まちがったことが、平気な顔してまかり通る今の世の中
たまに、無性にうんざりすることがある。
権力に怯える大人たち、心にもない愛想笑いでごまかす大人たち
くだらない権力が、なんでもまかり通る平成なんちゃって時代。
はっきり言って、ボクはあきらめていた。くだらないって思ってた。
就職活動なんか形ばっかりで、希望とかそういう明るいもの、なにひとつ持てずにいた。
そんな話を、ボクは、ボクの靴を磨いてくれている靴磨きのおじさんに話そうとしていた。
サラリーマンの靴を、毎日磨いているおじさんに。
ボクにはこんな仕事、絶対にできない。いや、正確には、やりたくない、だった。
なんか、負けてるような気がしたから。
サラリーマンは、偉そうにまるで自分が殿様にでもなったみたいに、気持ち良さそうに優越感に浸ってて、靴磨きのおじさんは、そんなサラリーマンの靴を黙ってただ磨いてる。
そんな関係が、なんかすごく嫌だった。
上から見下ろすサラリーマン、上から見下ろされる靴磨きのおじさん
おじさんは、なにを考えているんだろう。だから、磨いてもらおうと思った。このおじさんと、話しがしたくなったから。
ボクは、噛んでたガムを呑み込んだ。
「あのっ」
おじさんは、黙って顔を上げた。
「あの、なんで靴磨きになろうと思ったんですか?」
おじさんの手は一瞬止まった。ボクはあわてて謝った。
「あ、すいません」
そんなボクに、おじさんはゆっくりとまた手を動かしながら、こう言った。
「どうしてかぁ。靴しか磨けないから、ですかねぇ」
たまに、無性にうんざりすることがある。
権力に怯える大人たち、心にもない愛想笑いでごまかす大人たち
くだらない権力が、なんでもまかり通る平成なんちゃって時代。
はっきり言って、ボクはあきらめていた。くだらないって思ってた。
就職活動なんか形ばっかりで、希望とかそういう明るいもの、なにひとつ持てずにいた。
そんな話を、ボクは、ボクの靴を磨いてくれている靴磨きのおじさんに話そうとしていた。
サラリーマンの靴を、毎日磨いているおじさんに。
ボクにはこんな仕事、絶対にできない。いや、正確には、やりたくない、だった。
なんか、負けてるような気がしたから。
サラリーマンは、偉そうにまるで自分が殿様にでもなったみたいに、気持ち良さそうに優越感に浸ってて、靴磨きのおじさんは、そんなサラリーマンの靴を黙ってただ磨いてる。
そんな関係が、なんかすごく嫌だった。
上から見下ろすサラリーマン、上から見下ろされる靴磨きのおじさん
おじさんは、なにを考えているんだろう。だから、磨いてもらおうと思った。このおじさんと、話しがしたくなったから。
ボクは、噛んでたガムを呑み込んだ。
「あのっ」
おじさんは、黙って顔を上げた。
「あの、なんで靴磨きになろうと思ったんですか?」
おじさんの手は一瞬止まった。ボクはあわてて謝った。
「あ、すいません」
そんなボクに、おじさんはゆっくりとまた手を動かしながら、こう言った。
「どうしてかぁ。靴しか磨けないから、ですかねぇ」
靴しか磨けないから。そう言うと、おじさんは、ボクの汚い靴を磨きながら、さらにこう言った。
「就職活動、ですか?」
リクルートスーツが浮いていたのかもしれない。ボクはちょっと恥ずかしくなった。
「え、あ、はい」
そして、おじさんはボクの靴の爪先をこすりながら言った。
「世の中くだらない、そんな感じかな」
「え?」
ドキッとした。
「いや、靴がね、そう言ってるみたいで」
見透かされたようでドキッとした。ボクはちょっとことばにつまってこう言った。
「いや…なんか、こう納得いかないことばっかりで」
おじさんの手が一瞬止まったように見えた。
「そうですね、ホント」
「なんていうか、そんな社会ってなんなのかなって」
おじさんは、汚れた布にクリームをつけながらこう言った。
「そうですねえ。例えば、あ、例えばです」
「あ、はい」
「右の靴を左足にはいて、左の靴を右足にはいたとしますよね」
なんのことかよくわからなかったけど、とりあえずボクは返事をした。
「はい」
「そのとき、あなたならどうしますか?」
おじさんは、こっちを見ることなくボクに聞いた。
「え…、あ、履きなおします」
「ええ、アナタはきっとそう答えると思いました」
「はい…」
「でもね、世の中には、履きなおさない人がいるんです」
「え?」
「履きまちがえていることに気づいても、それに気づいてないフリをして歩いていく人、履きまちがえていることなんかおかまいなしに、そのまま平気な顔して歩いていく人、そういう人がたくさんいるんです」
「どうしてですか?」
「どうしてでしょうね。それが、社会ってとこなんでしょうかねえ」
「どうしてでしょうね。それが、社会ってとこなんでしょうかねえ」
「え?」
「社会ってとこには、いろんな人がいるんです。いい人もいれば、わるい人もいる。正しいことが、まちがってると言われることもある。でもね、そんな社会で、人間は生きていかなくちゃならない」
「…ボクは、その社会でどうしたらいいんですか…?」
「どうしたらいいんでしょうね。私は靴磨きですからねえ」
やっぱりそうだ。結局社会なんてそんなとこだ。大人なんてそんなもんだ。そう思った。
「ひとつ言えることは、」
おじさんが、ボクのそんな気持ちに気づいたかのようなタイミングで、ゆっくりとまた話しだした。
「靴を履きまちがえると足はゆがみ、そのゆがんだ足で歩いてると、やがて道までもふみまちがえてしまうっていうことですかね」
「道を?」
「ほら、やっぱりまっすぐ歩けませんからね。だからね、どんなときも、右の靴は右足に、左の靴は左足に。例え履きまちがえてしまったとしてもね、履きまちがえてることに気がついたら、その場でちゃんと履きなおす」
「…履きなおす」
「ええ。そうやって自分の道をまっすぐ歩く。権力やウソ、偽善やおべんちゃら、そんななかでも、自分の足で、まっすぐ歩く。いつもピカピカの靴でね。さあ、お待ちどうさまでした」
足元を見ると、さっきまで汚れていたボクの靴は、いつのまにかピカピカになっていた。そのピカピカはなんでかやけにピカピカして見えた。ボクは、その靴のピカピカした感じを見ながら、おじさんに言った。
「あの」
「はい」
「また来てもいいですか?」
おじさんは、ヒゲゴジラみたいな顔をくしゃっとさせこう言った。
「いつでもどうぞ。わたしの仕事は、靴磨きですから」
あれから一年が過ぎていた。社会人一年目の春だ。
今思えば、あのときのボクは、ぜんぶをなにかのせいにしていたのかもしれない。言い訳ばかり探していたのかもしれない。
あのとき感じたあのピカピカは、きっとボクが社会に抱いていた、自分に抱いていた、「希望」のピカピカだったんだと思う。おじさんは、きっとぜんぶわかってたんだ。
でも、やっぱ社会ってとこは、学校とは全然ちがう。学校のほうが全然楽しい。けど、社会ってとこも、なんか悪くないなって、今はなんとなくそんなふうにも思う。
「あーでもやっぱみんなに会いてーなあー」
見上げた今日の空は、やけに晴れている。
「よし、いつものあれやるか!」
ボクは立ち止まり足元を見た。これがボクの毎朝の恒例行事だから。
「いくぞ!右よし!左よし!今日も靴はピカピカだぜー!」
「いくぞ!右よし!左よし!今日も靴はピカピカだぜー!」
ボクは今、この空の下をまっすぐ歩いている。
おしまい