「それでは、お母様、お兄様、前の方へお越しください」係のひとにそう言われると、オレは母の手を引き、新郎新婦、新婦のお父さんお母さんとともに前に並んだ。まずは、新婦 リカちゃんの手紙だ。この子は本当にいい子だ。ご両親からたくさんの愛情をたっぷり注がれて育ってきたのがすぐにわかるくらい、気持ちの優しい女の子だ。このご両親あってこそ、今ここにリカちゃんがいる。本当に感謝のことばしかない。隣の母もきっと同じ想いだろう。そんなリカちゃんが書いた手紙は、とても素晴らしかった。お父さんお母さんへの感謝と愛がたっぷりとつまったステキな手紙だった。
そして、手紙が終わると、ついにそのときはやってくる。
「みなさま、本日は新郎大介、新婦里佳子のためにこんなにもたくさんの方にお集まりいただき、誠にありがとうございます。新郎兄の崇です。本来でしたら、ここで新郎父 誠一からのあいさつなのですが、みなさまお気づきになられた方もいらっしゃるかもしれません。今日、父はここに来ていません。実は、今朝5時24分 父はこの世を去りました」
一瞬、会場がシーンとなった。そして、どこからともなく涙の音が聞こえはじめてきた。
「父は、喉頭がんでした。1年8ヵ月、今日という日を楽しみにずっとたたかってきました。でも、その願いは叶いませんでした。本来でしたらここでご挨拶するべきところだったのですが、喉頭がんの手術で声帯を全摘出していて声を出せませんでした。だから、ボクが父に代わり、父の横でこの手紙を読むことになっていました。父は今日ここにはいませんが、きっとこの会場のどこかにいるんだと思っています。そんな父に代わり、代読させていただきます」
オレは胸のポケットにしまっていた手紙を取り出した。父が一番しんどいときに考え書いたその手紙を。
「本日は、皆様ご多用中のところ、新郎 大介、新婦 里佳子の結婚式披露宴にご列席たまわり、誠にありがとうございます。新郎の父 誠一でございます。本来でしたら、私が皆様に直接お礼の言葉を述べさせていただくべきところなのですが、病気のため声が出せないこともあり、このような代読の形になりましたこと、お許しください。
両家を代表いたしまして一言お礼のご挨拶を申し上げます。先程から皆様の温かいご祝辞や励ましのお言葉をいただき、厚くお礼申しあげます。息子の大介がここまで育ち、このよき日を迎えられたのは、本日お集まり頂きましたご友人、ご来賓の皆様の支えがあったからこそと思います。本当にありがとうございます。
そして、そのとき会ったのが、里佳子さんでした。笑顔がとてもかわいらしく、すぐに娘のように私たち夫婦に接してくれました。実は今日4月1日は、昨年私が声帯摘出の手術を行なった日でもあります。「4月1日に式を挙げよう。この日を、お父さんと私たち家族みんなの新しいスタートにしよう!」里佳子さんがそう言ってくれたそうです。これほどの喜びがほかにあるでしょうか。
ドーナツさえ選べなかった息子が、こんなにも優しい女性を選んだのです。里佳子さんのご両親にも感謝の言葉しかありません。里佳ちゃん、大介を生涯の伴侶に選んでくれて本当にありがとう。あなたのような心優しい女性を娘として迎え入れることができること、本当に嬉しく思います。大介は本当に幸せ者です。
本日、両名は晴れて夫婦となりましたが、まだ世間知らずの未熟者同士でございます。新しい家庭を築いて行くうえで、幾多の困難に直面することもあると存じます。
そのような時はどうか、皆様方のあたたかいご指導ご鞭撻を賜りますよう、何卒お願い申し上げます。
結びに、本日ご列席頂きました皆様方のご健康とご多幸を祈念し、両家代表のお礼の言葉と代えさせて頂きます。本日は誠にありがとうございました。」
父らしい、あいさつだった。会場にいるほとんどのひとが泣いていた。もちろん、弟 大介も。そして、出しゃばりなオレは黙ってればいいのに、どうしても弟のためにやりたいことがあって、やめときゃいいのに、もう止められなくて、司会の方にこんなお願いをしてしまう。
「すいません。3分だけ時間もらえますか?」
司会の方は、「?」という顔を一瞬見せたあと、どうぞと言ってくれた。そして、オレはやめときゃいいのに、スーツの上着を脱いだんだ。
「すいません。みなさんにひとつだけお願いがあるんですけど、聞いてくれますか?今、弟はけっこうがんばってここに立っていると思うんです。そして、ここからもっとがんばっていかなきゃいけないんです。だから、そのぉ、今からオレが大介にエールを贈ります!よかったら、一緒に、声を出してください!よろしくお願いしますっ!」
そしてオレは、やっぱり叫んでしまう。
「フレーーーっ!フレーーーっ!だ、い、す、け!!フレフレ大介!フレフレ大介!」
たぶん3回くらい叫んだだろうか。今思い返しても、穴があったら入りたいくらいだ。なぜあそこまでやりきってしまったのか。恥ずかしいったらありゃしない。でも、止められなかった。兄貴として、なにかできないか。できることはないか。とにかく必死だった。気づいたら、夢中で叫んでた。とはいえ、やはり出しゃばりすぎ感が否めい。帰りの電車でも母と叔母に「ねえねえ、出しゃばりすぎたかな?出しゃばりすぎだよね?ひいてたみんな?ねえねえ?ねえってばさあ!」終始気になってしかなかった。母も叔母も「いいんじゃない」と笑うばかりだった。でも、オレは覚えてるんだ。弟の同級生をはじめ、みなさんが大粒の涙を流しながら、声を出して声援を送ってくれていたということを。それが本当に嬉しかったということを。
こうして新郎兄から新郎へ、無茶振りに近いバトンパスが渡された。
そして、新郎 大介のあいさつのときがやってきた。
つづく