「次はいつブログをあげるんですか?」


「毎日あがっているからチェックしてます。」

 そんなメッセージがありましたので、あげます、笑。

 ちょこちょこブログをあげていたのに、約2週間、この間何をやっていたのかと言えば、

 この騒ぎの対処・対応をしていました。私の治療院やスクールなどの活動は全て都内もしくは神奈川県内ですので、それはもう神経質にもなります。

 ただこれもひとりよがりで、北海道はその前に危機的な状況だったのですから、自分のところに火の粉がやってきたときだけ、大変だぁ、は違いますね。

 後半の1週間は、その中の数日、ちょっと一人でこもれる時間があったので、瞑想と黙考を繰り返していました。

 この時期のその時間がとれたのは幸運でした。お陰様で色々と考えることや今後もイメージもまずは色々出てきました。

 今後のイメージ?

 そんなものつくか!と突っ込まれそうですが、

 例えば、5年後から今をみてみるとどのように今が意味しているのか?

 10年後から今をみたら?

 今、から未来をみるのではなく、未来、から今をみる。

 という感じです。

 個人的な話で恐縮ですが、不安や恐れは入ってきたり、生じたりも無くはないですが、程なく消えます。

 心身は至って通常運転です。

 自暴自棄な訳ではなく、当然自分や家族、クライアントさんやスクールメンバーの安全を守ることはしますし、そのために情報も入れます。

 その上で、あんまり不安や恐れはありません。

 それよりも常に自分自身に問いかけること、自分が成すべきことは何か?自分にできることは何か?自分にしかできないことは何か?

 その延長線上に今日一日をどう過ごすか?があります。

 そんなものねぇ!とも言われそうですが、

 本当にそうでしょうか?

 今そこに生きている以上、必ず何かしらの役割はありますし、必ずその存在が人の役に立つことはありますし、無ければ死んでいます。

 事ここに至ると、この状況下で、そう思えるのか、思えないのか、はどのように自分の在り方を自分に問い続けてきたのか、と相関するのだと思います。

 黙考期間を終えて今私がやっていることは、

 どうしたら、私の大切な人が安心を得られるのか?

 どうしたら、私の大切な人達の心身の調和をいずれ収束するであろうときまで大過なくもっていけるのか?

 どうしたら、今残された手段の中でサポートできるのか?

 まずはそういうところです。

 そりゃあんたが余裕あるからだろう!と突っ込まれそうですが、

 現時点で渋谷と横浜に治療院を抱えているということのリスクは高く、経費が高い分稼働しないとすごい赤字になるわけで、おそらく同業の方でもかなり直撃されている方も多いと推察されます。

 また渋谷でのスクールや一般呼吸講座、これはイベント業に入るわけですが、完全中止というように、現時点でも相当に影響が出ています。

 ただね、だから何?

 というのが本音です。

 都市封鎖されて見通しが立たなければ渋谷をたためばいい、また収束したら出てくればいい。

 環境・条件は変わる、それだけであり、それが変わるのであれば、その中でできることをすればよいだけで、

 必要ならば一家総出で6畳一間に引っ越せばいいし、車も売ればいい。

 しかし、そんなことは重要ではないと私は思います。

 人間が人間として存在する理由は各々あると思いますが、私にもあります。

 人がいて、私がいる。

 人がいて、私がいるから、面倒だし、トラブルも起こるし、傷つきもする、

 それは人と人とのコミュニケーションにおいては不可避です。

 しかし、その不可避な事の先にあるものは、信頼であり、喜びなのだと思います。

 そのコミュニケーションにおいて重要なのは、そこを乗り越えるために大切なのは、お互いへの理解、違いへの理解、もっと言ってしまえば、愛、でしょう。

 要するに、試されているのでしょう。

 私もあなたも。