2年前の義父のこと・・ | 猫と旦那さんの観察日記

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我が家には,2006年7月に新しい家族が増えました。
「愛猫:たちこま」と、私たち夫婦の日々の日記です。
娘の「柚子さん」と2015年生まれの「立葵(りつき)」愛称:りっきーの記事も書いてます。

さて、今回は、老人介護録とはつけず、2年前の義父のことを書いてみる。
やっと疑問に思っていたことが解ったからである。

先日、49日法要と納骨を済ませました。
その折に、義兄殿に・・しばらく会えなかった事がありまして、あえなかった間に起きたことを報告と質問しておりました。

2年前、妊娠5ヶ月頃のある日・・・。
我が家近くのホームセンターに出かけるべく、朝8時半ごろに歩いて移動しておりました。その途中に、義父が最後までお世話になった病院があるのです。そこに通りかかったら・・義父が酸素ボンベをガラガラと引っ張りながら病院に入っていく所でした。

LAG:「あ@@、お義父さん!おはよ~^^」
義父:「あら~@@おはよ^^どうしたん?」
と会話して。私は買い物に行く途中だったことを伝え、義父は、この病院に通院してる事を教えてくれました。義父は、その頃風邪を引くと、旦那さんと同じように咳だけが残り、とても辛かったんだそうです。それで心配になり、診察までの時間一緒に居ることにしたのです。
その後、その日のうちに義父は緊急入院が決まり、義母と姉上様に連絡を取ったのでした。
義父は、その後から入退院を繰り返すようになったのです。

見舞いに行くたびに、「ババが、あんたの面倒なうなんてみない!っていいやがった。」とか「あいつが腰の骨折れてから、全部わしが家の事やってたのに」とか「わしが動けんようになったとたん、えらそうにしだした」とか・・・行く度にきかされておりました。実家では、義父が酒びたりになりつつあり、酒量制限をかけていたそうな。姉上の話だと、一日中酒を飲んでいるらしく、薬の時だけお茶で飲んでるくらいで・・ほとんど酒だったそうな。そんな状態なので、本当の出来事を私に話してる?のかもわからん状態でした。そのころくらいから、義父の話の内容が変わっていくのです。「義兄がな・・あんな女!早く離婚して追い出したらええねん。って言うねん。」話をよくよく聞いてみると、義兄殿に色んな愚痴を聞いてもらってたようです。その時に、そんなに気に入らんのなら、さっさと離婚して追い出せ!と言われたそうな。それを言われると、義母には行く所がないので・・・我が家に絶対行くはず!と思ったようですわ。そんな事をずっと、入院の時だけいい続きけた義父。退院した義父は、家では無口になっておりました。ほとんど誰とも口を利かなかったそうで・・黙ってベットにすわりテレビを見てたりしたそうです。そんな義父が孫2号が生まれるのを楽しみにしてたそうで、でも孫1号の時のようにしてやれん!と詫びておられたので、そんな心配しなくていい話をして慰めたのです。

義母本人にも、義父の「あんたの面倒なんて見ない」の発言の訳を聞いてみても、そんな事は言っていない。というので・・とてもあやふやで終わってしまった。義母は、たまに嘘をつくので信用がないんですがね・・。

そして、法要と納骨の日、私は義兄殿にコレまでの経緯を話し、疑問をぶつけてみた。
そしたら
義兄殿「親父は、この家が嫌いやったんやで!LAGちゃんには、そう見えんかったやろうけどな。親父は、はやくこの家から出たかったんや。」と言っておられました。自分の家なのに、住みにくかったそうです。自分では何も出来ない・しない義母との暮らしが嫌になってたそうです。その上で、医療老人施設に入居する話を、担当医と相談してたのでしょうね。義母や義母の見方しかしない姉上様方と何の相談もしなかったのでしょう。なんとも悲しい話ですわ。。
 
49日の法要で、死者はお遍路さんになって・・長い旅に出られるそうな。義父は、今どこの札所をまわってるんでしょうね?今頃、酒量制限で飲めなかったお酒を片手に、旅をしておられるんでしょうね。楽しい旅路であることを祈りますわ。