人を視る | けこですのブログ

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ドラえもん。大の苦手の猫と。
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優しくなるのは案外簡単。
人真似でもできない事はない。優しさのマニュアルもある。
電車で他人に席を譲ったり、買い物で奥さんの荷物を持ったり。
本人の資質ももちろんあって、自然に優しくなれる人
少し考えて言葉や行動に置き換える人もある。
どちらにしても優しくなろうと思えば、なれる。

「温かい人」になるのは難しい。温かい人はそこにいるだけで温かい。
誰もそばにいない時にも、その人一人で温かい。
なろうと思ってなれるものではない。

子供の優しさは時には痛々しい。若い人の優しさは「点」で現れる。
経験を重ねた大人の優しさは実体験と訓練の賜物。

人柄視るとき、確かな視点、判断基準はないものかとずっと考えて来た。
優しさ、感性、知能知識、経験、才能、志、責任感、正義感、向上心...。
自分を振り返れば、どれ一つ「あります!」と胸を張れるものは無い。
それでも浮世に生きている限り、人柄を知り、知られる事は避けて通れない。

友人、知人とお互いを呼び合う間柄は同じ年頃、世代になるのが自然の理。
この年齢になって人柄を視るとき、私の判断の基準はこの「温かさ」。
どんなに周囲から仰ぎ見られようと、「温かさ」のない人柄は残念だ。
嫌いはしないが、残念だは思う。 残念...の一言に尽きる。
歳月をかけても温かさ育たなかったのだ。
が、歳月をかけずして温かさは育たないのも事実

残念、は自分にも通じそうで怖い。
まだ時間はある、と思いたい。