向嶽山光明寺(埼玉県秩父市山田) | まほろば御朱印紀行

まほろば御朱印紀行

日本のまほろばを探して、社寺散策をしています。 社寺散策の日記を中心にいろんなブログを書きます。


 埼玉県秩父市山田にある向嶽山光明寺に参拝する。

 駐車場あり。


 こちらのお寺の由緒は、次の通りです(案内板による)。
「光明寺
  所在地 秩父市大字山田
 光明寺の発祥は、桓武平氏の始祖となった高望王の弟君である恒望王が大同二年(807年)当地で逝去した邸跡に、王の冥福を祈った祈願所の光明庵から始まり、もとは西新木向殿(恒持神社の南側)にあった。はじめ真言系の寺であったが、武蔵七党の一つ丹党の関口丹後守が文保二年(1318年)に鎌倉建長寺より法性国師物外を迎えて、寺を整備し光明寺と改称した。その後、南北両上杉の抗争に巻き込まれ秩父谷が疲弊したため光明寺もした。秩父丹党の加治新五郎は、永正十四年(1514年)鎌倉建長寺五世澤香梅を迎えて中興し、天文元年(1532年)寺域を現在地に移し、併せて丹党氏神である丹生明神社を寺の西側へ遷したその後、小田原北条、甲斐武田、越後上杉の抗争で、また、秩父谷が衰し、光明寺も衰弱したので、天正十五年(1587年)3月3日郷党は、地元新木香匠屋荒船家の次男で越生竜が谷の龍穏寺十五世住職となった朝谷是師を迎えて伝法開山とした。これより光明寺は、曹洞宗に改められ連綿として現在に至っている。
 光明寺は、秩父谷随一の格式を持った寺で、末寺に真福寺(札所二番)、常泉寺(札所三番)金昌寺(札所四番)、福蔵寺、秀林寺の五寺があった。
 寺は、南面して武甲山と相対しているので山号を向嶽山と呼んでいる。
昭和五十六年三月 秩父市」

 入口です。
 本堂です。
 雰囲気的には真言宗や天台宗の寺院みたいな雰囲気の本堂です。
 本堂は釈迦如来です。

 鐘楼
 こちらのお寺は秩父三十四観音霊場二番札所真福寺の納経をにあたる寺院。
 納経所で御朱印は頂けるが、通常は真福寺の御朱印を書いていただくるとは思うが、光明寺の御朱印に関してはわざわざ告げないと頂けないと思います。



寺院名:向嶽山 光明寺
所在地:埼玉県秩父市山田2191
宗 派:曹洞宗
本 尊:釈迦如来
札所等:秩父三十四観音霊場二番札所真福寺納経所