驚いた。音色食堂はまだ営業している。
近所に暮らす知人の言によると、60年にはなるだろうとのこと。
見た目の様子から代替わりして営業、というふうには見えない。
となると、経営者は少なくとも80歳は過ぎているはず。
今生活している地域には二軒のスーパーマーケットがある。
生鮮食料品の品揃えが理由で私の足は自然にその内の一軒に向う。
数日前、治り切らない夏風邪を押していつもの様に自転車で買い物に出かけた。
信号待ちの間もイケズに陽が照りつけるので、横断歩道の脇の電柱の陰へ。
そこへ現れた70代も後半かと思われるおババ。歩みがやや覚束ない。
右手からフラフラっと私の自転車の前を横切り、左手、自転車と電柱の間に。
「大丈夫ですかっ!」と思わず声が出た。それ程危なっかしい足取りだったのだ。
それに、おババが私の左手に回り込む理由も無い。右側は広く空いている。
「あんた!自転車の通る道があるやろ! そっちへ行きんかいなっ!」
自転車の通る道、とは歩道に敷設されたレンガ色の自転車専用レーンの事らしい。
おババの以外な程しっかりとした鋭い声に気圧されながら、自分の足元を見ると…。
私の自転車は専用レーン内に停まっている。車輪の前部がレーン外と言えなくもない。
しかし、私の足は両方共地に着いている。何か問題があるのか?
聞いたこともない言いがかりだ。
おババはなおも怒鳴り続ける。私に自分の歩行を妨げられたと思っているらしい。まさか!
「お婆さん、あんた、頭おかしいわ。」そうとしか思えないのでその通りの言葉が出た。
信号が青になって私は自転車を走らせる。おババもよたよた渡って来る。
スーパーは信号を渡ってすぐの場所。どうやらおババの目的地も同じらしい。
自転車を停める間も、買い物カゴを取る間も私をジッと睨んでいる。
おババ、あんたの性格が異常なのは確かだけれど、同情する程私は心が広くはないよ。
あんたが毒を吐き続けてこれまで迷惑かけて来た人達と私を同じに思いなさんな。
後一言でも私に絡んだら、なんぼ年寄りでも後悔しますよ。
私は数メートル先で振り返り、立ち止まっておババの目をじっと見据えた。
おババは野菜売り場から動かなかった。
人は皆まっさらでこの世に生まれる。
このおババは何処でどう間違って公道で善意の第三者に敵意を剥き出す人間になったんだ。
長らく生きて、ささやかなりとも人に幸せを与え、分かち合って来られたはずじゃないのか。
これがあんたの辿り着いた人生だったって事か。
まっさらな赤子のこれが成れの果てとは.....。
