国分崇 オフィシャルブログ-2011091612570000.jpg



―2010年12月


オレは、袖と裾のある長い服を、実に29年ぶりに着ていた。

オレたちの闘いに、幕を下ろしていた。


29年ぶりに長袖長ズボンを履いて思ったこと。それは


「あったかい…」


という、ごくごく当たり前な答えだった。欲しい答えは出なかったが、ちがう意味の答えが出た。



そして、ただあてもなく、人の流れに流されながら、適当に日雇いのバイトなんかして、毎日を過ごしていた。



そんな長袖長ズボンのオレのもとに、一通のメールが届いたのだった。


【スキッチョ】という、あのブログに、1年経ってこんなコメントがきたのだった。




題名【キュレッチョへ】

「わりぃキュレッチョ、遅くなった。ちょっと手間取った。
元気そうだな。いつもブログ読んでるよ。これは初コメってやつだな。
まさか、キュレッチョがずっとランニングに半ズボンだったとはな。相変わらずでなんかスゲー笑えたよホント。
中学、高校とか大変だったろ?やっぱり、切ったのか、学ランの袖と裾?オレは、もちろん切ったけどな。ガハハ!反抗だよな、学校や社会への。て、今考えたらバカなんだけどさ。
でさ、そんなバカなオレから、バカなキュレッチョに、緊急連絡網だ!耳の穴、かっぽじってよく聞けよ!

オレ、CD出すこと決まったから!
オレとキュレッチョのこと歌ったから!

だからオレの歌、聞いてくれ!
オレはキュレッチョと過ごした二年間と、オレたちの袖や裾のない闘いをウソになんかしねえから。ぜってーしねえから!
だいぶ遅いスタートだけどさ、オレは、ぜってー貫き通すから!だからキュレッチョも、一緒に貫き通そうぜ!!じゃあな友!!

PS.オレのニックネームの由来は、オレも忘れた。ついでに言うと、オレの名字は井藤だぜ、キュレッチョ!」




キュ、キュレッチョ!?誰だキュレッチョって!?

いや、その話はあとだ。

い、井藤!?いや、その話もあとだ。


メールの送り主は、スキッチョだった!!

アイツは、まだ戦っていたのだった!!


オレはすぐに、CDを買いに走った。

スキッチョが、スキッチョが、まだ戦ってる!!ついでに、スキッチョは井藤だった!井藤!?なのにスキッチョ!?しかもオレが、キュレッチョ!?なんだキュレッチョって!?キュレッチョって、うーんまっいっか♪まったく意味不明なことばっかりだぜ♪


頭の中は、一瞬でスキッチョ一色になった。

オレは恋する乙女みたく、信号とか全部無視して夢中で走った。

オレたちの歌を、今すぐ聞きたかった。

気づくとオレは、何回かひかれそうになりながら、まだ聞いてもいないオレたちの歌を、「ル」だけで口ずさんでた。

ルールルールルー♪


タワーレコードに着くと、広すぎてどこにスキッチョのCDがあるのかわからなかったので、オレは近くにいた丸メガネの店員さんに聞いてみた。

名札は井藤。オレは思わず聞いていた。


「あの、ニックネームってなんですか?」

「え?」

「…イトウチャンです」

「ですよね」

変な間が、できた。

オレは慌てて、メガネの井藤さんに、ランニングボーイズを知ってるか聞いた。

「はい、知ってますよ」

「え!やっぱイトウチャンも知ってるんですか、スキッチョのこと!?」

「…え、スキッチョ?」


説明するのがめんどくさくなったオレは、一刻も早く売り場まで案内してくれとイトウチャンに頼んだ。


そして、ついにオレはたどり着いた。オレたちの闘いの答えに、やっとたどり着いた。


案内されたインディーズコーナーにそれは確かにあった。オレはゆっくり、この二十数年間を噛み締めるように、そのCDを手にした。


「ランニングボーイズ」

ジャケットには、あの頃となんにも変わらないスキッチョがいた。


いい歳してランニングに半ズボンのスキッチョがいた。


アイツは、スキッチョは、なにも変わってなかった。変わらずに、自分の力で未来を切り開いていた。


オレは、なんの迷いもなく満面の笑みでピースして写ってるスキッチョを見て、ぼんやりと思い出していた。


オレたちが、なぜランニングに半ズボンだったのかってことを。


たぶん、なんでもできるって、信じて疑わなかったんだ。

オレたちは、無敵だと思ってたんだ。

無敵だから、いちいちそんな理由考えることなく、なんにも迷うことなく、寒さなんかに負けるわけないぜ!って、真冬だろうとランニングに半ズボンだったんだ。


そうだ。オレたちに、できないことなんてなかったんだ。


だからオレたちは、一瞬で仮面ライダーになることだってできたんだ。


なんにも疑わず、なんだってできるって信じてたから。


そうなんだ、きっと。

でも、オレはあるとき気づいてしまったんだ。


できないこともあるんだって。

でも、認めたくなかったから、そんなの納得いかなかったから、ずっとランニングに半ズボンだったんだ。


そうだ。そうなんだ。無敵だったんだ、オレたちは!



スキッチョのCDを手にしながら、オレはなんでか、CDがグショグショになるくらい笑いながら号泣してた。


メガネのイトウチャンは、黙ってハンカチを貸してくれた。それがまた、さらに涙を誘った。



2010年12月

オレは、アイツから、井藤から、いやスキッチョから、オレたちの答えを教えてもらった。

そして、その答えは、最高にまっすぐだった!



おしまい。


とは、まだならない。


この話はこれで終わらない。

オレたちの勝負は、まだこれからだから。



―「次は恵比寿、恵比寿」

車内のアナウンスは、目的地の恵比寿を告げた。

さっきまで泣いていた赤ちゃんは、眠りについたみたいだ。

車内も、さっきより涼しくなったような気がする。


そしてオレは、背中に夏を感じながら、今、山手線の車内でiPodを聴いている。


曲はもちろん

ランニングボーイズの「袖や裾のない闘い!」だ。


そのイカしたミュージックを聴きながら、オレは映画の撮影現場に向かってる。



苦節10年。オレは、ようやくドラマで役をもらった。


スキッチョのブログを載せてから半年後、オレはケジメをつけるべく最後の賭けにでていた。

劇団タンクトップの記念すべき第10回公演に、オレの今までのランニングに半ズボンの半生を、すべてぶつけていた。

そんな第10回公演「オレは寒さを感じない!」を見てくれた偉い人が、ドラマに出ませんかと声をかけてくれたのだった。


答えが見つからない男の、ランニングに半ズボンな男の、等身大の話を書いた作品だった。

この公演がもしもこけたら、役者をやめようと思って全身全霊を込めて作った作品だった。


そして、ありがたいことに、その作品をいいと言ってくれる人がたくさんいて、気づいたらドラマの話までもらっていた。


そんなオレのドラマでの最初の役、それは、マラソンランナーだった。

まさか最初の役で、ランニングに半ズボンの役をやるなんて。


人生ってホント愉快だ。


オレは思う。


本当のドラマは、テレビの中にあるんじゃなく、すぐ目の前にあるんだなって。



【人生って、まるごとドラマチックだい!】



―2011年夏

やけに暑い夏


オレたちは、一生無敵だ!!



あっ。ところで、スキッチョがなぜスキッチョで、オレがなぜキュレッチョなのかは、いまだ謎のベールに包まれている。

ていうか、その答えは、たぶんきっと、どうしようもない理由だろう。



おしまい。


※この物語は、フィクションです。