朝から本降り

10時にクレムリンの中にある「武器庫」見学の予約がはいっている。

レーニン図書館のドストエフスキー像の近くでバスを降り↓

クレムリンへ入るチケット売り場↓

予約があっても行列には並ぶんだ…↓この階段の上が安全検査、あそこまで何分かかるんだろう↓

中国人グループと押し合いへし合い・・・↓ようやく階段の上について見下ろすと行列ははるかかなたまで続いていた↓

安全検査を抜けてクレムリン内へ入った↓クレムリンとは城壁都市という意味。1958年までは一般の人も住んでいたのだそうだ。歴史的な教会もたくさんあるが↓これらはまた明日!素通りして「武器庫」へ向かった↓

★「武器庫」というのは、かつてそこが武器倉庫だったころの名前をそのまま使っているだけで、現在ではクロシア随一のお宝博物館になっているのです↓

※現在、写真撮影は禁止になっているので、十年前まだ撮影可能だった時に撮影した写真でちょこっとご紹介(^.^)

○女帝エカテリーナ二世が若い頃に着ていたドレス↓

十五歳でドイツからお嫁にきたものの、ロシア正教に改宗して名前まで変えて(もともとのドイツ名はゾフィーだった)、頼りにならない夫ときつい姑に挟まれて苦労していたのであります。

↑後ろは後年、女帝となってからのお姿

↓○ピョートル大帝がまだ幼帝であったころ、義理の兄イワンと二人皇帝として使った玉座↓

↑おもしろいのは後ろに穴が開いていること↑当時はカーテンがかかっていて後は見えず、そこに十四歳年上の姉ソフィアが隠れて支持していたというのだ↑

 

↓○エカテリーナ二世と寵臣ポチョムキンが秘密の結婚に使ったとされる冠↓

↑いや、これは詩人のプーシキンが結婚式につかったとして展示されていたのだが、そういう伝説があるのですと

 

↓○モノマフの冠

↑ロシア帝位の正当性は、東ローマ皇帝モノマコスの妹と後にモスクワ大公に継がれていくキエフ公が結婚したからだとされている。この冠がほんとうにコンスタンチノープルに由来するとは思えないが、アジア的な雰囲気は西ヨーロッパの冠とは全く違う

↓○ファベルジェの卵はロシア独特のものである

↑最後の皇帝ニコライ二世がフランス人のファベルジェに作らせて毎年妻に贈っていたシリーズもの。これは鉄道が開通した年の記念。

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「武器庫」を出ても雨は降り続いていた。

ランチにシュニッツェルをたべてから

午後はグム百貨店へ