「ムーン・リバー」「ロシアより愛を込めて」
「ライオンは寝ている」「コーヒー・ルンバ」「ロコモーション」「イパネマの娘」「マナマナ」
「霧のカレリア」「マイ・ガール」「ワシントン広場の夜は更けて」........。

70年代は、「朝日の当たる家」「雪が降る」「シバの女王」「青春の光と影」
「恋はみずいろ」「オールド・ファッションド・ラブソング」「チューブラー・ベルズ」
「僕のリズムを聞いてくれ」「名前の無い馬」........「明日に架ける橋」!

ラジオで聴いていたのは音楽ばかりではありません。
大好きだった「日曜名作座」。森繁久弥さんと加藤道子さんとでの朗読番組。
今思うと文学作品への興味の扉を開いてくれたのはこの番組だったかも知れない。
最近知りましたが、「日曜名作座」は西田敏行さんと竹下景子さんのコンビで続いている。
YouTube でも聴けます。お試しを。

世の中が豊かになるにつれ、「ラジオの日々」は遠くなりつつあります。
70年代後半にはどの家にもステレオプレイヤーは当たり前にあり、勿論レコードも。
ラジオの前でお気に入りの曲が流れてくるのを待つ必要は無くなったのです。
そして、カセット、CD, ウォークマンからMPSプレイヤー、スマートフォンへ。

あらゆる選択肢を手にしてしまった私達は、もはや偶然に頼る事も、待つ必要も、
郵便局でハガキを買い、リクエスト曲を書き込み、願いを込めて投函する事も無い。
その代償に、一曲三分間前後の感動は随分薄まってしまったように思います。
息を詰め、全身を耳にして聞き入る、そんな三分間は消えてしまった。

が、私には音楽ソースとして以外の役割でラジオ・デイズが蘇ったのだった!
それもPCを使ったウェブ上で。
時代だなあ.........。