清朝の后妃制度と服装 | 現在中国雑貨店長の運営ブログ

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清朝の后妃制度と服装

清朝の后妃制度

 清朝の制度では、身分の序列は以下の順番になるそうです。()は数ですが、同じ清朝でも時代により少し違います。また王朝が違うと呼び方が全く違います。
皇后(1)、皇貴妃(1)、貴妃(2)、妃(4)、賓(6)、貴人、常在、答応。
 
 貴人、常在、答応の3つの位に関しては、定数がないようです。
 序列が高いほど、毎年支給される銀などが多くなったり、侍女がたくさん付いたり大きな部屋が与えられたりします。 
 
 最近放送された「延禧攻略」のドラマでは、皇后は六宮の主ということになっています。(「延禧攻略」は乾隆帝ですが、以前雍正帝のドラマでも六宮と言っていました)。紫禁城では東に六宮、西に六宮あるそうなのですが、当時東側しか使われなくなったのかよく分かりません。
 
 私の理解では広い意味での皇帝の妻は30-100人ぐらいいるのが普通です。後宮の中では身分制度があり、身分が高い人をそれぞれの宮殿の主にし、身分が中ぐらいと、答応みたいな低い人と一緒に共同生活をしていました。
 
「延禧攻略」のドラマでも、高貴妃と嘉賓、純妃と愉貴人が一緒に生活しています。基本的に最初は答応に配属され、出世する人はどんどん出世していくのだと思われます。
 
 たぶん美しい人を選んでいたのではなく、身分が高い人の娘を選んでいたのだと思います。日本の戦国時代のように人質的な意味合いがあったと思われます。(そんなことは書いてはなかったですが)

永琪

 話がそれますが、乾隆帝の第五皇子に永琪(ヨンチー)がいます。2000年頃に大ヒットした「還珠格格」の主役の1人五阿哥が永琪なのですが「延禧攻略」の後半にも少し登場してました。若くして亡くなった皇子なのですが、乾隆帝に寵愛されていたそうです。中国に永琪という美容院のチェーン店がたくさんあるのですが皇子の名前が由来だと思います。

清朝の後宮の服装の特徴

二把頭

 紫禁城の中では、宮女を含め二把頭と呼ばれる髪形をしていました。この髪形もいくつか種類があるそうです。
两把头

钿子
 儀式の時に被るもので、金、翡翠、真珠、宝石等でできている冠みたいな物です。

钿子

護甲
 清朝の貴族が付けている爪を保護するための飾りです。明代からあったそうですが、満族の女性は爪を長く伸ばすことが美しいとされていたため、護甲を付けて爪が折れないようにしていたそうです。恐竜の爪みたいです。

护爪

花盆靴

 清朝時代の貴族の間では、このような清朝式ハイヒールが流行したそうです。普通は10cmぐらいのヒールで、3cm程度の低いものから最高25cmの高いヒールもあったそうです。

 これは満族の伝統的な靴というわけではなく、王宮暮らしを始めてから流行ったそうです。このような靴を履いていては農耕はできません。昔、満族は狩りと農耕をやって暮らしていました。狩猟民族の蒙古族とは少し違います。
花棚鞋