長い呟きのような記事です。
様々な呼吸ワークや身体調整法を考案してきましたが、考案者になりたいと思った事はありません。
性格的に相当にわがままで細かいところまで納得したいのでなかなかこれというものが見つからなかったというのが正直なところです。
人生は有限ですのでいつまでも探し求めるわけにもいきません。
ですので、無いならつくればいい、無いからつくる、というスタンスになり、それは20年以上変わらないスタンスです。(逆に言えばあればもうそれでよいのです。)
その一つに一昨年に考案した呼吸・整体としての瞑想があります。
かなりざっくり言えば、人間は抱えているもの(感覚)を直視しきる、感じきる、という事をしてしまえばそれらの抱えている感覚は自分の一部となり、あとくされがなくなる、大丈夫になるというものです。
全てを直視しない、中途半端に感じているからいつまでも後引くというものでもあります。
それをやってしまおうというのが呼吸・整体としての瞑想であり、自分でもできますが私のサポートがあるともっと安全かつ効果的にできます。(一定以上の認識力がある、また治療等が必要な精神疾患やお悩みがない場合に限る)
繰り返しますがかなりざっくりの言い方です。
嫌な事を経験した場合、いつまでも怨みを抱えている場合と今では感謝しているという場合の違いは、感じきらずにまとわりつかせているか、感じきって自分の一部にできたかと考えます。ピンとくる方はこれでくると思います。
直視しなさい、逃げるな、向き合え、という昔からの教えは精神論というより身体感覚論として捉えると一つの理がみえてくると私は考えています。
単なる精神論だと片付けてしまう精神性は私にはありませんので、基本的には納得いくまで考察します。
お陰様で自分の考案したものをお伝えする機会に恵まれており、日々そこに集中しておりますが、
その一方でこうして書く事でまだ見ぬ共に研鑽できるであろう方の目にとまり、未来それを伝える機会に繋がるという希望を持っています。
昨年は約1年間ブログをはじめ、全てのSNSの更新をやめましたが少しずつ復活傾向にあります。
無理して更新する事はしませんができる事は引き続きやろうと考えています。