―2010年12月
オレは、袖と裾のある長い服を、実に29年ぶりに着ていた。
オレたちの闘いに、幕を下ろしていた。
29年ぶりに長袖長ズボンを履いて思ったこと。それは
「あったかい…」
という、ごくごく当たり前な答えだった。欲しい答えは出なかったが、ちがう意味の答えが出た。
そして、ただあてもなく、人の流れに流されながら、適当に日雇いのバイトなんかして、毎日を過ごしていた。
そんな長袖長ズボンのオレのもとに、一通のメールが届いたのだった。
【スキッチョ】という、あのブログに、1年経ってこんなコメントがきたのだった。
題名【キュレッチョへ】
「わりぃキュレッチョ、遅くなった。ちょっと手間取った。
元気そうだな。いつもブログ読んでるよ。これは初コメってやつだな。
まさか、キュレッチョがずっとランニングに半ズボンだったとはな。相変わらずでなんかスゲー笑えたよホント。
中学、高校とか大変だったろ?やっぱり、切ったのか、学ランの袖と裾?オレは、もちろん切ったけどな。ガハハ!反抗だよな、学校や社会への。て、今考えたらバカなんだけどさ。
でさ、そんなバカなオレから、バカなキュレッチョに、緊急連絡網だ!耳の穴、かっぽじってよく聞けよ!
オレ、CD出すこと決まったから!
オレとキュレッチョのこと歌ったから!
だからオレの歌、聞いてくれ!
オレはキュレッチョと過ごした二年間と、オレたちの袖や裾のない闘いをウソになんかしねえから。ぜってーしねえから!
だいぶ遅いスタートだけどさ、オレは、ぜってー貫き通すから!だからキュレッチョも、一緒に貫き通そうぜ!!じゃあな友!!
PS.オレのニックネームの由来は、オレも忘れた。ついでに言うと、オレの名字は井藤だぜ、キュレッチョ!」
キュ、キュレッチョ!?誰だキュレッチョって!?
いや、その話はあとだ。
い、井藤!?いや、その話もあとだ。
メールの送り主は、スキッチョだった!!
アイツは、まだ戦っていたのだった!!
オレはすぐに、CDを買いに走った。
スキッチョが、スキッチョが、まだ戦ってる!!ついでに、スキッチョは井藤だった!井藤!?なのにスキッチョ!?しかもオレが、キュレッチョ!?なんだキュレッチョって!?キュレッチョって、うーんまっいっか♪まったく意味不明なことばっかりだぜ♪
頭の中は、一瞬でスキッチョ一色になった。
オレは恋する乙女みたく、信号とか全部無視して夢中で走った。
オレたちの歌を、今すぐ聞きたかった。
気づくとオレは、何回かひかれそうになりながら、まだ聞いてもいないオレたちの歌を、「ル」だけで口ずさんでた。
ルールルールルー♪
タワーレコードに着くと、広すぎてどこにスキッチョのCDがあるのかわからなかったので、オレは近くにいた丸メガネの店員さんに聞いてみた。
名札は井藤。オレは思わず聞いていた。
「あの、ニックネームってなんですか?」
「え?」
「…イトウチャンです」
「ですよね」
変な間が、できた。
オレは慌てて、メガネの井藤さんに、ランニングボーイズを知ってるか聞いた。
「はい、知ってますよ」
「え!やっぱイトウチャンも知ってるんですか、スキッチョのこと!?」
「…え、スキッチョ?」
説明するのがめんどくさくなったオレは、一刻も早く売り場まで案内してくれとイトウチャンに頼んだ。
そして、ついにオレはたどり着いた。オレたちの闘いの答えに、やっとたどり着いた。
案内されたインディーズコーナーにそれは確かにあった。オレはゆっくり、この二十数年間を噛み締めるように、そのCDを手にした。
「ランニングボーイズ」
ジャケットには、あの頃となんにも変わらないスキッチョがいた。
いい歳してランニングに半ズボンのスキッチョがいた。
アイツは、スキッチョは、なにも変わってなかった。変わらずに、自分の力で未来を切り開いていた。
オレは、なんの迷いもなく満面の笑みでピースして写ってるスキッチョを見て、ぼんやりと思い出していた。
オレたちが、なぜランニングに半ズボンだったのかってことを。
たぶん、なんでもできるって、信じて疑わなかったんだ。
オレたちは、無敵だと思ってたんだ。
無敵だから、いちいちそんな理由考えることなく、なんにも迷うことなく、寒さなんかに負けるわけないぜ!って、真冬だろうとランニングに半ズボンだったんだ。
そうだ。オレたちに、できないことなんてなかったんだ。
だからオレたちは、一瞬で仮面ライダーになることだってできたんだ。
なんにも疑わず、なんだってできるって信じてたから。
そうなんだ、きっと。
でも、オレはあるとき気づいてしまったんだ。
できないこともあるんだって。
でも、認めたくなかったから、そんなの納得いかなかったから、ずっとランニングに半ズボンだったんだ。
そうだ。そうなんだ。無敵だったんだ、オレたちは!
スキッチョのCDを手にしながら、オレはなんでか、CDがグショグショになるくらい笑いながら号泣してた。
メガネのイトウチャンは、黙ってハンカチを貸してくれた。それがまた、さらに涙を誘った。
2010年12月
オレは、アイツから、井藤から、いやスキッチョから、オレたちの答えを教えてもらった。
そして、その答えは、最高にまっすぐだった!
おしまい。
とは、まだならない。
この話はこれで終わらない。
オレたちの勝負は、まだこれからだから。
―「次は恵比寿、恵比寿」
車内のアナウンスは、目的地の恵比寿を告げた。
さっきまで泣いていた赤ちゃんは、眠りについたみたいだ。
車内も、さっきより涼しくなったような気がする。
そしてオレは、背中に夏を感じながら、今、山手線の車内でiPodを聴いている。
曲はもちろん
ランニングボーイズの「袖や裾のない闘い!」だ。
そのイカしたミュージックを聴きながら、オレは映画の撮影現場に向かってる。
苦節10年。オレは、ようやくドラマで役をもらった。
スキッチョのブログを載せてから半年後、オレはケジメをつけるべく最後の賭けにでていた。
劇団タンクトップの記念すべき第10回公演に、オレの今までのランニングに半ズボンの半生を、すべてぶつけていた。
そんな第10回公演「オレは寒さを感じない!」を見てくれた偉い人が、ドラマに出ませんかと声をかけてくれたのだった。
答えが見つからない男の、ランニングに半ズボンな男の、等身大の話を書いた作品だった。
この公演がもしもこけたら、役者をやめようと思って全身全霊を込めて作った作品だった。
そして、ありがたいことに、その作品をいいと言ってくれる人がたくさんいて、気づいたらドラマの話までもらっていた。
そんなオレのドラマでの最初の役、それは、マラソンランナーだった。
まさか最初の役で、ランニングに半ズボンの役をやるなんて。
人生ってホント愉快だ。
オレは思う。
本当のドラマは、テレビの中にあるんじゃなく、すぐ目の前にあるんだなって。
【人生って、まるごとドラマチックだい!】
―2011年夏
やけに暑い夏
オレたちは、一生無敵だ!!
あっ。ところで、スキッチョがなぜスキッチョで、オレがなぜキュレッチョなのかは、いまだ謎のベールに包まれている。
ていうか、その答えは、たぶんきっと、どうしようもない理由だろう。
おしまい。
※この物語は、フィクションです。