よく「最近の若いのは」という言葉を耳にします。
でも実はこの言葉は昔から有る言葉で、平安時代『紫式部日記』にも言われている言葉なのです。
そう考えると、この言葉の伝統性に親しみをもてるでしょう。
最近思うことに、「言葉の乱れ」をいけしゃあしゃあと指摘することに何の意味があるのか?ということです。
典型的なものが、いわゆる「ら」抜き言葉。
具体的には、本来「見られる」とするところを「見れる」とするとか
「食べられる」を「食べる」とすることを指します。
しかし言葉というものは常に変化するものでしょう。
例えば古典で「なる」という言葉を習ったと思います。
これの語源が「~にある」が縮まって「なる」になったと習います。
これこそ古い「言葉の乱れ」でしょう。
きっとこのように言葉が変化したとき、我々の先祖は「まったく、最近の若いものは言葉がなっとらん!」といったことでしょう。
歴史はくりかえすということです。