久しぶりにエッセイ風ブログ。

 

 

 

私にはサトーさんというお友達がいる。

 

 

もうすぐ76歳を迎える彼女は、私のお友達であり、

血の繋がらないおばあちゃんのような存在であり、

でも、この数年間ずっと身近に感じてきた家族のような存在でもある。

 

 

出会いは、旦那さんの実家だった。

 

 

今から5年ほど前。私たち夫婦はアメリカ留学を控えていた。

しかし、夫婦の貯蓄が雀の涙どころかアリの鼻くそほどもなくて、

二人の給料の全てを留学資金に回すため、

旦那さんと一緒に旦那さんの実家に居候させてもらった時期があった。

 

 

そこで私はサトーさんと出会った。

 

 

 

 

サトーさんは、旦那さんのおばあちゃんの代から、

旦那さんの実家のお手伝いをしてくださってる方だ。

サトーさんが来るのは週1回、平日の日中なので、

日中働いている家族達は誰も顔を合わせない。

かなりレアキャラな存在ではあったが、

当時、看護師で不規則なシフトだった私は、

夜勤明けにサトーさんに出くわしたり、

おやすみの日にサトーさんに出くわしたり、

そうやってサトーさんと交流を深めてきた。

 

 

特に仲が深まったきっかけは、

サトーさんの趣味のミュージカルだった。

 

 

サトーさんは多趣味な人で、

水泳教室や体操教室にも通うスポーツウーマンな反面、

ミュージカルや舞台を嗜むアカデミックガールな一面も持ち合わせていた。

 

 

しかし、最近のミュージカルはお年寄りに優しくない。

 

 

バファリンほどの優しさもない。

 

 

チケットの申し込みが全部ネットからなのだ。

 

 

サトーさんは足腰も丈夫だし、

劇場の階段も登り降りもできるけど、

そんなところのバリアフリーより、まず、

チケット申し込みのバリアがハードすぎて

劇場までも辿り着けていない。

 

 

電話番号の最後の数字を押すのが

ちょうど10時になるように待ち構え、

10時になったらチケットぴあの電話回線が黒焦げになるほど、

日本中のみんながこぞって猛烈コールする時代はとっくに過ぎ去っていた。

 

 

私はミュージカルは見ないけど、

ネットは使える女だ。

 

 

チケットの申し込みぐらい余裕でできる女だ。

 

 

サトーさんはガラケーだけど、iPadを持っていた。

きっと息子さんが買ってくれたんだろう。

 

 

私はサトーさんのiPadを使って、

希望の日や、希望の席、チケット枚数を入力し、

ミュージカルのチケットを取ってあげた。

サトーさんは

「こんな難しいこと、自分じゃできなかった」

と言って、めちゃくちゃ喜んでくれた。

ネットでチケット取るぐらい、現代人にとっては朝飯前だ。

それでも、こんなに喜ぶ顔が見られるなら、

本当によかったと思った。

 

 

 

 

 

しばらく私のシフトの関係で、

サトーさんに会わない日が続いた。

 

 

久しぶりにサトーさんに会えた日、

サトーさんは嬉しそうに私のところへ寄ってきて、

「こないだ見に行ったミュージカル、とてもよかったの」と話してくれた。

 

 

そして、また、見たい舞台があると言い出した。

 

 

正確には、舞台が見たいんじゃなくて、

舞台に出てる男が目的だ。

 

 

サトーさんは、なんと言うか、イケメン好きだ。

 

 

おばちゃん達から絶大な支持を得ている韓流スター、

リュ・シウォンの誕生日を祝うために、

友達を引き連れて韓国に行ったりしている。

 

 

私は張り切って、また、ネットからチケットをとった。

サトーさんはまたとびきりの笑顔を見せて喜んでくれた。

 

 

 

 

 

しばらくして、

また夜勤あけに、サトーさんと出くわした。

 

 

サトーさんは申し訳なさそうに、

「また観たいミュージカルがあって、もう一回、チケットとってもらえるかしら?」

と言ってきた。私は迷いなく、

「もちろん喜んで!!」とサトーさんのiPadを操作し始めた。

 

 

でも、ふと、違う考えが頭をよぎった。

 

 

 

 

私がこの家にいるのは、あと2か月もなかった。

 

 

 

 

あっという間に渡米の時期になり、

私は職場で退職の準備やら引き継ぎやらを始めていた。

時が経つのは本当に早い。

 

 

私がここでサトーさんに会えるのも、あと数回だ。

もしかしたら、もう一回も会わないまま、

私は旅立ってしまうかもしれない。

私がいなくなったら、

サトーさんはミュージカルのチケットが取れない。

大好きな舞台の男にも会えなくなってしまう。

 

 

 

 

このままじゃ、ダメだ。

 

 

 

 

私はiPadを一旦置いて、

サトーさんの手帳を貸してもらった。

 

 

そして、手帳に、チケットの取り方を、

画面に沿って1から書き始めた。

サトーさんは「私にできるかしら」と不安そうだったが、

サトーさんのことが大好きだからこそ、

私がいなくなっても、

サトーさんにミュージカルや舞台を思う存分楽しんできて欲しいからこそ、

心を鬼にして、一緒にやってみましょうと言った。

 

 

キーボードの入力も何分もかかって打った。

 

 

最初は面倒くさいけど会員登録しちゃうのが

この先いちばんラクだから!!!

 

 

と鬼の説得をして、会員登録画面を開き、

住所やらチケットの支払い方法やら、

なんならパスワードも一緒に決めて、入力させた。

 

 

お年寄りを狙う、

なんかの詐欺をしている気分になった。

 

 

忘れないように、

パスワードも手帳にメモしてグルグル鉛筆でマークをつけた。

 

 

数分後、サトーさんは初めて、

自力でネットからチケットをとった。

「疲れたわぁ」と言っていたけど、

サトーさんは今までとは違う、充実の笑顔だった。

 

 

それから私はアメリカに旅立ってしまった。

 

 

サトーさんにエアメールでも送ろうかと思ったこともあったが、

筆不精が発揮されて、結局、年賀状1通しか送らなかった。

「チケットは無事に取れるようになったのか」

それも気がかりではあったが、

もし本気で見に行きたいのなら、

聞く人なんてきっといくらでもいるだろうとも思い、

わざわざ聞くこともしなかった。

 

 

それに、

 

 

「あんな1回教えたぐらいで、手帳を見返しながらできるわけがない。」

 

 

申し訳ないがそれが本音だった。

そのときは言わなかったけど、

ログイン期限はたまに切れるし、バナーを押しているつもりでも、

全くおかしな広告に飛んでしまうこともある。

ネット慣れしていない人がネットからチケットを取るには、

難関が多すぎるのだ。

仮に、もしチケットを取れなかったとしても、

「あんなに時間をかけて教えてもらったのに申し訳ない」

と思ってるかもしれない。

 

 

 

 

だから聞くのはやめておこう。

 

 

 

 

 

 

 

一年間の海外生活を経て日本に戻ってきた。

 

 

サトーさんがお元気なことは旦那さんの実家づてに聞いていたが、

前のように会う機会はなくなってしまった。

 

 

しかし、サトーさんは私のことを

まだ親しく思っていてくれたようで、

 

 

一緒にチケットを取ったことや、

私の夜勤明けにいろんな話をしたこと、

お互いの好きなK-POPアイドルの話、

 

 

半年間で培った友情の、

いろんなことを覚えていてくれていて、

それからは、たまにお茶したり、

お互いの家に行き合う仲になった。

 

 

 

 

 

 

そして、先日、私は旦那さんの妹と一緒に

サトーさんのご自宅に遊びに行き、

ランチをいただき寛いでいた。

 

 

サトーさんちの冷蔵庫は、

一人暮らしなのにビッシリ手作り料理が詰め込まれている。

そしてその冷蔵庫の横には、

リュ・シウォンのマグネットが付いている。

サトーさんのご主人のお仏壇の横には、

リュ・シウォンのうちわがこそっと置かれている。

 

 

彼女の人柄を表すような、

こじんまりとした温かい家だなと、

来るたびにいつも思う。

 

 

 

 

 

 

「今年はコロナでミュージカルや舞台は

ほとんどなくなっちゃったんだけど、

最近、またやり始めるようになったのよ」

 

 

と、サトーさんは嬉しそうに言った。

 

 

ふと、

 

 

サトーさんは結局あの後、
自分でチケット取れるようになったのだろうか?

 

 

今まで、ずっと気になってはいたが、

聞けていなかったことを聞いてみようかと思った。

 

 

すると、聞くまでもなく、

サトーさんは話し始めた。

 

 

 

 

 

「これを開くでしょう。それで、パスワードを入れて、
ここにメールを送れば、チケットが取れちゃうの。簡単よねえ
あの時あやちゃんに教えてもらって本当によかった。」

 

 

 

 

 

感無量だった。

 

 

76歳女子がiPadを使って、

ネットからのチケット申し込みを

自由自在に操れていることに感動した。

軽く泣くかと思った。

 

 

 

 

当時、71歳だった彼女が、新しいことを覚えるのが

どれだけ大変なことだっただろうと改めて思った。

しかも、新しい料理のレシピを覚えるのとはワケが違う。

カントリーサイドから出てきた人が東京メトロを攻略するのと同じくらい、

未知の新しい概念をインストールするということは難しいのだ。

 

 

 

 

一緒にいた妹が、

「この料理アプリいいよ!料理の手順がざっと動画でわかるの」

と言ってクラシルを教えてあげていた。

サトーさんは、早速クラシルをインストールして、

アプリを開いて、料理動画を見て楽しんでいた。

 

 

 

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「もうこんな歳だから、無理」

 

 

と多くの人が年齢を言い訳に使っている。

 

 

新しいことに挑戦しなくなる。

私もそうだ。

 

 

「今こんなのが流行ってるんだな」と思いはするものの、

自分でそれを試してみたり、

それを自分の生活に取り入れることはまずしない。

使い慣れた方法や、自分のスタイルから逸脱すると思われるもの、

自分が苦手意識を感じているものは、無視してしまう。

 

 

それが別に悪いワケじゃないけど、

行きすぎると、頑固になる。

狙っていたワケじゃないのに、

どんどん扱いにくい人間になる。

 

 

 

 

でも、豊かな人というのは「変われる人」だ。
変化を恐れない人だ。

 

 

 

 

新しい概念をインストールすることに抵抗がない。

いろんなものを試した上で、

今の自分が一番いいと思うものを選べる人だ。

 

 

 

サトーさんをみていると、

 

そんなことを思わされる。