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式の翌日。

オレは実家で母とともに朝を迎えた。昨日は本当に幸せな一日だった。一番悲しい日が、一番嬉しい日になった。それは、最大の悲しみを最高の喜びというラッピングで包んだ、父からのプレゼントだったにちがいない。そんなことを、母と朝ごはんを食べながら話していた。母はオレのその話に「そうね」と言うばかりで、その落ち込みようはオレの想像をはるかに超えているものだった。

オレと弟は、ある意味だいぶ前から覚悟を決めていた。もしものことがある状況だとわかっていたから。でも、母はちがった。最後まで父の復活を願い信じていた。だから、心の整理をするには、まだ全然時間が足りていなかった。なにより、43年という年月を一緒に過ごしたひとが今日からいなくなるという現実を、母は受け入れられずにいた。

葬儀は、葬儀場の空き状況などを考慮して、4月6日に通夜、7日に告別式をすることに決めた。今日が2日だから、通夜までは4日の時間があった。ちょっと時間が空きすぎるかなと思ったが、ここ数日の目まぐるしさを考えると、少し心を休めて気持ちを整理する時間が家族みんなには必要かもしれないなと思い、この日取りでいくことにした。

この期間で、オレはこれまで父と過ごした日々のことを振り返っていた。部屋には、介護用のエアベッドや昇降機能のついたリクライニングシート、床ずれ防止の座布団や、トイレの手すり、そういったものがまだそのままの状態で置かれていた。オレは、父のそのベッドに寝たり、リクライニングシートに腰掛けたり、父がどんな景色を毎日見て、どんなことを感じていたのか、なんかそんなことが知りたかった。でも、いろいろ考えるんだけど、最後にたどり着くのはこんなところだった。

「ここにはもういないんだなあ」

つい最近までここに寝たり座ったりしてたひとが、今はもういないという現実。それがなんだか不思議でしょうがなかった。いないってことはもちろんわかってる。でも、なんでいないんだろう?気づくと、そんなことを考えている。

毎日ここでよく喧嘩したリビングに、父はもういない。昔は、このリビングに一緒にいたくないって思うこともあった。ソファーに座ればすぐに口うるさくあーでもないこーでもない言われる。それが嫌で嫌でしかたなかった。喧嘩するくらいなら話さないほうがいいとさえ思うこともあった。うっとうしくて、めんどくさくて、嫌いでしかたない時もあった。でも、どういうわけかそんな父がいなくなったってのに、これっぽっちも嬉しくなんかない。小言も説教ももう二度とされないってのに、全然晴れ晴れもしやしない。さびしくてさびしくてしかたないんだ。

「なんだこれ?なんなんだよ、これ…」

こんな気持ちになるくらいなら、もっと酒をいっぱい飲んどきゃよかった。なんで正月しか一緒に飲まなかったんだよオレは。もっとゴルフも一緒に行っときゃよかったし、何十年かぶりに釣りにも一緒に行きたかった。うなぎを食べに連れてってやるって言ってくれてたのに一緒に食べに行けなかった。食べときゃよかったよあのとき。活躍してる姿だって見せてやりたかったし、輝いてるとこだってたくさん見せてやりたかった。そんな親孝行もしたかったよ、オレは。

「できることは全部やりきったつもりだったのに…」

やっぱ全然やれてなかった。昔からよく、孝行したいときに親はなしなんて言う。だから、オレはそうならないように、少しずつできることからやってきた。でも、気づけば、ああしていれば、こうしていたら、考えつくのはそんなことばかりだ。
「どれだけやっても、後悔は残るもの」ガン患者の家族の方がよくいうことばだ。だから、オレはそうならないように、父のためにできることをやってきた。でも、思い浮かぶのは、もっとやれてたかもしれないという思いばかりだ。

「なんだよ、結局オレも後悔してんじゃんかよ。そうならないようにしてきたはずなのに、結局後悔してんじゃねーかよ!」

悔しくてたまらなかった。自分に腹が立ってしかたなかった。そのときだった。オレの目に父の骨壷が目に入ってきた。オレはおもむろにその蓋を開けてみた。そこには、父の白く焼けた骨があった。これが父だなんて、うまく受け入れることなんかできやしない。そのうち、目にはなんかがこみ上げてきさえする。

「なんだよ。うっとうしかったんじゃねえのかよ?めんどくさくて嫌いだったんじゃねえのかよ?そうじゃなかったのかよ?…オレ、こんなに後悔するくらい好きだっのかよ…」

オレは父がいなくなって、はじめて心の底から大好きなんだと思えた。もしも願いが叶うなら、もう一度だけ、声が出る血気盛んで元気な父に会いたいなって思った。そして、家族みんなで食卓を囲んで、一緒に晩酌をして、一緒に笑って、で、酒にほろ酔いになったところでいつものようにまた喧嘩して、でも、弟が仲裁に入って、母がやめなさいのサインを冷蔵庫のドアの向こうからオレに送って、で、その日はすぐに仲直りして、そのときに、これまでオレにしてきてくれたことへのありがとうと、これまでオレが迷惑をかけたごめんなさいを、父にちゃんと伝えたい。もしも願いが叶うなら、そんな日を1日でもいいから家族みんなで過ごしてみたい。父が作ってきた家族みんなで、オレたち家族は幸せだなって乾杯をしたい。オレは父の真っ白な骨を見ながらそう思った。

気づくと、オレはこれから先の家族のことを考えていた。父が残したこの家族のために、オレができることを。

そしてオレは、ある物語を書くことを決意する。
父とオレたち家族の真実の物語を。


つづく