小難しいかもしれない内容と答えはない記事です。
本日は臨時講座。
鍼灸師の先生に主体と客体の変換という技術を伝えました。
わかりやすく言うと、先生が生徒のやる気(主体性)を引き出すという事、このような事を身体でも出来るのか?という事になり、それは技術的に可能であるという事になります。
余談ですが、人間の主体性はマインド的側面もあれば、身体的側面もあります。主体性が出ると、身体感覚が変わり、その身体感覚の影響を受けて身体動作が変わり、その身体動作の日常での繰り返しによって肉体の質がつくられていきます。
本題に戻ると、施術において施術する側はどうしても「する」側になります。施術される側は「受ける」側となります。
施術の際に、この「する」側と「受ける」側を入れ替えてしまうというのが主体と客体の変換となります。
これをすると、ある刹那から受け手の身体には強い移動エネルギーが生じ、身体が蠢き始めます。
※移動エネルギーとは私が学んだ碓井流活法の言葉、基本的には痛みや不調は固定エネルギーから生じるものであり、それをどのように移動エネルギーに変換できるのかが治療において重要であるという考えです。これは身体に関わらずで、精神面、思考においても固定エネルギーがあればあるほどに物事がうまく運びにくくなります。
話を戻すと、移動エネルギーの強い発動がないと、そのポイントへの作用のみ(そのポイントで誘導できる移動エネルギーのみ)となります。
何がしかそのポイントへの作用以上を引き出す先生は大なり小なりこの主体と客体の変換は意識、無意識問わず行っているように思います。(私がこれまで学んできた経験則)
細かく説明はしませんが、人に触れるというのは同時に相手から触れられる側でもあるということで、主体と客体の変換とはそういった意味の施術者側で行う身体性を伴った認識変換です。
かなり昔とある鍼灸の先生の治療院を見学させていただいた際に「究極時間の差はあれどこに刺したって効かせる事はできるんだよ。」
その先生は当時ですがホームページも宣伝も無しに1日40名以上を一人で、しかも難症例を多く治療するという先生で、当時は衝撃を覚えたものでした。
さて、「究極時間の差はあれどこに刺したって効かせる事はできるんだよ。」という言葉をどのように解釈するのか?
私の癖ですが、結果が出ている以上それを否定する事はできない、では一体何が起こっているのだろうか?と考察する事を昔も今もよくしています。
結論から言えば、主体と客体の変換をやっているという事です。その先生は気というような表現をしていたような記憶がありますが、自分でも何をしているのか説明できないところもあったようです。
受け手の主体が強くなると移動エネルギーが強く働き、人間が元々持っている構成力と相まって全身的な回復力が生じます。
それがどのような部位への施術において変換を行うと起こりやすいのか、強く起こるのか、という視点で鍼を考えると極めて多くの事がわかります。
ある先生がある部位に鍼を刺す、その鍼に私が手を触れるだけで作用が変わります。なぜそれが起きるのかという事と変換技術を今日は講義したという事になります。
治療家をやめた私でも治療家のお力になれる事の一つです。
受け取った事は、後は自分で考えてくださいというところで、臨床を重なる中でまたご縁もあるかと思います。
感慨深いのは今日教えたのは2名ですが、その2名は私の門下生として入った時は廃業寸前の治療家でした。
今や2名共に予約が取りにくい治療家への変貌しています。
お力になれる人、なれない人、私の教える技量もあって全ての方のお役に立てないところはありますができる事はやっていきます。
