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オレにできること。

それは、父が生きた証をこの世界に残すことだと思った。こんなにもロマンチックなラストを飾り、星になった男がいたんだってことを、オレは家族のために書き記しておきたいと思った。そして、父とともにたたかったオレたち家族の記録が、もしもどこかの誰かの役に立ってくれたら、きっと父も喜ぶだろうなって。
オレたち家族も、父がガンになって以来たくさんのガン患者の方の、そしてそのご家族の方のブログを読んできた。ときに励ませれ、ときに現実の厳しさに落ち込み、でも、どのブログもひとつも無意味なものなんてなかった。そのことばがあったから、オレたちはがんばれた。だから、今度はオレがそういうひとたちのチカラになりたいと思った。葬儀までの4日間で、オレはそんな決意を胸にしていた。

こうして、4日という日々はあっという間にすぎ、お通夜の日がやってきた。

オレたち家族は葬儀場に来ていた。葬儀を取り仕切ってくれるのは、安井さんという女性だった。葬儀の打ち合わせを一番最初にしたとき、オレは安井さんにこんなお願いをした。「葬儀すべてを安井さんにお願いしたいんですが、大丈夫ですか?」打ち合わせがAさんで、当日がBさんで、その他がCさんで、みたいなことがよくあると聞いていた。だから、すべてを安井さんにお願いしたかった。このひとなら、きっとオレたち家族の想いを分かってくれる気がして、きっと父を大切にしてくれそうな気がしたから。安井さんは「はい、そうできるように上司にも話してみます」そう言ってくれた。
そして、その願い通りすべてを安井さんが取り仕切ってくれることになった。祭壇は青い花でいっぱいにしてもらった。母の「お父さんは青が似合うから青がいい」そのことばで決めた。それから、オレたちは安井さんにこんなお願いもした。「父は8月生まれなんですけど、ヒマワリってありますか?」季節は、春になったばかり。安井さんは「時期が時期なのでご要望にお応えできるかはわかりませんが、探してみます」そう言ってくれた。

そして、お通夜当日。祭壇には小さなヒマワリが咲いていた。「あ!ヒマワリだ!」みんな声をそろえてそう言った。「はい、ヒマワリありました♪」安井さんは、ヒマワリを用意してくれていた。まさにヒマワリみたいな笑顔で。


葬儀は当初、家族と近しい親族だけでやるつもりだった。でも、振り返れば結婚式のときにオレは父が亡くなったことをみなさんにお伝えしていた。だから、みなさんからたくさんの問い合わせをいただいた。母にそのことを伝えると「みなさんがそんなにお父さんのことを想ってくれてるのね。来てほしいね」こうして、家族と近しい親族だけの葬儀が、気づけばたくさんの方に見守られながらの葬儀となった。父の会社関係の方や友達、みなさんお忙しいなか遠方よりお越しくださった。父も久しぶりの再会に、きっといつもの感じでおどけて喜んでるにちがいない。なにより驚いたのは、オレの友達がたくさん来てくれたことだ。葬儀場は車じゃなきゃ来れないところなのに、電車とバスで乗り継いで来てくれたり、仕事を早く切り上げて急いで向かってくれたり、来れないひとは、お香典を送ってくれたりメッセージをくれたり。オレの父に一度も会ってないひとまで、みんな父を想ってくれていた。それがオレはとっても嬉しかった。

こうやって、たくさんのひとに見守られ、お通夜は滞りなく執り行うことができた。


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翌日。父の告別式。

オレは喪主をつとめていた。いよいよ今日で父の肉体ともお別れだ。オレはご住職に挨拶をした。「今日はよろしくお願いします」「こちらこそ、よろしくお願いします」するとご住職は、戒名について少し話をしてくださった。父の戒名には「永照院」という三文字からはじまるのだが、照らすという字を選んだのは、父が電気関係の仕事をしていたからだという。そして、もうひとつ。「いつまでもその光をあなたたち家族に照らし続けてくれますようにという願いも込めました」と。ご住職もまた、オレたち家族の想いを汲み取ってくださっていた。「どんなお父様だったか教えてください」結婚式場からお寺に連絡したとき、そんなことを聞かれたのはこのためだった。オレは、すぐに母と弟に話した。ふたりとも嬉しそうにその意味を噛み締めていた。

そして、ご住職にお経をあげてもらい、棺をしめるときがきた。祭壇に飾られた花をみんなで棺に入れていく。それは、とても悲しいんだけれど、とても華やかで美しいものだった。オレは母の背中に手をやり、最後の花を手渡した。それは、父の生まれた季節に咲く花 ヒマワリだ。母はヒマワリを父の頬のあたりにそっと添えた。「おとうさんっ」母が声を押しころしそう言った。

「それでは、これより棺を閉めさせていただきます」安井さんのその声で棺は閉められた。そして、喪主の挨拶のときがきた。オレは、気持ちを引き締め挨拶をはじめた。

「本日はご多用中のところ、父 誠一の葬儀にご会葬くださり誠にありがとうございます。
4月1日午前5:24。父はこの世を旅立ちました。
享年65歳でした。奇しくもこの日は弟大介の結婚式でした。家族想いの父でした。悲しみを喜びで吹き飛ばしてくれる、そんな父らしい幕引きでした。生前より親しくしてくださった方々、また御線香だけでもと遠方よりお集まりくださった方々、父はさそがし喜んでいると存じます。ありがとうございます。
これからは、家族みんなで力を合わせ助け合っていきたいと思っています。今後とも故人同様、ご指導ご鞭撻いただけますことをお願い申し上げます。本日は誠にありがとうございました!」

喪主の挨拶が終わると、それは瞬く間にやってくる。火葬という肉体とのお別れだ。火葬場に着くと、そこには大きな鉄の扉があった。これで最期だ。オレたちは父の顔を見た。鬼の形相はもうそこにはない。その顔は穏やかで晴れ晴れとしているようにさえ見えた。「あとのことは頼んだぞ」そんな声が聞こえてきそうだった。そして、棺はゆっくりとドアの向こうへ運ばれていく。

ガッチャン

鉄の扉のその重い音が"最期"を告げるお別れの音みたいに胸に響いた。

こうして、父の肉体はこの世界から消えた。そして同時に、父の魂はオレたち家族の心のなかに引っ越してきた。

なんだかそんな感じがしたんだ、オレは。


つづく