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その夜、オレは3日ぶりに実家へと戻った。

母は帰るなり、結婚式場までなにを着て行こうかとやりはじめた。ここまで結婚式の準備などほとんどしていなかったから無理もない。「どんな格好で行けばいいのかね?大介はGパンでいいって言ってたけど」すると母は、革ジャンに白T、やぶけたジーンズのコーディネートを用意した。「これでどう?」「ガールズバンドかっ!」オレはそのパンクなコーディネートを一瞬で却下した。「コンサートじゃないんだからさあ…」母は、けっこうおもしろい。
そして、ふたりで押入れのなかをかき回し、パンツスーツなどを引っ張りだした。が、どれもいまいち似合わない。小一時間ほど探したあと、オレたちはこんな答えを出した。

「いつもの感じでいこう」
「さっきの革ジャンの?」
「だからガールズバンドかっ!」

気づくと、時間は深夜近くになっていた。そのときだった。テーブルの上のオレの携帯が鳴った。画面には、045からはじまる数字が並んでいた。それは、父の病院がある横浜市の市外局番だった。オレは慌てて携帯を手にした。すると、確かに045からはじまっていたはずなのに、それはいつのまにか[だいすけ]という文字になっていた。電話に出ると、弟は明日の集合時間などの確認をはじめた。このとき、オレは覚悟した。きっともうじき病院から電話がくるんだなと。こうして、オレと母は明日の結婚式に備え、深夜1時頃就寝した。 

静かな夜だった。父がここにいないこと以外、普段となにも変わらなかった。でも、そんな静けさをぶち破るように、オレの予感は的中してしまう。
午前3:54分。オレの携帯電話が再び鳴った。画面を見ると、そこには045からはじまる数字が並んでいた。オレは目をこすりもう一度画面を確認した。でも、それは[だいすけ]へと変わることはなかった。オレは大きく深呼吸をひとつして電話に出た。
「もしもし」「国分崇さんの携帯電話でしょうか?○○病院です。お父様の容態が急変したのでご連絡いたしました」父の担当の看護師 金子さんだった。「今、父はどんな感じですか?」「心拍数が測れない状態です。おそらく60前後だと思います」「それは危険な状態ということですよね?」「はい。おそらくみなさんがいらっしゃる朝9時には…」「わかりました。今すぐ向かいます。弟にはボクから連絡しますので」

こうして、オレは母を起こし、弟に電話をし病院に向かった。病院に向かう途中、車のなかでオレたちはほとんど会話をしなかったように思う。「大丈夫。オレたちが行くまで待っててくれるから」そのことばくらいだったように思う。
病院に着くと、オレと母は急ぎ足で病室に向かった。そこには先に着いた弟がいた。病室には、ドラマなどでよく見る心拍数を図るあの機械につながれた父がいた。心拍数は60くらいだったと思う。

「お父さん、わたしよ。崇も大介も来たからねえ」

母が声をかけた。すると大介が口を開いた。

「手紙、今読んでいいかな?」

それは、披露宴で弟が病気とたたかう父に用意したサプライズだった。「うん、読んで」オレと母はそう言った。手紙には、父への感謝のことばがたくさん並んでいた。お父さんの息子に生まれてきて最高に幸せでしたと。弟は涙をグッとこらえその手紙を読んでいた。それは、これまでの弟の人生のすべてを詰め込んだ本当に素晴らしい手紙だった。きっと父にも届いたはずだ。
そんななか心拍数は確実に低下していた。残された時間は残りわずかだろう。お別れのことばを言わなければいけないときだ。本当は言いたくなんかないけれど、ちゃんと伝えなきゃいけないときだ。まず最初に弟が声をかけた。

「お父さんここまで本当にありがとう!お父さんのこどもに生まれてきて本当によかったよ!」

そのときだった。父の表情が少し変わったのだ。「あれ、今顔動いたよ!ほら聞こえてるよ!」弟が言った。そして今度は母が父に話しかけた。

「お父さん、よくがんばったね。お父さんと一緒になれてよかった。ありがとうね」

父の顔がさらに動いた。完全に聞こえていた。「聞こえてるんだね!」そしてオレが最期にことばをかけた。

「お父さん、ステキな家族を作ってくれてありがとう!あとのことはまかせて!お父さんの息子に生まれてこれて、オレ本当によかったよ!」

3人すべてのことば聞き終えたこのときだった。父は今にも泣き出しそうな顔をしたのだ。眉間にシワを寄せ、うなずいてみせたのだ。

「お父さんっ!!」

家族の誰もが父に飛びついた。みんなで父を抱きしめ、ありがとうのことばをたくさんかけた。
これまでの思い出が走馬灯のように頭を駆け巡った。振り返れば、これまで本当にいろいろあった。なにかあればすぐに怒鳴り散らされ、そのたび母は泣き、弟はその仲裁に入り、オレは父と衝突してきた。年に何度もそんなことがあった。でも、不思議と思い出されるのは楽しい思い出ばかりだった。鬼のように厳しい父だったが、オレと弟はこの父に、そして母に、めちゃくちゃ愛されて育ってきた。病気になってからのこの1年8ヶ月は、これまでオレたちに注いでくれた愛情を、そのまま返しただけだ。亡くなる数日前、父はこんなことを言った。

「こんなオレに優しくしてくれてありがとうな」

父は自分が父親として決していい父親じゃないと思っていた。自分に父親がいなかったから、正解がわからなかったと言っていた。でも、これが答えなんだ。今オレたちのことを優しいって感じてくれてるんだとしたら、それは、あなたがいつも優しかったからだ。今オレたちの愛を少しでも感じてくれてるんだとしたら、それはあなたがいつもオレたちをめちゃくちゃ愛してくれたからだ。だから、ありがとう。オレたち兄弟に、家族に、たくさんの愛をプレゼントしてくれて、本当にありがとう!そんな想いが頭を、心を駆け巡っていた。

そして、2017年4月1日 午前5:24。父の心拍数は0になった。病室にはピーっという電子音が鳴り響いた。

「午前5:24。御臨終です」

その日は奇しくも弟 大介の結婚式だった。


つづく