●国が傾くはこの昭和四十年代にある。ここに、傾きの元凶が暴かれることとなる●

 

『日蓮大聖人の仏法』つづき

「法主」の承認を得た池田は、鬼の首でも取ったごとく、「法主」の”権威”をふりかざし「正本堂が御遺命の戒壇に当る」旨を学会の集会で声高に叫んだ。

 「いまの評論家どもは『創価学会は国立戒壇を目標にしているからけしからん』といいますが、私はなにをいうかといいたい。そんなことは御書にはありません。彼らはなにもその本義を知らないのです。猊下(法主)が、正本堂が本門戒壇の戒壇堂であると断定されたのであります。ですから、皆さん方は『創価学会は国立戒壇建立が目標である』といわれたら、いいきっていきなさい。とんでもない、こんどの私どもの真心で御供養した浄財によって、正本堂が建立する。それが本門戒壇堂である。これでもう決定されているのですと」(聖教新聞40年9月22日)

 なんと恥しらずか―。

「国立戒壇の建立こそ、創価学会の唯一の大目的」と叫んでいたのは池田自身ではなかったのか。それを「評論家ども」のせいにしている。しかしながらこの池田発言には、国立戒壇の放棄が「評論家ども」の批判を恐れてのゆえであったこと、また正本堂のたばかりに「法主」を利用したことが、はしもなく表れている。

 さらにこの年(昭和四十年)の九月、池田は細井管長に正本堂募財の訓諭を発布させる。その訓諭には「蔵の宝に執着することなく・・・・」とあった。

 学会員は正本堂を御遺命の戒壇と信じたゆえに、血のにじむ供養をした。当時、全国の質屋の前には家財道具を持って並ぶ学会員の列ができ、生命保険も一斉に解約され、世間の話題になった。

 この痛ましさ、欺き集めた供養の総額は三百数十億円にも達した。そしてその全額が供養奉呈式において、「法主」から池田に戻された。始めから仕組まれていたのである。

 

 𧦅惑の大合唱

 

 正本堂のたばかりが成功すると見た池田大作の言動は、時間とともに露骨さを増すようになった。

昭和四十一年の「立正安国論講義」では、

「本門戒壇を建立せよとの御遺命も、目前にひかえた正本堂の建立によって事実上達成される段階となった。七百年来の宿願であり、久遠元初以来の壮挙であることを確信してやまない」

 

 四十二年の学会本部総会では

「三大秘法抄にいわく『三国並びに一閻浮提の人・懺悔滅罪の戒法のみならず、大梵天王・帝釈等も来下して蹋(ふ)み給うべき戒壇なり』と。(中略)

 

●この大梵天王・帝釈等の部分は、時の映画界に共鳴したのではなかったか(不穏の感覚である)。昭和四十年代のたばかりにより日本の衆生の心の変化を仏法上から観てみようと思う。

 

まず、日本を仏国にした飛鳥時代、時の聖徳太子は、戦後、壱萬円札紙幣として昭和33年(1958年)に発行され、昭和61年(1986年)に停止された。新券発行に呼応して、昭和35年(1960年)には創価学会池田大作第3代会長が立っている。

1969年(昭和44年)に名優渥美清主演『男はつらいよ』第1作目が制作されその後、大衆映画として大人気となる。松竹は大当たりであった。その後、この男はつらいよシリーズに呼応して、名優菅原文太主演『トラック野郎』シリーズ(東映)が、1975年にスタート。「男はつらいよ」と競うこととなる。

 どちらもコメディタッチの映画だが、「男はつらいよ」では、「「帝釈天」で産湯につかり」という有名な詞がある。諸天善神の一つ「帝釈」が出てくるのである。そして、トラック野郎では、川崎真言の影響のためか、聖徳太子がトラックの箱の部分にでかでかとラッピングされた。まるで、法華経の行者を「中傷」しているようである。川崎は主役の居所であった。

 池田大作の大謗法により、映画界が曲がってゆく。そもそもの原因は、聖徳太子が新紙幣になってしまったことが禍ではなかったか。

 しかも1986年にスッと消えてゆくのである。その3年後にはバブル崩壊である。仏罰なのかと言えばその通りなのやもしれん。破廉恥『トラック野郎』にせよ、礼節を欠いた映画製作によって、一部の大衆の人気を得たにせよ、これは日本経済崩壊の伏線(破廉恥が、あるいは、爾前経の執着か)ではなかったか。

 

 そうしてどうなったかを、我々は知っている。池田大作もまた仏法界が遣わした天魔なのやもしれんな。●

 

 この戒壇建立を日蓮大聖人は『時を待つ可(べ)きのみ』とおおせられて滅後に託されたのであります。以来、七百年、この時機到来のきざしはなく、日蓮大聖人のご遺命はいたずらに虚妄となるところでありました。

 

●この時機が国立戒壇の建立ではなかった。100年先、200年先でよかったはずであろう。●

 

 だが『仏語は虚しからず』のご予言どおり、(中略)七百年来の宿願である正本堂建立のはこびとなったのであります。(中略)世界平和の新しい根本道場である正本堂は、時とともに輝きを増し、末法万年尽未来際まで、不滅の大殿堂となることは、絶対に間違いない。(中略)

 

●その二十数年後に正本堂は崩壊である。「絶対に間違いない」は、間違っていたのであった。●

 

 なお、正本堂完成により、三大秘法が、ここにいちおう成就したといえるのであり、『立正安国』の『立正』の二字が完ぺきとなったのであります」(大日蓮42年6月号)

 

●無論、完璧ではなかった。欺瞞の大演説である。これが創価学会員を騙し続けた創価学会三代目の姿である●

 

 さらに同年十月に行われた正本堂発願式では、誇らしげに宣言する。

「夫れ正本堂は末法事(じ)の戒壇にして、宗門究竟の誓願之に過ぐるはなく、将又(はたまた)仏教三千余年、史上空前の偉業なり」(発誓願文)と。

 

 天魔の入った池田大作は、もう御本仏の御眼をおそれることなく、この大欺瞞をかえって「仏教三千余年、史上空前の偉業」と讃え、これを成し遂げた自身の功績を誇ったのである。

 

 これを承けて、学会の主要書籍にも誑惑の文字が躍った。

「戒壇とは、広宣流布の暁に本門戒壇の大御本尊を正式に御安置申し上げる本門の戒壇、これを事(じ)の戒壇という。それまでは大御本尊の住するところが義の戒壇である。(中略)昭和四十七年には事の戒壇たる正本堂が建立される」(折伏経典)

さらに

「日蓮大聖人は本門の題目流布と、本門の本尊を建立され、本門事(じ)の戒壇の建立は日興上人をはじめ後世の弟子檀那にたくされた。(中略)時来って日蓮大聖人大御本尊建立以来六百九十三年目にして、宗門においては第六十六世日達上人、創価学会においては第三代池田大作会長の時代に、本門の戒壇建立が実現せんとしている」(仏教哲学大辞典)

「正本堂の建立により、日蓮大聖人が三大秘法抄に予言されたとおりの相貌(そうみょう)を具えた戒壇で建てられる。これこそ化儀の広宣流布実現であり、世界にいまだ曽てない大殿堂である」(同前)と。

 

 細井管長も、初めは御遺命に背く恐れからか曖昧な表現が多かったが、次第にその発言が大胆になる。

「此の正本堂が完成した時は、大聖人の御本意も、教化の儀式も定まり、王仏冥合して南無妙法蓮華経の広宣流布であります」(大白蓮華二〇一号)と。

 

 ここにいう「王仏冥合」とは、池田を「王」とし細井管長を「仏」とする、まやかしの王仏冥合である。●これを「おままごと」というのではなかったか●

 正本堂が偽戒壇であるから「王仏冥合」も「広宣流布」もすべてがごまかしとなる。

 

 まことに白を黒といい、東を西といい、天を地というほどの見えすいたたばかりである。

 だが、宗門の最高権威たる「法主」と、最高権力者の池田大作が心を合わせて断言するところであれば、無智の八百万信徒はこれを信じ、無道心の一千僧侶また先を争ってこの悪義になびいた。

報恩抄には

「例せば国の長(おさ)とある人、東を西といい、天を地といい出しぬれば、万民はかくのごとく心うべし。後にいやしき者出来(しゅったい)して、汝等が西は東、汝等が天は地なりといわば、用(もち)うることなき上、我が長(おさ)の心に叶わんがために今の人を罵(の)り打ちなんどすべし」と。

 

 当時の宗門の姿は、まさにこの御文を彷彿させるものであった。

 

 

つづく

●は小生

 

格言

なぜか、「喜び浮かれると魔が近づく」

 

NHK

圏央道でパトカーが大型トラックに追突され炎上 けが人なし

 

 映画『トラック野郎』が出たところで、やはり、働き方改革の規制緩和は非常に危ういものであるということがわかった。

80キロ制限速度を90キロまで規制緩和した理由は、目的地に早く着きたいが為である。時間制限がある以上、そうなることは目に見えていた。

 しかしながら、速度の規制緩和は、大事故を連発させる危うさがある。そうして、このところ大型トラックの大事故が立て続いているわけだが、これは、働き方改革のなれの果てであろう。

 時間制限があって長距離トラックは便数を減らさざるを得ない。すると長距離間の輸送力は極端に落ち込まざるを得ないだろう。

すると、どこかの運送会社はとてつもない無理を強いられる。破格の運賃を提示されれば、行かないわけにはゆくまい。

そうして、無理難題がトラックドライバーに降りかかり、今回の事故につながった可能性は否定できまい。

寝不足、集中力不足、休日もろくに取れずのトラックドライバー、本末転倒であるが、これが現場の実情である。

米不足も、このようなことから運び手がなく、品薄状態ではなかったか。あっても破格の米価である。これは運賃を上乗せされている可能性もあるだろう。

 安倍晋三の働き方改革は日本をめちゃくちゃにしている。これも仏法違背の創価学会公明党の存在による。

天魔、池田大作、安倍晋三、そして創価学会公明党。とてつもない暴挙の政治運営が、日本経済に大ダメージを与え続けている。

どうすればよいかは、答えが出つつある。まずは、政権与党から創価学会を追放せねばならん。

それができなければ、日本はおそらく他国侵逼の災難、兵乱にまで発展してゆく可能性がある。

小生の描く仏法画は、御在世のみならず、そのことをも物語っているやもしれんぞ。

 

 

警告

乗用車は、大型トラックには近づくな。たとえ心優しいトラックドライバーだとしても集中力の欠く、寝不足ドライバーやもしれんぞ。

大型トラックの前に、割り込みなどすれば、事故に巻き込まれる可能性大だ。

 

乗用車は、大型トラックには近づくな。命を失っても知らんぞ。

 

「あらゆることは仏法よりこと起こること」

 

富士大石寺の扉を閉めるプロジェクト

 

仏法画 正法 第一章 「諸天逆切~瞋りの怨嫉~」

日本の正法が世界を救うことを信じて、仏法画を描き続けます。

 

『日蓮大聖人の仏法』つづき

 

 昭和四十二年の正本堂発願式に参列した宗門高僧たちの諛言(ゆげん)を並べてみよう。

阿部信雄・教学部長(第六七世・日顕管長)

「宗祖大聖人の御遺命である正法広布・事の戒壇建立は、御本懐成就より六百八十数年を経て、現御法主日達上人と仏法守護の頭領・総講頭池田先生より、始めてその実現の大光明を顕わさんとしている」

 

大村寿顕・宗会議員(教学部長)

「この大御本尊御安置の本門戒壇堂の建立をば『富士山に本門寺の戒壇を建立せられるべきなり、時を待つべきのみ』云々と、滅後の末弟に御遺命せられたのであります。その御遺命通りに、末法の今、機熟して、『本門寺の戒壇』たる正本堂が、御法主上人猊下の大慈悲と、法華講総講頭・池田大作先生の世界平和実現への一念が、がっちりと組み合わさって、ここに新時代への力強い楔(くさび)が打ち込まれたのであります」

佐藤慈英・宗会議長

「この正本堂建立こそは、三大秘法抄に示されたところの『事の戒法』の実現であり、百六箇抄に『日興嫡々相承の曼陀羅をもって本堂の正本尊となすべきなり』と御遺命遊ばされた大御本尊を御安置申し上げる最も重要な本門戒壇堂となるので御座居ます」

 

 椎名法英・宗会議員

「『富士山に本門寺の戒壇を建立せらるべきなり、時を待つべきのみ』との宗祖日蓮大聖人の御遺命が、いま正に実現されるのである。何たる歓喜、何たる法悦であろうか」

 

菅野慈雲・宗会議員

「正本堂建立は即ち事の戒壇であり、広宣流布を意味するものであります。この偉業こそ、宗門有史以来の念願であり、大聖人の御遺命であり、日興上人より代々の御法主上人の御祈念せられて来た重大なる念願であります」と。

 

 どうしたら、このような諂(へつら)い、見えすいた嘘、大聖人に背き奉る誑(おう)言が吐けるのか。

所詮、これらの僧侶たちには信心がないのだ。池田にへつらって我が身を長養することしか考えてないのだ。

 

まさしく「法師の皮を着たる畜生」「法師と云う名字をぬすめる盗人(ぬすっと)」(松野抄)とのお叱りが、そのまま当る禿人どもである。

 

●確かに宗だけを見ているから、このようなことになるのだ。国教になる日蓮大聖人の仏法である。ただ、宗門だけを見て、その枠の中で何かが決められようとするから、大聖人に背くことになるのである。

あの当時も未だ「時を待つべきのみ」であっただろう。日本の仏国実現には、まだまだ時間がかかるのである。この文言の証明として、正本堂建立の二十数年後に、正本堂は崩壊している。この時が、「事の戒壇」ではなかったことを見せつけられてしまったのであり、池田の偽りは、現在も学会員の中に深く入り込み、策謀の学会員の心が見え隠れしているのではなかったか。それが政治に働きかけるから、日本が傾いて行くのである。●

 

かくて正系門家から「国立戒壇」の御遺命は消滅し「正本堂」を讃える悪声のみがこだました。第六天の魔王はものの見事に、正系門家から御本仏の御遺命・七百年来の宿願を奪い去ったのである。

 

 第十章 御遺命守護の戦い

 昭和四十五年ー。正本堂の工事はすでに始まり、その完成が二年後に迫っていた。

 池田大作はこの落成式において、細井日達管長に「広宣流布は達成」「御遺命の戒壇ここに成就」と宣言させることにしていた。

 

●昭和45年は西暦1970年のことであり、その2年後は、昭和47年、西暦1972年のことである。その1年ないし2年して、石油ショックの嵐(1973~1974年)が日本を襲い、日本は戦後初めてGDPマイナスを記録した。これが、仏法違背への諸天の怒りなのかと謂えばその通りであろう。その後、日本は、現在まで傾き続けるのである。●

 

 もし、「法主」が公式にこれを内外に宣言すれば、このとき御本仏の御遺命は完全に破壊される。国立戒壇の建立は大聖人の究極の大願であられれば、この御遺命の破壊はまさに、流罪・死罪を忍び給うた大聖人の一代三十年の御化導を水泡に帰せしめるものである。

 しかるに宗門・学会は、いま恐れげもなくこれを押し進めている。この無道心をご覧あそばせば、大聖人はいかに御憤り、御悲しみあそばすであろうかー。

 このとき、大聖人の厳たる御命令が私の耳朶(じだ)を打った。

「法を壊(やぶ)る者を見て責めざる者は、仏法の中の怨(あだ)なり」(竜泉寺申状)

 

「もし正法尽きんと欲すること有らん時、まさに是(か)くの如く受持し擁護(おうご)すべし」(立正安国論)

「むしろ身命を喪(うしな)うとも、教(きょう)を匿(かく)さざれ」(撰時抄)

「獅子王の如くなる心をもてる者、必ず仏になるべし」(佐渡御書)

また日興上人は

「時の貫首(かんず)たりと雖(いえど)も仏法に相違して己義を構えば、之(これ)を用うべからざる事」と。

もし「法主」の権威を憚(はばか)り、学会の強大を恐れてこの大悪を黙過したら、これこそ「大聖人様に対し奉る最大の不忠」「大聖人様に申しわけない」ーただこの一念で、私は御遺命守護の御奉公に立ち上がった。

 

●これこそが大聖人の御心であろう。ゆえに、偽りの正本堂は将来的に崩壊するのである●

 

 これにより、必死の諌暁は二十八年に及んだ。そして、凡夫の思慮を絶することが起きた。時は平成十年、偽戒壇・正本堂は轟音とともに打ち砕かれ、地上よりその姿を消し去ってしまったのである。すべては大聖人の御威徳による。

 

 以下、その経緯の大要を述べる。

 

一、第一次諌暁

 

「正本堂に就き宗務御当局に糺し訴う」

 

 昭和四十五年三月、私は護法の一念を四万二千余字に込め、「正本堂に就き宗務御当局に糺し訴う」と題する一書を認(したた)め、猊座を守るべき宗務院役僧と、御遺命破壊の元凶・池田大作以下の学会首脳、あわせて十二人送附した。

 

 この書の内容は、正本堂が事の戒壇でないこと、御遺命の戒壇とは国立戒壇であることを論証し、さらに大聖人を蔑(あな)ずる大慢心の文言を挙げて破し、最後に宗務当局に対し、猊座の尊厳を守るため速かに池田の誑惑を摧(くだ)くべし―と訴えたものである。

 当時、顕正会は「妙信講」と称し、日蓮正宗法華講(宗門信徒の総称)の中の一講中という立場で、講員は八千人に過ぎなかった。

 対する池田は、日蓮正宗全信徒を統率する大権を細井管長から委ねられた法華講講頭。そして八百万学会員を率い公明党を手足とし、そのうえ誰人も背けぬ「法主」を擁(よう)し、その勢威は凄まじいものがあった。

 これに八千の小講中が立ち向うは、竹槍で戦車に向い、小舟が戦艦に当るにも似ていた。

●まさに戦国時代、数百の兵を挙げて、数万の今川勢に立ち向かった尾張の領主織田信長の桶狭間の戦いである。あまり好い喩(たとえ)とはゆかぬだろうがね。●

 

恐らく歯牙(しが)にもかけず、直ちに宗門追放かとも思われた。

 

 だが、この諫暁書は驕(おご)る池田大作と細井管長の肺腑を抉(えぐ)り衝撃を与えた。それは八百万対八千でもなければ、「法主」対信徒でもなかった。「仏法と申すは道理なり、道理と申すは主に勝つ物なり」(四条抄)の仰せのままであった。

 

 恐らく細井管長は、この諫暁書の背後に、犯しがたき御本仏日蓮大聖人・日興上人の御威徳を感じたものと思われる。

 

 細井日達管長と対面

 

 送達の翌々日、宗務院の早瀬日慈総監から「直ちに本山に来るように」との一報があった。この反応の早さこそ、衝撃の強さを物語っている。

 四月三日、私は父(当時妙信講講頭)とともに、総本山の宗務院に出頭した。定めて宗務役僧から直ちに”宗門追放”が云い渡されると思っていたところ、案に相違して、「猊下が対面所でお目通り下さる」と伝えられた。

 

 やがて対面所に出座された細井管長は、右手に「正本堂に就き宗務御当局に糺し訴う」をかざしつつ、照れくさそうな笑みを浮べ、開口一番

「よく書けてますね。私にもこうは書けませんよ。この本は宗開両祖の仰せのまま、宗門七百年の伝統のままです。一分の誤りもありません」

 

思いもかけぬ言葉を下された。

しかし、次いで

「この中に引用の先師の『御宝蔵説法』とは、日応上人のものですね。あれには省略されている部分があるのです。これがその原本です。大事なものだから人には見せられないが、この中に『戒壇の大御本尊まします所は事の戒壇』とあるのです。だから、正本堂は事の戒壇といえるのです」と。

 非礼僭越とは思ったが、ことは御遺命にかかわる重大事である。私は敢えて

「お見せ頂けますか」と願い出た。

「大事なものだから全部は見せられないが・・・・」

と云いつつ、細井管長は両手で前後の文を隠してその部分だけを見せ、読み上げられた。

「『大御本尊いま眼前に当山に在(ましま)す事なれば、此の処(ところ)即(すなわ)ち是(こ)れ本門事の戒壇、真の霊山(りょうぜん)・事(じ)の寂光土(じゃっこうど)』とあるでしょう。だから戒壇の大御本尊まします所は、御宝蔵であれ、奉安殿であれ、また正本堂であれ、事の戒壇といっていいのです」

いかにも訝(いぶか)しい。私(●大聖人の化身●)はお伺いした。

 

「本宗では従来、広布の暁に事相に建てられる御遺命の戒壇を『事の戒壇』といい、それ以前の大御本尊まします御宝蔵あるいは奉安殿を『義の戒壇』と言ってきたのではないでしょうか」

 細井管長の面(おもて)にみるみる怒気がみなぎった。

「あんた、二座の観念文には何とある。『事の一念三千』とあるでしょう。戒壇の御本尊は事の御本尊です。だから、その御本尊まします所は事の戒壇なのです」

 「お言葉ですが、『事の一念三千』の『事』とは、文上脱益・理の一念三千に対して文底下種の一念三千を『事』とされたのであって、法体上の立て分けかと思われます。いま戒壇における『事』と『義』とは次元が異なるように思われますが・・・・」

 「いや、ここに書かれているように、大御本尊まします所は、いつでも、どこでも事の戒壇なのです」

 怒気を含む強い調子で、これだけは譲れないというように、同じ言葉を何度も繰り返された。

 しかし従来の定義を変えて「正本堂を事の戒壇」としたら、御遺命の戒壇はどうなるのか。問題の核心はここにある。私は詰めてお伺いした。

「では正本堂は、三大秘法抄・一期弘法抄に御遺命された戒壇なのでしょうか」

細井管長はあきらかに困惑の色を表わし、しばし沈黙された。やがて意を決したように

「広宣流布の時の事の戒壇は、国立ですよ」

重ねて念を押させて頂いた。

「では、正本堂は御遺命の戒壇ではないのですね」

「正本堂は最終の戒壇ではありません。広布の時は国立戒壇で、天母山(あんもやま)に建てられるのです」

「天母山」とは天生原(あもうがはら)のことである。ついに細井管長は本心を吐露されたのである。

 しかしこの本心を宗門で知る者はない。全信徒は「正本堂は御遺命の戒壇」という謀(たばか)りを信じている。そこで言上した。

「猊下の御本意を伺い、こんな有難いことはございません。しかし学会員も法華講員も、まだ正本堂を御遺命の戒壇と思いこんでおります。これはいかがしたら・・・・」

猊下は言われた。

「いや、私から、間違わぬよう、よく伝えておきます」

思いもかけぬ明言であった。そして最後には

「諫(いさ)めてくれたのは妙信講だけです。浅井さんの信心に、私は負けました」

とまで、率直な言葉を吐かれた。

 

 -細井管長のこの日の対面目的は、まさに懐柔(かいじゅう)と、己義(こぎ)の「事の戒壇」を承伏させることにあったのであろう。しかし説得のつもりが、かえって正しい道理の前に本心を吐露せざる得なくなり、その公表まで約束されたのであった。

 

虫払会(むしばらいえ)御書講で正論

 

 三日後の四月六日、総本山の年中二大法要の一つである御虫払会(おむしばらいえ)がおこなわれた。

 

●なぜ虫が現れるのかである。「御開扉」イベントが原因か。

 

ここに、日蓮正宗の御霊宝(ごれいほう)虫払(むしばらい)大法会(だいほうえ)を

引用しよう。

御霊宝虫払大法会
 毎年4月6日・7日の両日、総本山でおこなわれる御霊宝虫払大法会は、秋の御大会(ごたいえ)とともに日蓮正宗の2大法要の1つです。宗祖日蓮大聖人の時代から700年にわたる長い間、本宗に伝えられてきたたくさんの重要な宝物を後世に永く伝えていくため、年に一度湿気を払い、害虫を除くなど保存に必要な手入れをし、あわせて多くの参詣者に披露して信行倍増に資する大事な儀式です。
 大聖人がご入滅されたのち、本弟子6人のうち、日昭・日朗などの5人は、「大聖人が仮名文字で書かれた手紙は、御供養の返礼として愚痴の者を導くためのものであり、これを残しておくことは、大聖人の恥を後世に残すようなものだ」と言って、すき返したり、焼いてしまいました。これは、「大聖人は末法の一切衆生を救う仏様である。したがって大聖人のおおせられたお言葉、書きのこされた文字は仏様のご金言であり、尊いお経である」という大事なことを、血脈相承のない五老達にはよくわからなかったためといえます。
 正嫡である第2祖日興上人は、その心得違いをさとすかたわら、つとめてあちこちに散在していた御書を集めて、重要な御書の目録を作り解説を書き残されました。また、みずから筆をとって御書を書き写すなど、大聖人の尊い教えがなくなってしまうことを防がれたのです。
 こうした日興上人のご精神を受け継いで、代々の歴代上人がこれらの重宝を身をもって守り伝えてきたのです。

ーここまで

 

 「年に一度害虫を除くなど保存に必要な手入れを」とある。

なぜ、虫が寄るのかである。

 

小生は、幼少の頃、まだ十にもならん時、虫を収集すること、いわゆる「昆虫採集」として、その採集した昆虫を研究していた。

論文こそ書いてはおらぬが、身をもって昆虫とは何かをただ水槽に昆虫を入れて、昆虫図鑑を片手に飼育し、眺めていた。

 

 アメリカ合衆国、ハリウッド映画に、名優ブレンダン・フレイザー主演『ハムナプトラ~失われた砂漠の都~』がある。

エジプトの三千年の呪いがストーリーのこの映画。そこには大量の人食い虫が出てくるのである。

娯楽映画のためストーリー性はともかく、この人間を喰う虫がでてくることに関心を持たざるを得ない。

 

 謗法充満の日本国に於て、この虫払会(え)はどのような意味を持っているのかである。大量の虫が出る。その書かれた秘蔵厳護の経文を誰かに見せたのではなかったか。

 

 先ほどの正宗の引用文のなかには、「あわせて多くの参詣者に披露して」が何よりそのことを証明している。絶対に見せてはならん経文を見てしまったのではなかったか。

 

 虫は、人間と同じ色心の二法が具わる大宇宙に通ずる生物であり、あらゆることに関係性をもって地球上に存在している。

 

小生の身の回りに最近起こった現象として、「ゴキブリ」の室内侵入がある。当然、駆除するわけだが、なぜ、「ゴキブリ」が現れたのかである。部屋の一部が汚れているのだ。ゆえに、ゴキブリが寄ってくるのである。そのことをゴキブリが小生に知らせたわけだが、このようにゴキブリでさえ、何かを悟らせるのである。

その後、侵入したベッドの下の埃を取り除いたりしたわけだが、これが今生、この世の不思議である。

「虫の知らせ」というが、虫が知らせることも実際にあるということだ。

蚊が血を好んで人に近づくというのもあるが、小生は、鼻炎症のためよく蚊が寄ってくる。鼻の毛細血管が破れているらしく、呼吸をすれば、血液成分を含む鼻息となろう。それが蚊を近づけるとみたのである。

研究の余地があるだろう。●

 

席上、満山大衆を前にして細井管長は次のように述べた。

「王仏冥合の姿を末法濁悪の未来に移し顕わしたならば、必ず勅宣並びに御教書があって、霊山浄土に似たる最勝の地を尋ねられて戒壇が建立出来るとの大聖人の仰せでありますから、私は未来の大理想として信じ奉る」と。

 

 建築中の正本堂を眼前にして、三大秘法抄に御遺命の戒壇を「未来の大理想として信じ奉る」と明言されたのである。これ明らかに正本堂の誑惑を否定するものであった。

 

 「事の戒壇」の定義変更

 

 さて、総本山の対面所で細井管長が私に示された「日応上人の御宝蔵説法の原本」と称する文書について、少し触れておく。

 

 後日、諸天の計らいともいうべき不思議な経路で、その全文を入手することができた。それは第五十六世日応上人の「原本」ではなく、第六十世日開上人の御宝蔵説法本であった。細井管長が引用した前後の文を拝見すれば、文意は明白であった。

「御遺状の如く、事の広宣流布の時、勅宣・御教書を賜わり、本門戒壇建立の勝地は当国富士山なる事疑いなし。又其の戒壇堂に安置し奉る大御本尊、今眼前に当山に在(ましま)す事なれば、此の処即ち是れ本門事の戒壇・真の霊山・事の寂光土にして・・・・・・」とある。

 

 すなわち日開上人は、広布の暁に国立戒壇が建立されることを大前提として、その事の戒壇に安置し奉る戒壇の大御本尊いまここにましますゆえに、たとえ未だ事の戒壇は建てられていなくとも、「此の処即ち是れ本門事の戒壇」と仰せられているのだ。すなわち”義理において事の戒壇”の意、これを本宗では「義理の戒壇」あるいは「義の戒壇」と称してきたのである。

 

 ゆえに日寛上人は

「義理の戒壇とは、本門の本尊所住(しょじゅう)の処(ところ)、即(すなわ)ちこれ義理・事の戒壇に当るなり。乃至、故に当山(大石寺)は本門戒壇の霊地なり」(法華取要抄文段)と仰せられ、広布以前の戒壇の大御本尊まします大石寺を「義の戒壇」とされている。

さらに

「未だ時至らざる故に直(ただ)ちに事の戒壇これ無しといえども、すでに本門戒壇の御本尊まします上は、其の住処は即戒壇なり」(寿量品談義)

とも仰せられている。「其の住処は即戒壇なり」とは、義において戒壇ということ、これを「義の戒壇」というのである。

 

 しかるに細井管長は、日開上人が前文に示されている国立戒壇建立の大前提を故意にかくして、正本堂を直ちに「事の戒壇」といわれた。これは明らかにたばかりである。「事の戒壇」は「御宝蔵であれ奉安殿であれ正本堂であれ・・・・」ではなく、一つしかないのだ。

 

 ゆえに近世の大学匠といわれた第五十九世日享上人は

「唯一の国立戒壇、すなわち大本門寺の本門戒壇の一ヶ所だけが事の戒壇でありて、そのことは将来に属する」(富士日興上人詳伝)と。

 

さらに、「この戒壇について、事相にあらわるる戒壇堂と、義理の上で戒壇とも思えるの二つがある。事相の堂は将来一天広布の時に、勅命で富士山下に建ち、上(かみ)は皇帝より下(しも)は万民にいたるまで受戒すべき所であるが、それまでは、本山の戒壇本尊安置の宝蔵がまずその義に当るのである。末寺の道場も信徒も仏間も、軽くは各々その義をもっていると云える」(正宗綱要)と。

 

また第六五世日淳上人は

「御文(三大秘法抄・一期弘法付嘱書)に、王法と仏法と冥合して国主が此の法を御用いの時は此の戒壇が建立せられる、それを事の戒法と申すと仰せられるのでありますから、その時の戒壇を事の戒壇と申し上げるのであります。従って、それ以前は御本尊のましますところは義理の上の戒壇と申し上げるべきであります。仍(よ)って此のところを義の戒壇と申し上げるのであります」(日蓮大聖人の教義)と。

 

いや細井管長自身、登座直後の説法では

「事の戒壇とは、富士山に戒壇の本尊を安置する本門寺の戒壇を建立することでございます。勿論この戒壇は、広宣流布の時の国立の戒壇であります」(大日蓮 昭和36年5月号)

 

と言っているではないか。しかるにいま定義を勝手に変更して「戒壇の大御本尊ましますゆえに正本堂は事の戒壇」という。これは自語相違であり己義である。

 なぜこのようなたばかりをしたのかといえば、正本堂を「御遺命の事の戒壇」と云い続けてきた学会・宗門の欺瞞を隠すための目眩(めくらまし)にほかならない。

●そうして日本は正本堂建立後、傾いて行くわけであるが●

 

しかし、今、詰められて本心を吐露せざるを得なくなり、それが御虫払会における正論となったのである。

 

だがー、これより以降、細井管長は態度を二転三転させる。私(浅井昭衞先生は大聖人の化身であられる)と会えば貫首としての本心を取り戻し、池田と会えば魔の手先となるという変節を、最後の最後まで繰り返したのであった。

 

●そうして細井管長は、将来的に急死を遂げてしまうのである。これが仏罰の恐ろしさか●

 

池田の巻き返し

 

つづく

●は小生

 

産経新聞

12歳の少年が見た昭和48年「僕たちに未来はない。ノストラダムスが予言したのだから」 プレイバック「昭和100年」

 

 今回の記事は、人類滅亡の内容である。ノストラダムスの大予言は世界的に有名だが、1999年人類は亡ばなかった。日本国内にもノストラダムスの予言を恐れて、東京を脱出し東北のある地に移住した方を知るが(その後、日本海に面した海岸で遺体が発見された)、あの当時は強迫観念のようなものに憑りつかれた者にそのような行動が表れたようである。

 

 1999年人類は滅亡しなかった。東京に巨大地震も発生しなかった。何故であろうか。そして、今回の南海トラフ巨大地震も「1週間は警戒せよ」であったが、起きなかった。巨大地震・・・。宇宙法界、諸天善神は、我々を、我々の行動を常に見つめている。さすがに日本の首都に巨大地震が起これば、日本は終わる。終わることが理解できているために、先延ばしになっている可能性が高い。これが仏法界上のものの見方であろう。

 人々の心は、宇宙法界に共鳴し、火山が爆発したり、大地震が発生したり、まずは七色の虹、彗星などをもって警告する。疫病、飢饉も人々への警告である。日本は富士山の守護する妙国である。一乗に帰せねば国が亡ぶと申し上げるは、日蓮大聖人であられる。御在世の大地震、飢饉、疫病、そして内乱、遂には他国侵逼の災難は次々に国内に発生した。これは御本仏を迫害、謗った日本人民への罰であるわけだが、現在においても謗り、師敵対(創価学会)によって、遂に東日本大震災が発生、日本は原子力発電所の原子炉が核爆発を起こし、その罰は天地を貫いた。このように、日本人の思う心、考える心が諸天善神に共鳴するのである。

ゆえに、正法団体は、日頃の遥拝勤行によって、成仏を願う。現当二世に成仏を願うため、いつでも幸せの境界に立てている。

不幸の巨大地震も当然に起らないのである。巨大地震が不幸を齎すわけで、正法の勤行が幸せを齎すのにもかかわらず真逆のことは諸天善神にはできんのだ。

 ゆえに正法を唱える者によって、日本は守られている。辛うじて守られているといったところであろう。しかしそれを上回る謗法が激しければその力も空しである。新型コロナウイルス世界蔓延も上回った結果であろう。

 

 NHKは、今回「狼」、「嘘」キャンペーンを張ったようだが、このように、人の心に共鳴して禍が起こるのである。正法を誹謗中傷、謗法を繰り返せば、大罰が当たるのである。

そうして、今回の自民党総裁選にタカ派の石破氏が立ったことも、それを如実に顕わしている。地球の裏側ではキリスト戦争が猛威を振るっている。そのうちアジアに飛び火すれば、日本も戦禍に巻き込まれるといったところであろう。そこに石破氏の登場がある。諸天は常に見計らっているのではなかったか。

 これは想像の域(御在世は現証として想像ではなく現実であったが)だが、爾前経を唱え続ける「寺」によって(仏法画正法第一章「邪宗」の律、念仏、真言、禅等)、諸天善神の怒りは心頭に達し、地震が発生するということは十分にあり得ることだ。

 現在の科学技術ならば、それを証明することも可能ではないか。

 どこぞやの「寺」が、爾前経の経文を唱えているときに、巨大地震が発生したということを証明するのである。

 

 科学者ならばできよう。

 

 末法濁悪の世となって1000年が過ぎ去ろうとしている。日本国に住まう我々は、正法に帰さねばならん。そうして、禍を未然に防ぐのである。

 小生は、それが困難であると見た故に、扉を閉めようと思っている。秘蔵厳護の扉を閉めて、禍を遠ざけようと思っている。

既に、正法団体も戒壇の大御本尊様を直接の内覧はできずになっている。創価学会も戒壇の大御本尊様にお目通りすることは叶わなくなっている。そう、これこそが大聖人、諸天善神の働きである。そうして、現在、「御開扉」は、法華行員のみに許されている。しかも登山人数は年々減り続けている。これでよいのである。

 扉の中を覗き込めば世界に禍を齎す。諸天善神の力用は凄まじい。何としても扉を閉めねばならん。小生はそのために画を描くのみである。

 

将来的な予言を申し上げよう。申し上げてそうならないならば結構なことではないか。結構天邪鬼なのやもしれんしな。

 ・来年早々の株価大暴落、バブル崩壊。1989年の二の舞の可能性を警告しておこう。起こらなければ結構なこと。

 

 ・巨大地震の発生。首都圏に巨大地震が発生する。そう申し上げれば、先延ばしになるとするならば結構なことではないか。

 

 ・日本人は亡びる。こればかりは、避けられそうにない。年々出生数が4万人減るのである。10年で40万人減り、20年で80万人減る。現在の年間出生数は、80万人を切った。目に見えているのである。

 移民を受け入れて、混血の日本国民を増やすしかなくなっているのではなかったか。純血の日本人は、あと20年で消滅である。これが諸天善神の怒りの計らいなのかと云えば、その通りなのやもしれんな。

 

 いずれにせよ、諸天善神の怒りを鎮めよう。そうして、ある意味での「日本沈没」を防ぐのである。

それには、公明党を政権の座から遠ざけよう。まずはそこからだろう。

間違いなく日本を沈める黒幕なのだ。

 

『日蓮大聖人の仏法』つづき

 

 池田の巻き返し

 

 細井管長の御虫払会における本心吐露は、池田の目には裏切りと映る。これまで「法主」の承認のもとに正本堂建設を進めてきた彼にすれば、今になってのこの裏切りは許しがたい。彼は巻き返しの機を覗った。

 

 当時、彼は学会の出版妨害事件に端を発する国会喚問に怯えていた。

 

●公明党など立ち上げるから、怯えることになるのだ。妙信講、浅井先生に相談して、事態解決を進めればよかったのだ。●

 

 四月八日、共産党・谷口善太郎代議士から衆議院議長に宛てた「質問主意書」が提出された。

 その趣旨は、学会が主張していた「国立戒壇」は憲法違反であり、かつ宗教団体が違憲の国立戒壇の実現を目的として政治活動を行うとすれば、その活動も憲法違反ではないかーというものであった。

 

 ●共産党に言われなくても創価学会員を除く全国民は、「公明党」という存在が憲法違反であるということを認めてよいのである。そうすれば禍がある程度は止められように。公明党が解散するからだ。●

 

 政府はさっそく学会に「国立戒壇」についての照会をした。

 池田はすでに数年前に、学会の立場では「国立戒壇」を否定していた。しかしこの回答を政府に提出するに当っては、どうしてもその裏付けとして、宗門に国立戒壇否定の公式決定を発表させる必要があった。ここに池田は猛烈な圧力を宗門に加えた。

 

●なぜ、圧力を加えねばならなかったのか。それは公明党を解散させたくはなかったからである。政党交付金に目がくらんだか。自民党石原伸晃代議士は、以前、東北の巨大地震発生で難民の方々に向けて「金めでしょう」と言ってのけたが、公明党こそが、その可能性があるのではないか。日本を滅ぼす公明党。この黒幕こそが元凶であることを日本国民は心肝に染めねばならんだろう。●

 

「国立戒壇を永久に放棄せよ」

 

 昭和四十五年四月十四日、池田は宗務院の早瀬日慈総監、と阿部信雄教学部長(後の日顕管長●正本堂を崩壊せしめた英雄。しかしながら御遺命は永久放棄、創価学会に倣ってしまった●)を学会本部に呼びつけた。このときの会談内容が阿部教学部長の自筆で克明に記録されている。この記録は、池田が宗門に国立戒壇放棄を強要したことを立証する、きわめて重要な文書である。

 

 平成五年に顕正会が入手したその記録(以下、阿部メモ)によれば、その趣旨は二つ。

①宗門として公式に国立戒壇を永久放棄する宣言をすること

②宗内でただ一人国立戒壇を主張する浅井を抑えこむこと。

 

 この二点を「法主」に要請しているのである。

以下、その一部を紹介する―。

 

 池田「国立と云うと追いつめられる恐れがある。先手をとりたい。日淳上人にも現猊下にも国立の言あり。共産党はこれらをつみ重ねて(証拠蒐集(しゅうしゅう)の意)きている。これは違憲になる。(中略)この際はっきりしておいた方がよいと思うがどうか。(中略)もし之をお認め頂けるならば、猊下より宗門の定義として大日蓮に発表して頂きたい。そうでないと私の独創になってしまう」

●「独創」。己義を構えるということだ。大聖人は、己義を構えたものを法主は許してはならんと諫めている。●

 

 早瀬「非常に重大な事である。充分猊下にお伝えし、申し上げる。この上で御返事をする」

 池田「非常にいそぐので早く願いたい。(中略)また何等かの方法で、この件につき宗門内の統一を願いたい。今迄、猊下は、我々の言ったことを擁護して下さった。それが今度は、もう一歩脱皮せねばならぬ時になった。猊下も『時によるべし』とおっしゃっている。今ここで、永久に国立という内容にするか、しないかが、急所である。永久にしないという決定をいえば収まる。(中略)猊下よりそう云うお説法があったとして、大日蓮に発表して頂きたい」

ー池田はなんと、大聖人の一期の御遺命、そして歴代先師上人が七百年来叫び続けてこられた「国立戒壇」を、永久に放棄せよと「法主」に迫っているのである。

 

●諸天善神の怒りはここに心頭に達したはずである。これにより、日本は、完全に傾いて行くのである。池田の謗法が、日本を滅ぼすのだ。●

 

ついで池田の発言は「妙信講問題」に移る。阿部メモには

「次、浅井問題の検討となる。浅井問題の解決が焦眉(しょうび)の急という会長の発言あり」とある。

 

池田「浅井によく云って下さい。(中略)私と一緒に共産党と戦ってもらいたい。もしそうしてくれるのなら、私と逢ってもよい。一ぺん逢はうか。如何?」

 

早瀬「結構だと思う」

 

池田「それで、もしも(仲々難物なときは)谷口質問を見せて、宗門が解散になってもよいのかと云うことを、よく猊下より話して戴くことがよい。なお猊下が浅井にお逢いになるときは、早セ総監、アベ教学部長も御陪席申上げてもらいたい」

ー猊下が一人で逢うとまた浅井に同調してしまう、と警戒したのであろう。

 

池田「本山も危いのだということを、よく云って下さい。その時、もしよければ、会長を呼んでもよいと云って下さい。至急やってもらいたい。明日か、明後日ー16日一杯にやって頂きたい。猊下より浅井に『国立をとれよ(除け)』と一言云って頂けばよいと思う」

ついでに同席していた小平芳平(公明党参議院議員)が、池田発言を補足する。

「国立を主張して憲法違反と云うことになると、宗教法人法第二条違反となり、これは、法人法だい〇条により、解散させられます」

 

●公明党が解散するのである。これを履き違えるから日本が傾くのだ。●

 

池田「だから浅井に、憲法違反で潰されてよいかということを云って下さい。猊下より、民衆立は自分が(始めに)云ったんだと、むしろ云って頂きたい」

会議の最後に池田は重ねて念を押す。

 

「浅井の件、どうか、しっかりたのみます」

 

ー池田は「国立戒壇を言えば憲法違反となって宗教法人法違反で宗門が潰される」など素人だましの法律論で脅し、宗門に「国立戒壇の永久放棄」を強要したのである。

●宗門が潰されるのではなく創価学会が潰されるのだ。仏法が糺されれば、それでよいではないか。●

 

ところが細井管長は、この無法な池田の指示どおり、動いたのであった。

 

細井管長の変節

 

 二日後の四月十六日、細井管長は東京・常泉寺に下向され、私を呼び出された。「浅井の件、どうか、しっかりたのみます」(阿部メモ)が、さっそく実行に移されたのだ。

 常泉寺の一室で私を待っておられた細井管長の手には、共産党の「質問主意書」が握られていた。それを見せながら差し迫ったようすで、いきなり云われた。

「浅井さん、国立戒壇を捨てて下さい。国立戒壇というと、日蓮正宗は潰されるんです」

ついに十三日前には本心を吐露して「広布の時は国立戒壇で、天母山に建てられる」と明言されたのに、なんという変節か。

私は申し上げた。

「どうして国立戒壇をいうと宗門がつぶされるのですか。信教の自由は現憲法の保証するところではございませんか」

「共産党の動きがこわいのです」

 そして細井管長は共産党の恐るべきを縷々と述べた上で、「国立戒壇を捨てよ」と、一方的に強要された。

 私は申し上げた。

「学会は自ら犯した数々の社会的不正(●真の正法の仏弟子ならば、不正などせぬ。ここに、邪教に染まった池田大作が信心のない単なる金稼ぎに奔走していることを証明するのである。●)を暴かれるから共産党を恐れております。しかし、宗門が日蓮大聖人の御遺命を叫ぶのに、どうして共産党ごときを恐れる必要がありましょうか」

さらに申し上げた。

「国立戒壇の否定と正本堂の誑惑は表裏一体です。学会は内外に正本堂を御遺命の事の戒壇と大宣伝しております。この時、もし国立戒壇を云わなくなったら、正本堂の誑惑がそのまま内外にまかり通ってしまうではございませんか」

細井管長は気色(けしき)ばんだ。

「正本堂を事の戒壇とはいえますよ。このあいだ本山であなたに見せたでしょう。あの本に『此の所は即ち是れ本門事の戒壇』とあったじゃないですか。あの本は寛尊よりも、もっと古いものです」

四月三日には「日応上人の御宝蔵説法の原本」といい、ここでは「寛尊よりも古い」という。たばかりのゆえに自語相違する。

 

●日応(應)上人 第56世 1889年~登座 日寛上人 第26世 1718年~登座●

 

 私は申し上げた。

「猊下の仰せられる『事の戒壇』の意味は、宗門古来の定義とは異なるように思われますが・・・・」

「法主」の権威に平伏せぬを小癪に思われたのか、猊下は顔を真っ赤にして語気を荒げた。

 

●浅井先生は大聖人の化身であられる。平伏するもなにもあるまいに、細井管長には判らぬのだ。●

 

「正本堂を事の戒壇といって何が悪い。あの本にあるように、戒壇の御本尊ましますところは、いつでも、どこでも、事の戒壇といえるんです」

 なんとしてもねじ伏せようとする強引さである。私はあえて面(おもて)を犯し強く申し上げた。

「では、猊下の仰せられる『事の戒壇』とは、広宣流布の時の『事の戒壇』と同じなのですか」

猊下はいかにも苦しげに、言葉を濁らせ

「・・・・・いや、それは違う」

重ねて申し上げた。

「もし『戒壇の大御本尊まします所は、いつでもどこでも事の戒壇』と仰せになるのなら、三大秘法抄に御遺命された戒壇は建立しなくていいのですか」

「・・・・・もちろん、広宣流布の時は建てなければいけない」

「学会は、宗門古来の定義のままに『三大秘法抄に御遺命の戒壇を事の戒壇』とし、それが正本堂であると欺瞞しております。ゆえに妙信講は『正本堂は事の戒壇にあらず』と学会を責めているのです。しかるにいま猊下が事の戒壇の定義を変更され『正本堂も事の戒壇といえる』と仰せられれば、学会の誑惑が助けることになるではありませんか」

「いや、私のいう『事の戒壇』は、何も最終の戒壇の意味じゃないんだから・・・・・」

「しかしそれでは法義が混乱します。御遺命の戒壇が曖昧になり、匿(かく)れてしまいます」

猊下はいいわけのごとく

「学会だって『正本堂は三大秘法抄の戒壇だ』と、そんなにはっきり云っているわけではないでしょう」

 そこで私は、学会発行の文書のいくつかを、高声に読み上げた。

「正本堂建立により、日蓮大聖人が三大秘法抄に予言されたとおりの相貌(そうみょう)を具えた戒壇が建てられる。これこそ化儀の広宣流布の実現である」(仏教哲学大辞典)等々。

 

 細井管長は次第に沈痛な表情となり、うつむきながら言われた。

「学会がそこまで云っているとは知らなかった。これから五月三日(学会本部総会)の打ち合わせで池田会長に会うことになっているので、訂正するよう、よく云っておきましょう」

 学会書籍のたばかりを知らぬはずがない。それはともかく、かくて、浅井に「国立戒壇」を捨てさせる目的で対面された細井管長は、またも「学会の誑惑を改めさせる」と約束されたのであった。

 

「四箇条に従え」

ところがである。翌日の早朝、細井管長から直接電話があった。

 

 「昨日、云い残したことがあるので、念のためはっきりと云っておきます。筆記して下さい。

一、日蓮正宗を国教にすることはしない。

二、国立戒壇とはいわない、民衆立である。

三、正本堂を以て最終の事の戒壇とする。

四、今日(こんにち)はすでに広宣流布である。だから事の戒壇も立つのである。

 

以上、これは宗門の管長としてはっきりいうのです。こうしなければ、現在の宗門はもう統率できないのですから、管長のいうことに従って下さい。そしてこの四つのことは、五月三日(学会本部総会)に私から発表しますから、それを見てて下さい」

 

昨日の約束はいったい何だったのかーまたも池田の圧力に屈したのであった。

 

●なぜ、日蓮正宗を国教にはしない。としたのか、池田の心中なのか、創価学会幹部の意向なのか。

最終戦争を第二次世界大戦とすれば、その意味がわかってくる。すでに、人々は、無間地獄に堕ち、新尼抄の御予言通りである。二度とあの悲惨な大戦を繰り返さないようにと、軍事力を持たない日本国憲法も出来上がった。これを盾とすれば、世界平和はなる。と考えてもおかしくはあるまい。

 ゆえに、日蓮仏法の最終目標をあの1970年に完成して、次の大戦を永遠に来させまいとしたのではなかろうか。

それが、まったくの欺瞞であったことも分からずにである。ゆえに、創価学会、正宗に起る数々の怪事件によって、そのことが明るみになってゆくわけであるが、遂には正本堂が崩壊、最終目標とされた国立と思われた戒壇が轟音とともに崩壊したのである。無論、国立ではない。民間(民衆(これも民主主義イデオロギーの成立した政治世界において、国立は相応しくないとの見方であろう。これも諸天善神の怒りを誘引させているはずだ)、創価学会が出したカネで建てられた偽戒壇である。民衆立などは、池田の己義である。これをもってして、諸天善神の怒りは心頭に達しているはずであろう。

 いずれにせよ、第二次世界大戦は、踊り場に過ぎない。現在、第三次世界大戦の入り口にある。これはAI戦争への序曲。最終戦争への入り口であろう。キリストイスラエルは、遂に全面戦争へと発展する戦乱を齎さんとしている。ハマスの次は、ヒズボラである。キリスト教とイスラム教の飽くなき戦い。これが、世界戦争へと発展する可能性はあるのか、ないのか。

 現在進行形であり、歴史の1ページに刻まれるであろう。

 アメリカ国内も、トランプ元大統領が2度も暗殺されかけている。軍産複合体の陰謀なのか、現在、暗殺の二文字が世界に躍る。戦争を止めたい勢力と、戦争を実行に移したい者のイデオロギー戦争ではなかったか。

 2030年までにAIがASIに移行したり、AIローズが人類に多大なる影響を齎すともいわれている。

果たして、我々は、現在のキリスト教の脅威とAIの脅威にさらされている。もうどうすることもできない時代の流れなのかを含めて、我々はこの緊迫した情勢をも守ってゆくしかあるまい。タカ派の総理大臣が立ったことも時代の流れに逆らえんことを証明している可能性もある。果たして人類の未来は如何に。●

 

私は即座に

「この四ヶ条、断じて承伏いたしません。このようなことをもし公表なされば、将来、猊下のお徳に必ず傷つきます」

と強くお諫めした。

 

●確かに、「傷つく」どころか「急死」である。仏法違背の大罰。恐るべしであろう。●

 

 

 

●は小生

 

気がかりな記事 その43である。

現代ビジネス

 

 

 

 

 

 

意外と知らない、ひとはなぜ戦争をするのか「身も蓋もない答え」

 

フロイトの答え

「人間から攻撃的な性質を取り除くなど、できそうにもない!」

「文化の発展を促せば、戦争の終焉へ向けて歩みだすことができる!」

 

ジークムント・フロイト博士

1939年他界。

 

アルベルト・アインシュタイン博士

第二次世界大戦後プリンストンで死去。

 

この記事の著者の精神分析をすれば、何か精神分析家のフロイトは、尊敬され、偉大なる物理学者アインシュタインは蔑んでいるように思われる。それは、「フロイト」博士については、「他界」という言葉を用い、「アインシュタイン」博士については、「死去」という言葉を用いて差別していることから云えることである。

 

 このフロイトの答えの言葉だけでは真の意味は解りづらい。

悲観論者である記事の著者には、「文化がいくら発展しても、人間から攻撃的な性質を取り除くことは難しい」と認識しているが、ある意味正しいと思う。人間から攻撃性を取り除くことなど不可能だろう。

 だから、法律で縛るのである。「国際連盟」は、第一次世界大戦が生み出した平和への賜物であった。しかしながら、人間の攻撃的な性質を取り除けないがために、第二次世界大戦を経て連盟は崩壊した。その代わりに立てられたのが「国際連合」である。その枠組みの中で、日本は戦後軍隊を持たずに戦争を放棄した平和主義国家として未来へ向けて歩むこととなった。

 これが、人間から攻撃的な性質を取り除くことは難しいことへの現代医学の得意とする「対処療法」であろう。

文化の発展を促せば、戦争の終焉へ向けて歩みだすことができるとフロイトは述べたとすれば、文化の発展とは、第二次世界大戦と同時並行の文化の発展ということになろう。そうして戦争の終焉に向けて日本国憲法が創られていったのである。

 そうして、戦争の終焉が訪れたかに見えたが、そうではなかった。性懲りもなく安倍晋三という悪魔が、ほんの数年前に現われたかと思えば、平和への希望の光である日本国憲法を踏みにじる法律を創り上げた。およそ「阿呆」の汚名は拭えん所業を安倍晋三は見事にこなしたのである。 

(後日談(2024年9月15日追記) この日NHK朝ドラオードリー再放送にて、主役の弟の娘を弟は「マリア・・」と娘をあだ名したが、娘に「あほう!」と一蹴された台詞があった。このブログはそこまで予知していたのであろうか?)

 

 人間の本能的欲望がある限り戦争はなくせん。ゆえに、上記の療法が必要なのである。そして、戦争の根本原因が、心の問題であるとするならば、対処療法ではなく、心を変える体質改善が必要である。

 そうして、戦乱が無くなれば結構なことではないか。その答えがこのブログに書かれているのである。

連綿と書き綴られ、散りばめられた内容こそが、根治療法である。

 もう理解できたであろう。

何度でも申し上げよう。

「あらゆることは仏法よりこと起こること」なのである。

 

 日本の仏法が曲がるから悪法が創られたりするのだ。日本の崩壊と戦乱への導きの根本原因は、創価学会池田大作教の大謗法による。この組織こそ日本を崩壊に導く一大勢力であることを我々人類は知る必要がある。

 創価学会絡みの100円均一を見よ、安売りのゴミくず(粗悪品)を買わされて喜んでいるは多くの国民であるが、そのために所得は上がらず、自らの頸を絞め続けて、自暴自棄にならんとしているではないか。

 良い製品は高い。良質のものは高いのである(高過ぎで掴まされる粗悪品もあるにはあるが、騙されることもあろう。これも需給調整で、売れなければ価格は下げざるを得ず適正な価格帯となっていくだろう。ゆえに粗悪品は安いのである)。

 しかも、物価が上がっているから安売りの100均を全面に押し出して混乱を取り除こうという末端販売業者の小売戦略が見え隠れしている。

 日本は沈む。どうすることもできんほど曲がり続けている。どうすればよいのかはわかっている。わかっているがどうすることもできんのであろう。

 

 

マネーポストweb

 

 

 

 

《独自》ユニクロ柳井氏「日本人は滅びる」発言に元ネスレ日本CEOが賛同 「“世界の中の日本”の立ち位置を正確に表わしている」バブル崩壊後の日本企業の失敗とは

 

 確かにあと20年もすると純血の日本人は一人も産まれなくなり、純血の日本人はいずれ滅び去るであろう。政治も経済もどうすることもできない時代の流れである。

 なぜ、どうすることもできないのか。

仏法が曲がっているから、政治も経済も衆生の心も曲がるのである。

 経済界だけの問題ではないが、世界から取り残されてしまっていることに、日本人が気づかずにいることが問題である。

しかし、どうすることもできないことが判っているために、声を挙げられないのである。

しかし、少しずつでもできることから始めよう。

 必ず道は開けるはずなのである。現在の日本における仏法界の仏法は曲がっている。あまりにも曲がり過ぎて、直す(糺す)のには並大抵の努力では不可能なくらいである。まずその曲がりを糺すには、正法を信じ切ることから始まる。そうして、その絶対信が、人々の心を変えてゆくのである。一人でも多くの日本人が正法に目覚めれば、この国は否応なしに変わってゆくであろう。

 そうして王法が仏法に冥じて、仏法が王法に合すれば、日本は仏国になる。

その慈悲の国は、世界へと波及して、世界が慈悲の心に満たされる時が来るのである。

現在の濁悪日本は、落ちるところまで落ちてゆく運命を持っている。しかしながら、少しずつ変わる兆しが顕われているような気がしてならん。

 その光をZOZOの前澤氏は感じているのやもしれんし、何かが変わって、日本が再浮上していくのやもしれん。

 日本の再浮上と発展のカギは、再生可能エネルギー(再エネ大国ドイツに日本が抜かれた意味も判るものであろうに)の普及と電気自動車だ。電気自動車の航続距離が世界No1になったとき、やはり日本の技術力は凄いと世界は認めざるを得んことになるだろう。

 日本の技術者は眠る暇はないだろうが、その頑張りが世界を救うのである。やらずばなるまい。日本人の先進技術力はいつでもNo1であり続けねばならんのだから。

 

 『日蓮大聖人の仏法』つづき

 この手続こそ、日蓮大聖人が全人類に授与された「本門戒壇の大御本尊」を、日本国が国家の命運を賭しても守護し奉るとの意思表明であり、このことは日本国の王臣が「守護付嘱」に応え奉った姿でもある。

 御遺命の本門戒壇は、このように「勅宣・御教書」すなわち国家意志の表明を建立の必要手続とするゆえに、富士大石寺門流ではこれを端的に「国立戒壇」と呼称してきたのである。

 では、なぜ大聖人は「国家意志の公式表明」を戒壇建立の必要手続と定められたのであろうか。

 謹んで聖意を案ずるに、戒壇建立の目的は偏(ひと)えに仏国の実現にある。仏国の実現は、一個人・一団体・一宗門だけの建立ではとうてい叶わない。国家次元の三大秘法受持があって始めて実現する。その国家受持の具体的姿相こそ「王仏冥合」「王臣受持」のうえになされる「勅宣・御教書」の発布なのである。

 もし国家意志の表明より建立された本門戒壇に、御本仏日蓮大聖人の法魂たる「本門戒壇の大御本尊」が奉安されれば、日本国の魂は日蓮大聖人となる。御本仏を魂とする国は、まさに仏国ではないか。「日蓮は日本の人の魂なり」「日蓮は日本国の柱なり」の御金言は、このとき始めて事相となるのである。

 

つづく

●は小生

 

「あらゆることは仏法よりこと起こること」

 

富士大石寺の扉を閉めるプロジェクト

 

仏法画 正法 第一章 「諸天逆切~瞋りの怨嫉~」

日本の正法が世界を救うことを信じて、仏法画を描き続けます。

 

現代ビジネス

 

 

元内閣官房参与が「死は存在しない」と主張する「科学的な理由」…まったく新しい世界観「ゼロ・ポイント・フィールド仮説」とは何か?
 

 本記事一部抜粋

 「現在の科学も宗教も、いまだ発展途上であり、どちらも死について思い悩む人々の疑問に答えられていないと考えています」とある。

 

 実は仏法は、既に死に対して答えを与えている。しかも理路整然に説き切っている。おそらく、爾前経の理に終始してしまったために、理解が出来なかったのであろう。

 死については、正法を知ることにより理解することができるのである。

爾前経の理は、以下の通りの文言で理解される。

一部抜粋

禅師から「過去は無い、未来も無い、あるのは永遠に続くいまだけだ。いまを生きよ。いまを生き切れ!」

ーと言われたそうである。

 

 これが、爾前経の呪縛であろう。「今だけ、カネだけ、自分だけ」の政治業界の政策思想が、日本の爾前経の呪縛に陥っているのだ。

 小生は、死について正法により理解した。ここで説明することもできよう。既にこのブログで説いていたのではなかったか。

一部だけ紹介しよう。

―ここから

死は終りではない

 仏法(正法)を知らぬ者が懐く生命に対する最大の偏見は「生命はこの世限り」「死ねばすべて終り」と思っていることである。

 その結果、自己を消滅させる死に対して限りない恐怖を懐いたり、あるいは死後の因果を無視して放縦に走る。

ーここまで

 

 禅も爾前経からくるわけであるが、本日(2024年9月8日(日)のNHK朝ドラ再放送「オードリー」(2000年初放映)では、名優大竹しのぶ氏が演じる滝さんが遂に亡くなられた。人の死は悲しいものだが、滝さんは、死の数日前か、禅道である茶道によって薄茶を客人に提供していた。

 無論、旅館のメニューであり、良かれと思っての振る舞いなわけだが、正法を知る者からすれば、これは謗法に通ずるのである。

 ゆえに、滝さんが無くなる時は、死斑のようなものが出てすこし黒ずんでいる臨終である。これは正法に対する爾前経の執着を如実に顕わしている。正法は、臨終に色白く、とても柔らかで、柔和な相となる。しかし、爾前経では成仏ができないために、どす黒く、遺体は重くなるのである。これを今回のドラマで見事に顕したわけだが、正法を知る制作陣営の計らいか。

 NHK内部の人々は正法を知る者が多いのではなかったか。今までは婉曲に見せて人々に気づかせようとしたのではなかったか。しかし、芸能は創価学会に牛耳られているため、声を挙げづらい状況だ。謗法の創価学会などと云おうものなら、業界からの退出命令でも出そうな勢いではなかったか。

 

 しかし、人々は気づき始めた。創価学会こそ、日本を沈ませる黒幕であることを。そうして、そのことに多くの国民が気づけば、日本は再浮上である。

 果たして、我々は、諸天の怒りを収めることができようか。創価学会の謗法こそ禍の根本原因であったのだ。

 

東洋経済オンライン

 

 

 

2070年、人口は8000万人台に。そのとき日本が直面する「危険な状態」とは?北海道には既に「空白地帯」が発生
 

 

 小生は扉を閉める。根本原因が理解できたところで、どうすることもできん時代の流れがある。

 その流れを100年、200年保たせよう。

 たとえ、謗法のキリシタン大名の存在があったにせよ、どうすることもできんだろう。

(小生は、もうキリシタンに近寄ることはなかろう。諸天善神の怒りが甚だしくなり不幸を招くことを知ったからだ。たとえ、近づいて来たとしても、クールにいなすであろう)。

 

日本の人口は、減り続ける。この記事の通りだ。

日本の国力は保つことができるのであろうか。

商品の価格が高く、所得も数倍に膨れ上がっているならば、デマンドプルインフレーションで日本は再浮上であろう。

人口が減少しても、財の価格や所得が高ければ、数字上はUP、UPである。

 

 自民党はよい、問題は日本の仏法を曲げる創価学会を何とかせにゃならんのだ。

 

 

 『日蓮大聖人の仏法』つづき

 次に「場所」については

「霊山浄土(れいぜんじょうど)に似たらん最勝の地」と定められている。

 ここには地名の特定が略されてているが、日興上人への御付嘱状を拝見すれば「富士山」たることは言を俟たない。さらに日興上人は広漠たる富士山麓の中には、南麓の「天生原(あもうがはら)」を戒壇建立の地と定めておられる。天生原は大石寺の東方四キロに位置する昿々(こうこう)たる勝地である。

ゆえに日興上人の「大石寺大坊棟札(だいぼうむねふだ)」には

「国主此の法を立てらるる時は、当国天生原に於て、三堂並びに六万坊を造営すべきものなり」と記されている。

ちなみに「三堂」とは、本門戒壇堂・日蓮大聖人御影堂・垂迹堂をいう。

また第二十六世・日寛上人は

「事の戒壇とは、すなわち富士山天生原に戒壇堂を建立するなり。御相承を引いて云く『日蓮一期の弘法乃至国主此の法を立てらるれば富士山に本門寺の戒壇を建立せらるべきなり』と云云」(報恩抄文段)と。

 

 この「事の戒壇」とは、申すまでもなく広宣流布の暁に事相に建てられる戒壇である。さらに第五十六世・日応上人は御宝蔵説法本に

「上一人より下万民に至るまで此の三大秘法を持ち奉る時節あり、これを事の広宣流布という。その時、天皇陛下より勅宣を賜わり、富士山の麓に天生ヶ原と申す曠々たる勝地あり、ここに本門戒壇堂建立あって・・・」と示されている。

 

 以上、三大秘法抄の聖文を拝すれば、本門戒壇建立についての「時」と「手続」と「場所」は太陽のごとく明らかである。まさしく御遺命の戒壇とは「広宣流布の暁に、国家意志の公式表明を以て、富士山天生原に建立される国立戒壇」である。

 

マネーポストweb

 

 

 


【独占インタビュー】楽天・三木谷浩史社長が柳井正氏の「日本人は滅びる」論争に応えた 「日本に元気がないのは事実」「日本だけ『早く帰れ』では勝負にならない」

 

キーワード

Engaged employeeの割合

日本5%最下位

米国34%首位

 

コスタリカ アイスランド 25%超

 

働き方改革で「働かない国民」

 

労働時間の上限

一律的な上限設定

日本以外の国のベンチャーや、IT企業などの知的社会型対応企業は猛烈に働いている。

 

健康管理の枠組みの整備を前提とし、伸び盛りの企業については新たな労働制度の創設の検討が必要

 

ここまで抜粋

 

 働き方改革が国力を削いでいる。今後、電気自動車技術を日本が飛躍的に発展させ、世界No1になるには、現在の働き方改革では、まずもって不可能であろう。

 

 なぜ、このような法律が出来上がってしまったのかが問題である。

支配層が現場をあまりにも知らな過ぎたのか、安倍晋三という独裁者の影響によるのか、あるいは仏法を曲げて大謗法を犯した創価学会のために働き方改革が断行されてしまったからなのか。

 

 その三点すべてであるような気がしてならん。

 

 現在の制度では、「早く帰れ」と言われなくても、早く帰るしかなくなっている。ここ数年で日本の国力は落ち込むだけ落ち込むだろう。自公政権が今後も続く限りその流れは変わらんだろう。創り上げた政権が、これを変えようなどということにはならんからだ。

 もし変わるとすれば、公明党の切り離しだろう。これが日本再浮上の鍵である。まずは、仏法の科(とが)を政治から取り除こう。そうしてよき未来を築き上げるのである。これが出来なければ、日本は沈み続ける。おそらく予定調和的に堕獄の国になってゆくことは避けられそうにない。それが運命であるならば、現在の政権を維持しよう。どうすることもできん、時代の流れなのだから。

 

FLASH

 

 

「閉店するデパート」自民党&内閣支持率 “急上昇” に冷めた声…“総裁選祭り” 効果で「裏金問題」は忘却の彼方か
 

 国政は選挙となれば、お祭り騒ぎである。小生もそのことを現場で知った人間の一人である。

 この国の危うさは今まで申し上げてきた通りだが、ここまでの地獄堕ちに陥っていたとは思いもよらなかったのである。

正法・・・。小生は数年前にそのことを理解した。安岡正篤翁に仕えた(を師事した)日本を代表する占い師である細木数子女史。この方は、数年前に他界されたが、自らの六星占術における「大殺界」期に民放キー局に出演し続けて、墓穴を掘られ、しかも堀江氏、坂本龍一氏などの著名人を危機的状況に陥らせた原因を作ってしまったという大現証を見せた「大殺界」の魔物を従えたあの当時の細木女史。民放番組の視聴率がよかったがためにプロデューサーが番組中止という判断は下せなかったといったところであろう。過去には、大殺界期になる細木女史は、身を隠すことが常であった。あるときは南米で数年を過ごすこともあったのではなかったか。そのくらい恐ろしい大殺界期の魔力である。

 正法を知らずに、このバイオリズムに流された場合、まるで第六天の魔王に憑りつかれたが如くに次々に、身に不幸が襲うであろう。小生も数年前に(正法を)知らなかった以前はそのバイオリズムに流されっぱなしであった。

 小生は身を破滅に導くギャンブル(依存的遊戯)はせぬが、細木女史は、競馬を取り上げて、どの馬が勝ち馬であるかを当てるには、その馬のオーナーと騎手と厩のコーチであったかその者のバイオリズムを調べれば当たると聴いたことがある。

 この六星のバイオリズムによって、人々は見えない何かに支配されているが如くである。

ゆえに、このバイオリズムのままに流されれば、あらぬ方向へと導かれてゆくだろう。

これ一つとったとしても、宿命転換を促す、あるいは齎す正法が大事であるということを理解するのである。

魔のバイオリズムでさえ近寄せずなのだ。

 

 細木数子女史は、その出演した民放番組(大殺界期出演を含む)で、政治は公明党「推し」だったのだが、真実を知ったのであろう。その後の番組で「日本は亡びに入っている」と認識するに至った。

 自らはそのことを今の今まで知らなかったのであろう。自らの京都の自宅近くには神社を設けての初詣イベントをしたり、さまざまな神事をなさった。しかしながら、まずは一日の始まり仏様に詣でてから神棚に祈るようにという、仏は主、神は所従をわきまえていたようであった。不思議である。細木女史の設けた神社の参詣では、絶対に声を出してはならんという掟があった。罰が当たるという意味からか、そのような決まりごとがあった(確か、声を出して喉に腫瘍ができる大病を患った者が実際にあったと)。

 これは、ある意味、究極の秘法に通ずるものがあると今は思う。

仏は主、神は所従をわきまえていた細木女史である。仏事、神事を正法に帰依した上で行われていたとしたら、日本もよい方向へと導かれていっただろうに。

しかしながら、謗法の科(とが)は、拭えんようだった。正法を謗った可能性も否定できん。

ゆえに、ある日突然、死を迎えた。まったく突然の突然死である。かの女史の不可思議な突然死だが、一体何があったのだろう。

 

 いずれにせよ、この国は、滅びに入っている。公明党創価学会は、日蓮大聖人を謗った大謗法団体である。ゆえに、国政に関りをもてば、国家的に滅びに入るしかなくなるのである。

 そのことを全国民が理解せねばならん。創価学会員は、何としても全員脱会して、正法に帰依せねばならん。

扉を閉めつつ、仏法上の科(とが)を取り除こう。

これしか、日本の輝ける未来は今のところ掴めんのだから。

 

『日蓮大聖人の仏法』つづき

 次に「時を待つべきのみ」とは、広宣流布以前に建立することを堅く禁じた御制誡であり、同時に「広宣流布は大地を的とする」との御確信がこの御文に込められている。

 

「事(じ)の戒法と申すは是れなり」とは本門戒壇の建立が即「事の戒法」に当るということ。戒とは防非止悪(非行を防ぎ悪行を止める)の意であるが、国立戒壇を建立すれば、本門戒壇の大御本尊の力用(りきゆう)により、国家そのものが防非止悪の当体となる(●現在の警察機構の心だ。犯罪を未然に防ぐことができればだが・・●)。

 そのとき、国家権力が内には人民を安穏ならしめ、外には他国を利益する慈悲の働きになる。

 またこの仏国に生ずる国民も、自ずと一人ひとりが戒を持つ当体となる。世間の道徳や小乗経の戒律は外からの規律であるが、本門の大戒は、御本尊を信じ妙法を唱えることにより我が心に仏様が宿り、自然と我が生命が貪・瞋・癡の自害々他の境界(きょうがい)から、自利々他の働きに変わってくる。よって国立戒壇が建立されれば、いま日本社会に充満している凶悪犯罪などは、朝露のごとく消滅するのである。

 ●隣人全員が、同じ仲間意識ということでその認識を持つことができよう。日本人という括りでも、日本人同士であると安心するものである。海外留学でも同じ国の学友が他の国の人々よりも同じ国のサークルを形成してしまうものを譬えとできよう。これが、国家レベルで仲間意識となれば、慈悲は諸天善神を喜ばせ、自国の利益は、他国をも利益する。人間は、同じ思考の人々が集まると安穏とできるものであろう。いかなる思考の持ち主であったとしても、一乗に帰せれば、防非止悪となることは想像がつくであろう●

 

「三国並びに一閻浮提の人・懺悔滅罪の戒法のみならず、大梵天王・帝釈等も来下(らいげ)して蹋み給うべき戒壇なり」とは、本門戒壇の利益の広大を示されたものである。

 この国立戒壇は日本のためではなく、中国・インドおよび全世界の人々の懺悔滅罪の戒法でもある。いや人間界だけではなく、その利益は梵天・帝釈・日月・四天等の天界にまでも及ぶ。何と広大無辺の大利益ではないか。そしてこの仏国を諸天が守護することは、この「大梵天王・帝釈等も来下して・・・」の御文に明らかである。

 

つづく

●は小生

 

デイリー新潮

 

 

 

新米が出ても「コメ不足」解消ならず…消費者を騙した農水省“4つのウソ”が「価格高騰」、「コメ離れ」の引き金に
 

 

 昔、よく寺社仏閣は写真に収めると罰が当たると聴いたことがあった。

 なるほど、そういう事だったのかと気づいたは、つい最近のことである。

 末法濁悪の時代に突入して早一千年が経とうとしている。戦乱は過激になり、遂に人類を滅ぼすにたる爆弾までもが創られる時代になった。

 大戦乱になるまでには、数々の予兆がある。飢餓もその一つであり、大地震の発生、大彗星の出現、大風の頻発、山火事、熱波、疫病など、まずは、人類を警告するのである。

 それでも気づかない場合は戦乱によって気づかされるわけだが、現在の日本は、小生によって気づかされている勢いであろう。

 

 殆どの人々は、気づかされないままに、戦乱に突入してしまい、気づけば人類終了となっている。これではまずいだろうと、まずは、予兆によって気づくのである。

 

 このまま米不足となれば飢餓を生じ、守りたい政権を守りきれずに、内乱のごとくの政権交代が起こる可能性もあろう。

 

そうして、新たな時代が構築されてゆくなら結構なこと。現在の政権は濁悪に染まった政党の存在する国民を悪に導く政治を行っているのだから。

 

『日蓮大聖人の仏法』つづき

 

 思うに、本門戒壇の大御本尊は、日蓮大聖人が日本および全世界の人々に総じて授与された御本尊である。かかる全人類成仏のための大法を、日本が国家の命運を賭しても守り奉る。これが日本国の使命である。日本は日蓮大聖人の本国であり、三大秘法が世界に広宣流布する根本の妙国なるがゆえに、この義務と大任を世界に対して負うのである。

 

 かかる崇高な国家目的を持つ国が世界のどこにあろう。人の境界に十界があるごとく、国にも十界がある。戦禍におびえる国(●現在のウクライナ等)は地獄界、飢餓に苦しむ国(●現在のガザなど●)は餓鬼界、没道義の国(●現在の日本も似たりか、そのうちに日本は仏界になる●)は畜生界、飽くなき侵略をする国(●現在のロシアのように●)は修羅界である。その中で、全人類成仏の大法を、全人類のために、国運を賭しても護持する国があれば、それはまさしく仏界の国ではないか。

これが国立戒壇の精神なのである。

 

 日本に本門戒壇が建立されれば、この大波動は直ちに全世界におよぶ。そして世界の人々がこの本門戒壇を中心として「一同に他事をすてて南無妙法蓮華経と唱うべし」(報恩抄)の時いたれば、世界が仏国土となる。

この時、地球上から戦争・飢餓・疫病等の三災は消滅し、この地球に生を受けた人々はことごとく三大秘法を行じて、一生のうちに成仏を遂げることが叶うのである。

ゆえに教行証御書に云く

「前代未聞の大法此の国に流布して、月氏・漢土・一閻浮提の内の一切衆生仏に成るべき事こそ、有難けれ有難けれ」と。

 大聖人の究極の大願はここにあられる。そしてこれを実現する鍵こそが、日本における国立戒壇建立なのである。

 

 一期弘法付嘱書

 

次に、一期弘法付嘱書を拝する。

「日蓮一期の弘法、白蓮阿闍梨日興に之を付嘱す。本門弘通と大導師たるべきなり。国主此の法を立てらるれば、富士山に本門寺の戒壇を建立せらるべきなり。時を待つべきのみ。事(じ)の戒法と謂うは是れなり。就中(なかんずく)我が門弟等此の状を守るべきなり」

 

●時を待つべきのみ。その時は未だ明らかにならずである。我が「門弟」は、時を待つべきのみである。我が「門弟」でなければ、時を待つことはできますまい。この時をまつべきのみの状を守るべきであるという仰せだということを認識すべきであろう。ただ現在の余りの謗法の激しさから、大悪中の大悪である創価学会池田大作の大謗法が甚だしいために、広宣流布、国立戒壇の建立近しの時節にあるのではなかろうかといったところ。大悪来れば、大善近しの御金言が今まさに成らんとしているのである。謗りの元凶を取り除くことができるのか、これが現在の日本国に与えられた課題なのだ。●

 

この御文は師弟不二の御境界であられる日興上人への御付嘱状であれば、一代の施化を括り要を以てお示し下されている。

「日蓮一期の弘法」とは、大聖人出世の御本懐たる本門戒壇の大御本尊の御事である。いまこの大御本尊を日興上人に付嘱して「本門弘通の大導師」に任ぜられ、広宣流布の時いたれば富士山に本門戒壇を建立すべしと命じ給うておられる。

 

 「国主此の法を立てらるれば」の一文に、三大秘法抄に示された「時」と「手続」が含まれている。そして三大秘法抄には略された建立の場所を「富士山」と特定されたことは重大である。

 

 富士山は日本列島の中央に位置し、日本第一の名山である。その名は郡名を取って「富士山」と通称されているが、古来よりの実名は「大日蓮華山」である。日本は日蓮大聖人の本国にして三大秘法の本国土である。その日本国の中にも、この大日蓮華山こそ文底深秘の大法の住処、本門戒壇建立の霊地なのである。

この富士山に、広布の時いたれば国立戒壇を建立せよーと御遺命されているのである。

 そして文末には

「就中(なかんずく)、我が門弟等、此の状を守るべきなり」と。

この重大の御遺命に背く者は、まさに師敵対の逆徒、魔の眷属である。

 

三、富士大石寺歴代上人の文証

 

 日蓮大聖人のこの重き御遺命を奉じて、冨士大石寺歴代上人が七百年来、異口同音に広宣流布の暁の国立戒壇を叫び続けてこられた、その文証を挙げてみよう。

 

 二祖日興上人

「広宣流布の時至り、国主此の法門を用いらるるの時、必ず富士山に立てらるべきなり」(門徒存知事)

「国主此の法を立てらるる時は、当国天母原(あもうがはら)に於て、三堂並びに六万坊を造営すべきものなり」(大石寺大坊棟札)

 

 二十六世・日寛上人

「事の戒壇とは、すなわち富士山天生原に戒壇堂を建立するなり。御相承を引いて云く『日蓮一期の弘法、乃至、国主此の法を立てらるれば富士山に本門寺の戒壇を建立せらるべきなり』と云云」(報恩抄文段)

 

三十一世・日因上人

「国主此の法を持ち広宣流布御願成就の時、戒壇堂を建立して本門の御本尊を安置する事、御遺状(ごゆいじょう)の面(おもて)に分明(ぶんみょう)なり」

 

三十七世・日琫(にっぽう)上人

「仏の金言空しからずんば、時至り天子・将軍も御帰依これ有り。此の時においては富士山の麓(ふもと)・天生原に戒壇堂造

立あって・・・・」(御宝蔵説法本)

 

四十八世・日量上人

「事の戒壇とは、正しく広宣流布の時至って勅宣・御教書を申し下して戒壇建立の時を、事の戒壇というなり」(本因妙得意抄)

 

五十六世・日応上人

「上一人より下万民に至るまで此の三大秘法を持ち奉る時節あり、これを事の広宣流布という。その時、天皇陛下より勅宣を賜わり、富士山の麓に天生ヶ原と申す曠々たる勝地あり、ここに本門戒壇堂建立あって・・・・・」(御宝蔵説法本)

 

 以上は明治以前の先師上人の御指南である。「国立戒壇」の文言こそ用いてはおられないが、意は国立戒壇建立を指すこと、天日のごとく明らかである。

 

 次いで大正以降の歴代上人の文証を挙げる。

 

五十九世・日享(ちにこう)上人

「宗祖・開山出世の大事たる、政仏冥合・一天広布・国立戒壇の完成を待たんのみ」(大白蓮華十一号)

 

「唯一の国立戒壇すなわち大本門寺の本門戒壇の一ヶ所だけが事の戒壇でありて、その事は将来に属する」(富士日興上人詳伝)

 

六十四世・日昇上人

「国立戒壇の建立を待ちて六百七十余年今日に至れり。国立戒壇こそ本宗の宿願なり」(奉安殿慶讃文)

 

六十五世・日淳上人

「蓮祖は国立戒壇を本願とせられ、これを事の戒壇と称せられた」(日淳上人全集)

「大聖人は、広く此の妙法が受持されまして国家的に戒壇が建立せられる。その戒壇を本門戒壇と仰せられましたことは、三大秘法抄によって明白であります」(日蓮上人の教義)

「この元朝勤行(がんちょうごんぎょう)とても、宗勢(しゅうせい)が発展した今日、思いつきで執行されたというものでは勿論なく、二祖日興上人が宗祖大聖人の御遺命を奉じて国立戒壇を念願されての広宣流布祈願の勤行を、伝えたものであります。大石寺大坊棟札(だいぼうむなふだ)に『修理(すり)を加え、丑寅の勤行怠慢なく、広宣流布を待つ可し』とあるのが、それであります」(大日蓮34年1月号)と。

 

およそ血脈付法の正師にして、国立戒壇を熱願されなかった貫首(かんず)上人は七百年間一人としておられない。

 

細井管長も曽(かつ)ては国立戒壇

 

 創価学会に迎合して国立戒壇を否定した六十六代細井日達上人(以下、細井管長と呼ぶ)ですら、登座直後においては歴代上人と同じく、御遺命の正義(しょうぎ)を次のように述べていた。

「富士山に国立戒壇を建設せんとするのが日蓮正宗の使命である」(大日蓮華35年1月号)

「真の世界平和は国立戒壇の建設にあり」(大日蓮35年1月号)

●この「真の世界平和」を取って池田大作は、正本堂を建てて、これを国立戒壇の建立と偽り、世界平和となったと世界に向けて宣言したかったのではなかったか。これがどれだけの謗法となるのかをまったく想像せずに実行に移したのではなかったか●

 

「事(じ)の戒壇とは、富士山に戒壇の本尊を安置する本門寺の戒壇を建立することでございます。勿論この戒壇は広宣流布の時の国立の戒壇であります」(大日蓮36年5月号)と。

 

創価学会も曽ては国立戒壇

創価学会も曽ては当然のごとく国立戒壇を唯一の目的としていた。

同会第二代戸田会長は

「化儀の広宣流布とは国立戒壇の建立である」(大百蓮華五十八号)

「我等が政治に関心を持つゆえんは、三大秘法の南無妙法蓮華経の広宣流布にある。すなわち、国立戒壇の建立だけが目的なのである」(大百蓮華六十三号)

また三大秘法抄を講じては

「『戒壇を建立すべきものか』とは、未来の日蓮門下に対して、国立戒壇の建立を命ぜられたものであろう」(大百蓮華六十六号)と述べている。

 

御遺命破壊の元凶たる第三代会長・池田大作すら曽ては

「『時を待つべきのみ、事の戒法と云うは是なり』の御予言こそ、残された唯一つの大偉業であり、事の戒壇の建立につきる。これを化儀の広宣流布と称し、国立戒壇の建立というのである」(大百蓮華五十六号)

また

「国立戒壇の建立こそ、悠遠六百七十余年来の日蓮正宗の宿願であり、また創価学会の唯一の大目的なのであります」(大百蓮華五十九号)と云い切っていた。

 

 以上を見れば、冨士大石寺門流七百年の唯一の宿願が国立戒壇の建立にあったこと、太陽のごとく明らかだろう。

 

四、御遺命破壊の大悪起こる

 

しかるに、この大事な御遺命がまさに破壊されんとする大悪が、正系門家に起きたのである。

 あろうことか、宗門の公式決定として「国立戒壇」が否定され、俄(にわか)に建てられた正本堂が「御遺命の戒壇」と決定されたのであった。

 

 広布前夜の魔障

 

 これこそ広布前夜の正系門家を襲った魔障といえよう。宇宙法界には、仏法を守護する諸天が存在すると同時に、仏法を破壊せんとする魔の働きもある。この魔の生命活動の中心的存在を「第六天の魔王」という。この第六天の魔王が仏法を破壊せんとする時は、まず智者・指導者の身に入って仏法を内から壊乱(えらん)する。

 

 大聖人は最蓮房御返事に

「第六天の魔王、智者の身に入りて正師を邪師となし、善師を悪師となす。経に『悪鬼其の身に入る』とは是れなり。日蓮智者に非ずと雖(いえど)も、第六天の魔王が身に入らんとするに、兼ねての用心深ければ身によせつけず」と。

 

 智者といわれた真言の弘法・念仏の法然等が法華経を敵視したのも、叡山の第三・第四の座主たる慈覚・智証が本師・伝教大師に背いて法華経を捨てたのも、みなこの第六天の魔王がその身に入ったからに他ならない。

 

 それだけではない。第六天の魔王は御本仏の御身まで狙う。だが大聖人は「兼ねての用心深ければ身によせつけず」で入ることができない。このような時には、魔は国主等の身に入って、御本仏を迫害せしむる。

 

この第六天の魔王が、広宣流布前夜に、どうして拱手傍観(きょうしゅぼうかん)していようか。必ず正系門家の指導的地位にある者の身に入って、これを誑(たぶらか)すのである。

 

 

第六天の魔王

第六天とは仏教における天のうち、欲界の六欲天の最高位(下から第六位)にある他化自在天をいう。『大智度論』巻9に「此の天は他の所化を奪いて自ら娯楽す、故に他化自在と言う。」とあり、他の者の教化を奪い取る天としている。 また『起世経』巻1には「他化天の上、梵身天の下、其の中間に摩羅波旬・諸天の宮殿有り。」とあり、他化自在天と梵衆天の中間に天魔が住んでいるとする。また『過去現在因果経』巻3には「第六天魔王」が登場し、「自在天王」と称している。 これらを踏まえ、『仏祖統紀』巻2には「諸経に云う、魔波旬六欲の頂に在りて別に宮殿有り。今因果経すなわち自在天王を指す。是の如くなれば則ち第六天に当たる。」とあり、他化自在天=天魔であると考察している。
涅槃経においては天魔が釈迦の教えを破壊するために釈迦や比丘(僧侶)や優婆塞、聖者や阿羅漢のふりをして矛盾する教えを説く事が説かれている。

Wikipediaより

 

当時、宗門を左右し得る実力者は、創価学会第三代会長・池田大作であった。彼は強大な組織力と金力を背景に日蓮正宗を圧伏していた。「時の貫首(かんず)」をはじめ全僧侶は、ただ彼の威を恐れ阿諛追従(あゆついしょう)するのみであった。

 ここに池田は慢心し大野心を懐くに至る。それは、政権を奪取して日本国の最高権力者たらんとする野望だった。昭和四十年当時、彼はその夢を、居並ぶ大幹部ならびに同席させていた御用評論家に語っている。

 「私は、日本の国主であり、大統領であり、精神界の王者であり、思想・文化・一切の指導者、最高権力者」(「人間革命めざす池田大作その思想と生き方」高瀬広居)と。

 

 このとてつもない大慢心は、あたかも時の天子をも凌駕せんとしたかの蘇我入鹿を彷彿させる。第六天の魔王はこの信心薄き大慢心の男の身に入り、正系門家の内部から「国立戒壇」を消滅させんとしたのである。

 

●どうすることもできん時の流れか、自暴自棄に陥って踊り狂うたか。時の戦国武将織田信長を思い出してしまった。彼は、敦盛の詩「人生五十年下天の内をくらぶれば夢幻の如くなり」と好んで詠い踊っていた。

 

 戦国の世どうすることもできぬ時代の流れ。なぜ人々は血を流し戦い続けねばならんのかを問い続けた天下人織田信長。その究極の答えを「天下布武」に見出したのではなかったか。

 池田大作は、戦国とは真逆の泰平の世を踊った。どうすることもできぬ時代の流れである。しかしながら、仏法上の科(とが)を踊りで紛らわそうなどとてもできなかったであろう。恐ろしきは地獄堕ち、地獄堕ちの覚悟をもってしても、何かの圧力により屈せねばならなかったのではなかったか。そしてどうすることもできん日本の闇の支配層に対し、踊り狂って自暴自棄になっていったのではなかったのか。あの安倍晋三がダンスで踊って見せていたのもそういうことだろう(わざわざ安倍の踊りがTVに放映された)。●

 

「国立戒壇」否定の動機

 

 池田大作は学会員を選挙に駆り立てる口実に、前々からしきりに「国立戒壇」を利用していた。

「大聖人様の至上命令である国立戒壇建立のためには、関所ともいうべき、どうしても通らなければならないのが、創価学会の選挙なのでございます」(大白蓮華34年6月号)

 この言葉を信じて、学会員は寝食を忘れて選挙に戦った。そして昭和三十九年、池田は公明党を結成し、衆院進出を宣言する。いよいよ政権獲得に乗り出したのだ。

 

●時代背景は、昭和三十九年と言えば、東京オリンピックが開催され、東海道新幹線が開通した年である。この年の秋、米国は、ベトナム戦争に参戦して、泥沼の戦場へと米兵を投じることになる。

 岸信介の安保法制によって、国会周辺は大混乱に陥り、死者が出たために責任を取って岸は辞任、その後、池田勇人首相が立つと、東京五輪翌年まで政権は続くことになる。しかしながら、昭和四十年に池田首相は急死。

 公明党創価学会のために、日本は傾いて行くのである。昭和40年代には最初の石油ショックが1974年に齎され、日本の高度成長期が終焉を迎える。これも仏法違背の大罪を犯した公明党創価学会が原因であろう。小生も原因不明の痛みが体に発症し、体幹がほんのわずかに曲がった(正座ができなくなった)。それだけでは済まされなかったが、日本の国民全体が傾いていった。

 そうして2回目のオイルショックが発生し、なぜか、世界の金(カネ)が日本に流れ込んだ。1980年代はバブル発生の時機。10年もすると日本は経済が破綻するがごとくに経済的大打撃となった。

 これも1970年代に建立された偽の国立戒壇のために為されたことである。仏法違背により、大罰は日本の天地を貫いた。

 そうして、失われた〇〇年と言われ、現在まで続く。しかしながら今もってしても、公明党は政権の座にあり、日本を傾ける政策が次々に打ち出されてゆく。どうすることもできん時代の流れである。

 そのうち、先兆甚だしくなれば、他国侵逼の大難が起こる。既に現在進行形であり、2011年には、東日本大震災が起こり、原子力発電所の原子炉が核爆発を起こした。これも仏法違背の公明党のための大罰である。

 さらに新型コロナウイルスが世界に蔓延した。これも仏法違背の公明党創価学会のための大罰である。

あらゆることは仏法よりこと起こるのである。まずこのねじ曲げられた仏法を糺さねばならん。

それには公明党創価学会を政権の座から切り離さなければならん。

これ以上の禍に日本は持ちこたえることができんと思われるからだ。

公明党・・・日本を傾かせる黒幕。今後どのようなことになってゆくのか、固唾を飲んで見守るしかあるまい。●

 

これを見て、共産党をはじめマスコミ・評論家等は一斉に、池田がそれまで政界進出の口実にしていた「国立戒壇」を取りあげ、「国立戒壇は政教分離を定めた憲法に違反する」と批判を始めた。

 

 ●そもそも創価学会が公明党を結成した時点で、政教分離を定めた現行憲法では違反に値する。超法規によって、許されてしまったわけだが、「国立戒壇」を訴え続けている場合は許されるであろう。しかしながら、これを否定してしまえば、創価学会の大義名分は完全に失われるのである。憲法違反の政党が現在政権の座に就いていることそのものが仏法が曲がっていることを証明しているのだ。●

 

 池田はこの批判を強く恐れたのである。

 だが、実はこの批判は当たらない。なぜなら、国立戒壇の建立は広宣流布の暁に実現されるゆえである。その時には当然国民の総意により、仏法に基づく憲法改正が行われる。その上で建立される戒壇であれば「憲法違反」などの非難は当らない。また国立戒壇建立は御本仏一期の大願であれば、たとえ三類の怨敵が競い起こるとも仏弟子ならば恐れない。

 

 だが、池田はこれを恐れた。ということは、彼が叫んでいた「国立戒壇」は学会員を選挙に駆り立てるための口実に過ぎなかったのだ。彼には、国立戒壇が仏国実現の唯一の秘術であることも、御本仏一期の御遺命の重さも、全くわかってなかったのだ。

 

●確かに、もし国立戒壇のことがわかっていたら、公明党は即刻解散されていたはずだ。それでよかった。しかし、選挙が莫大な金(カネ)を齎すことが判った以上は、そう簡単には解散などせんだろう。しかも、世界の黒幕支配層が日本の仏法が禍の元ということも理解していたはずである。ゆえに、早々に御遺命成就とすれば、そのあとの禍は止まるであろうとそう思ったのではなかったか●

 

だから国立戒壇への批判が選挙に不利をもたらすと見るや、この御遺命が邪魔になった。そして恐るべき思いが彼の胸中に湧いた―。それが国立戒壇の放棄・否定であった。

 

●確かに正系門家、末寺に至るまで、すでに現在「国立戒壇」とは呼ばないということが周知されている。創価学会の力が今でも及んでいることを証明するものである。細井管長が立つまでは、「国立戒壇」を唯一の御遺命の大目的と認識していたにも関わらず、創価学会池田大作のために、その言葉が葬り去られてしまったのだ。その後、諸天善神はどのように思ったかが問題である。●

 

 しかし口だけで「国立戒壇」を否定しても、世間は信じてくれない。そこで国立戒壇に替わる偽戒壇を建てることにした。すなわち大石寺の境内に巨大な偽戒壇「正本堂」を建て、これを「日蓮大聖人の御遺命の戒壇」と偽れば、国立戒壇は完全に否定されるのである。

 

「法主」を籠絡

 

 この大それたたばかりは、池田ひとりではなしえない。どうしても時の「法主」(貫主)の権威が必要であった。

 時の「法主」は第六十六世・細井日達管長であった。前述のごとくこの管長も登座直後には

「富士山に国立戒壇を建設せんとするのが、日蓮正宗の使命である」(大日蓮華三十五年一月号)

「事の戒壇とは、富士山に、戒壇の本尊を安置する本門寺の戒壇を建立することでございます。勿論この戒壇は、広宣流布の時の国立の戒壇であります」(大日蓮三十六年五月号)等と正義を述べていた。

 だが、池田の要請を受けるや、たちまちに「国立戒壇」の御遺命を抛(なげう)ち、正本堂を御遺命の戒壇とする悪議を承認してしまった。

日興上人は遺誡置文(ゆいかいおきぶみ)に

「衆議たりと雖も、仏法に相違有らば、貫首之を摧(くだ)くべき事」と。

ーたとえ多数を頼んでの意見であっても、それが大聖人の御意に違っていたら、貫首は断固としてこれを打ち摧かなければならない―とのお誡(いまし)めである。

●ここに思うに、大御本尊の「御開扉」もまた、秘蔵厳護の御意ではなかったか。これを衆議に図って定期的なお祭りとしていることこそが禍を齎す科(とが)ではなかったか。時の法主堀日享上人は、この御開扉を止めようという心持になられた。しかしながら、衆議に屈するしかなく、「御開扉」は依然続けられてしまったという苦い歴史が今もって続く。●

 

 しかるに細井管長は、冨士大石寺の貫首として命を賭しても守らねばならぬ大事の御遺命を、なんと池田大作に売り渡したのである。池田の”威圧”に屈し、莫大の”供養金”に心を蕩(とろか)されたのであった。

駆け足に気がかりな記事は、その42を迎えた。

まずは、現在のコメ不足についてである。

 

Yahooニュース

 

 

 

「なんで米不足なんて起きてるの?」都会と田舎で異なる在庫状況と今後どうなるかについて

 

 今回のコメ不足。物流業界の「働き方改革」規制が、物の移動を困難にさせていることは否めまい。

長時間労働となる長距離運転。その長距離運転を抑制しているのが国の規制なのである。

 ゆえに、全国に運ばれるはずの米が各地から届かないのだ。

解決策は、地産地消であろうが、都市部に人口が集中し、コメは遠距離地が供給源である。現在の地産の量ではとても間に合うまい。ゆえに遠距離の米が要る。その米を運ぶ手段が規制されているのだ。

 

 だから、スーパーの棚からコメが消えるのである。たとえ今後新米が生産されたとしても、運び手がなければ、都市部は依然としてコメ不足だろう。

 ゆえに、今後米の値段は破格となろう。おそらく相当な運賃を要求されて、仕方なく物流業界が動く構図が見えるのである。

すると、コメの値段は格段に上がる。インフレ傾向となろう。

 物流業界はバブルやもしれんが、大事故が発生して規制当局の監査が入れば一巻の終わりである。

 諸刃の剣を抱えた物流業界の値段(運賃)交渉である。走っても地獄、走らなくても地獄(人手不足に苛(さいな)まれる)。

この国は沈み続ける。公明党創価学会とともに沈み続けるしかないのだ。

 

 

スポーツ報知

 

 

【森永卓郎の本音】狡猾な自民と財務省の危機管理

 

 そこで、この日本政治支配層の目論見が現在進行中なのである。

一体誰に言われて、立憲民主党代表選に出馬しようとするのかが、問題である。

蓮舫氏も政治を牛耳る誰かにもてあそばされてしまったわけだが、今回も枝野議員、野田議員がもてあそばれていることがわかろう。立憲民主党も変わらないことを見せつけるための印象操作である。

 気づけ。この国は政治の支配層に完全に牛耳られている。

立憲民主党は、泉党首続投でよいのだ。若手の一大勢力党首が日本を変えてゆくのである。野党派の元国家官僚の古賀氏も若手に期待しているではないか。といっても最近は自民党の支配層にだいぶ心を揺さぶられているようだが。

 その自民支配層がこの国の政治を牛耳っているのである。だから、もてあそばれていると申し上げるのだ。

 

 だからこの記事を見よ、立憲民主党を百戦錬磨の玄人を党首として何も変わらないことを印象として残し、自民党は若手を党総裁として変わろうとしていることを見せつけようとしているではないか。

 この国は、間違いなく日本の政治を牛耳る支配層の存在がある。

言の葉は巧みであり、蓮舫氏もまんまと乗せられたのである。今後、枝野氏、野田氏も乗せられっぱなしである。

これで自民党は安泰だろう。それはよい。公明党創価学会さえ切り離せば、この国はまだ希望の光が見えてくるのだから。

 

因みに、記事にあるキシリア高市は確かに危険である。鷹派と云えばその通りであり、極右、右派とともに第三次大戦へと誘う可能性を否定できまい。

 ただ、戦争本能のない女性の立場が戦争の抑止力になる可能性はある。しかしながら、重要な局面では、鷹派の男が判断を下すだろう。

 ゆえに、戦争を知らん自民党の若年層は危険なのだ。間違いなく米軍(米現政権か)に付き従うように、図られてしまう。

 だからこそ、戦争を知る賢老が必要なのだ。

 若手起用は諸刃の剣だ。アメリカ合衆国でさえO大統領によって世界の軍事的不安定は齎されてしまっているのだ。

 

キシリア

ジオン公国軍突撃機動軍司令で階級は少将。デギンの長女。身長は173cm。
ギレンとは政治的に、ドズルとは軍事的に対立している。座乗艦はグワジン級戦艦グワジンあるいはグワリブ(『THE ORIGIN』では紫色のチベ級戦艦パープル・ウィドウ)。初期設定にあってはギレン以上の政治的手腕を持ち、サイド6の中立化政策も彼女の画策したものとされる。常に顔の下半分を覆うマスクを着けているが、その理由は戦場での肌荒れを防ぐためだとも、戦場の臭いを嫌悪しているからだとも言われている。

出典:Wikipedia

 

「あらゆることは仏法よりこと起こること」

 

富士大石寺の扉を閉めるプロジェクト

 

仏法画 正法 第一章 「諸天逆切~瞋りの怨嫉~」

日本の正法が世界を救うことを信じて、仏法画を描き続けます。

 

 

『日蓮大聖人の仏法』つづき

 

 されば本門戒壇の建立こそ御本仏日蓮大聖人の唯一の御遺命である。もしこれを忘れれば仏弟子ではなく、もしこれに背く者あれば魔の眷属である。

 

 仏法と国家

 

 大聖人の一代の御化導を拝見するに、立宗以来、母が赤子(せきし)の口に乳を入れんとはげむ大慈悲●幼子は宝だ●を以て人々に「南無妙法蓮華経と唱えよ」と勧め給うと共に、立正安国論をはじめ十一通申状・一昨日御書・四十九院申状・竜泉寺申状・園城寺申状等と、一時の休みもなく、一代を貫き身命を賭して国主への諌暁をあそばされている。

 このように大聖人の御化導が、個人への信仰の勧めにとどまらず、国主に対し国家次元での三大秘法受持を迫られているのは何ゆえであろうか。

 それは、個人の幸福が国家と共にある。すなわち国家の興亡盛衰が全国民の幸・不幸に深く関っているからに他ならない。

 ゆえに立正安国論には

「国を失い家を滅せば何(いず)れの所にか世を遁(のが)れん。汝須(すべから)く一身の安堵を思わば、先(ま)ず四表(しひょう)の静謐(せいひつ)を祈るべきものか」と。

 もし他国の侵略によって国が亡び、内戦によって家を失ったならば、いずれのところにか生きのびる所があろう、よって我が身の安全を思うならばまず国家の安泰を願うべきである―と示されている。

 

 同じく安国論に

「国に衰微なく土に破壊(はえ)無くんば、身は是れ安全にして心は是れ禅定(ぜんじょう)ならん」と。

 

国家・国土の安泰・静謐があってこそ、初めて個人の身の安全・心の安定がもたらされる―と仰せられる。

さらに蒙古使御書には

「一切の大事の中に、国の亡びるが第一の大事にて候なり」と。

 

国家の滅亡はすべての国民に想像を絶する悲惨をもたらす。ゆえにこれを「第一の大事」と仰せられる。まさに国家は、国民一人ひとりを細胞とする社会的な有機体、一つの生命体である。ゆえに国が亡べば、構成員たる国民一同にその悲惨がおよぶのである。

 

 今日、ことさら国家の存在を軽視あるいは無視しようとする風潮がある。これは敗戦による自虐史観から生じたものであるが、国家の本質を見誤ってはならない。

 

 ●「敗戦による自虐史観」。確かに第二次世界大戦によって日本は敗れ去り、新生日本となった。その国家理念にある平和主義は、過去の国家を否定することから始まっている。連綿と続く国家が、ほんのわずかな期間の衝撃的なイベントにより、失われてしまったのである。ゆえに、現在の日本国家を国家観として見なければならず、そこに生きる我々が日本を形作っているのである。国家から切り離してみることは到底出来ん。以下の通りである。●

 

 およそ人間は国家を離れては生存し得ない。山中において一人で生活することはできない。集団生活をし、社会を作り、相互扶助することによって始めて生存することができる。

 

「一切衆生は互いに相助くる恩重し」(十法界明因果抄)と。これが「一切衆生の恩」である。

 そして、社会を作り集団生活をするには、集団内の秩序を持(たも)ち外敵から集団を防衛しなくてはならぬ。この機能を果たすのが公権力すなわち統治権力である。ここに国家が成立する。

 

 政治学では国家の成立要素として領土・人民・主権の三つを挙げるが、この主権を仏法では「王法」という。大事なことは、この王法の在り方によって、国家の命運が決するということである。

 

 もし王法が修羅界(●現在のロシアのように●)であれば、内には人民を虐(しいた)げ外には他国を侵略する国となる。もし王法が衰微すれば(●現在の日本のように●)、国内は秩序を失って内乱を誘発し外からは他国の侵略を招く。

 

 ここに大聖人は、王法は仏法に冥(みょう)ぜよ、とお教え下さるのである。

 もし王法が仏界化すれば、国家権力は慈悲の働きとなり、内には国民を守って幸福をもたらし、外には他国をも利益する。このとき諸天はその国を守護するゆえに、国土には三災七難が消滅し、国は真の安泰を得る。これが仏国である。

 

 では、どうしたらこの仏国が実現するのか。ここに本門戒壇建立の重大意義がある。

 

●は小生 

つづく

 

 

President Online

 

 

 

このままでは「令和の米騒動」が繰り返される…コメ不足を放置して利権を守る「農水省とJA農協」の大問題
 

 

 軍事独裁者安倍晋三のような破滅に導く鬼を利用するがごとくのようなことをするために裏目にでるのだ。
 
47NEWS
国民が検察を応援、正しい姿?自民党裏金問題で見えた「日本の民主主義の弱点」 ジャーナリストの神保哲生さんに聞く
 
 最後には、公明の文言が条文に踊る。
 公明党創価学会の大謗法の師敵対、日本を沈ませる勢力が政権にあり続けるから、日本の政治がひねくれて行くのだ。
 
 
 『日蓮大聖人の仏法』つづき
 具体的に言えばー
 日本一同に南無妙法蓮華経と唱え奉る広宣流布のときに、仏法を守護し奉る旨の国家意志の公式表明を手続として、国立戒壇を建立して「本門戒壇の大御本尊」を安置し奉れば、日本は仏国となる。
 まさしく本門戒壇の建立こそ、本門戒壇の大御本尊の妙用(みょうゆう)により、日本を仏国とする唯一の秘術なのである。
 
 
 
 「また繰り返しやるね」83歳自民議員が総裁候補の “裏金返納” 方針に「理解できない」発言でネット怒り爆発
 
 「 またやる」、誰でも予言できるであろう。
 
同じ失敗を何度も繰り返すのが、自民党、そしてそこに住まう人間なのだ。
 
 
 空から〝恐怖の大王〟来たる? 伊豆で激写された「撮れてはいけない光景」に21万人戦慄
2024年8月21日
 
今回は、地球上に出現した異様な空模様のことだ。
この現象。トルコで発生した地震雲の警告。その後2023年2月6日にマグニチュード7以上の巨大地震が発生。6万人以上の犠牲者が出た。
あの空模様から2週間足らずで発生した巨大地震。異様な地震雲は、人類への警告。トルコの人々への警告であった。
 
今回の伊豆の異様な空模様も不吉である。
トルコ地震雲発生から2週間足らずで巨大地震が発生となれば、あと数日ではなかろうか(現在8月30日)。
 
警告は発しておこう。今までの経験則では、地震が来る、地震が来ると思えば、地震が遠ざかる。
地震は来ない、地震は来ないと思えば来る。
果たして、人類の未来は如何に。日本の首都あるいは日本国家に甚大な被害を齎す首都圏巨大地震。
我々地上に生きる人々は、そのアトミックボンブのような極めて破壊力のある地下に仕掛けられた時限爆弾によって常に脅かされているのだ。戦争などやっている暇はあるまい。
現在の迷走台風も異常である。何か、胸騒ぎがする。
 
草の実堂
 
 

 国を滅ぼされる前に、法華経の一乗に帰せよ。

 
これが日本仏教界(凡そ全国民の)の末法濁悪の世の生き方なのだ。
 
 
 
『日蓮大聖人の仏法』つづき
二、本門戒壇についての御教示
 
 本門戒壇についての御教示は、佐渡以後の「法華行者値難事(ほっけのぎょうじゃちなんのこと)」「法華取要抄」「報恩抄」「教行証御書」等にその名目(みょうもく)だけが挙げられているが、未だ本門戒壇の内容については全く明かされてない。
 そして御入滅の弘安五年にいたって、始めて三大秘法抄と一期弘法付嘱書に、これを明示し給うたのである。
 本門戒壇は広宣流布の時を待って建立される重大事であり、その実現には大難事が伴う。
 ゆえに富木殿御返事には
「伝教大師 御本意の円宗を日本に弘めんとし、但定(たんじょう)・慧(え)は存生(そんじょう)に之を弘め、円戒は死後に之を顕はす。事法(じほう)たる故に一重の大難之有るか」と。
 
 
つづく
●は小生
 
 
日本は「落ちるところまで落ちるしかない」のか?岸田首相交代では変わらない政治の貧困・劣化、中国・林語堂の皮肉から考える

 

 
 「落ちるところまで落ちるしかない」
これが、第二次世界大戦前の世相である。現在の状況を見ればまさに、歴史が繰り返されていることが理解できよう。
 そうなれば、破滅的な戦乱もすぐそこではないか、ということであるが、昨日のNHK大河ドラマ『光る君』を観れば、戦への人心の誘いを見事に道長を通して表現されたわけだ。
 あの当時、末法濁悪の世に移らんとする終末期。武力に訴えた者の発言力が増し、遂には血で血を洗う大戦乱へと人々を導く時節。
 そのありようを見事に表現されたわけだ。
 もうじき源平合戦が起き、濁悪の鎌倉幕府が200年足らずでやって来る。
 誰にも止められん時代の流れである。
そう、誰にも止められんのだ。
 ゆえに、わかっていても止められんこの濁世に、たとえ創価学会を亡くせと申し上げたとしても亡くせんのだ。
 それは、最終戦争への誘いであり、導きだ。謗法を止めよと申し上げたところで、このように現政権保護のためのプロパガンダが張られる。
 以下の記事の通りである。
そもそも謗法のキリシタン大名の発言なのだから、こうなって当然なのだ。
 創価学会を擁護して、諸天の怒りを何も知らずに招くのである。
 仏法の恐ろしさを知らずの所行のわけであるが、これが、大悪の極みであり、大悪来れば大善近しの御金言が実相となるのである。
 
 
 現在の濁世の極みにあって、政治家が創価学会から遠ざかろうとしているわけであるが、それを許さず。どこまでも落ちさせねば気が済まぬのであろう。ゆえにキリシタンが要るのだ。
 小生は以前、このキリシタン大名が大戦乱に日本を導くと説いたが、まさにこの記事によって見事に証明された。
 諸天の怒りは宇宙法界を貫くのである。
 それは、亡国日本の避けざる道である。創価学会とともに、地獄に堕ちる。それは、避けざるをえん日本の道なのだ。
日本が傾く根本原因が創価学会の存在なのだ。
それでも、その存在が無くせないというならば、その他の道を考えよう。日本の傾きを止める唯一の方法は、扉を閉めること。そうして諸天の怒りを鎮めよう。扉が開いたままでは、とてもキリシタンの謗法の気を減少させることはできん。宿命のように濁悪の大闘諍へと誘われるしかないのだ。
 だから、「落ちるところまで落ちるしかない」と云えるのである。
 

「あらゆることは仏法よりこと起こること」

 

富士大石寺の扉を閉めるプロジェクト

 

仏法画 正法 第一章 「諸天逆切~瞋りの怨嫉~」

日本の正法が世界を救うことを信じて、仏法画を描き続けます。

 
『日蓮大聖人の仏法』つづき
 
 伝教大師の迹門の戒壇ですら存生には成らず、滅後に建立されていることを例にして、「事法たる故に一重の大難之有るか」と仰せられている。「事法たる故」の文意について第五九世・日享(にちこう)上人は、「事法であるから、すなわち国立戒壇であるから容易な事でなかろうと、乃至、暗示せられたのである」(富士日興上人詳伝)と釈されている。
 このゆえにただ御胸中に秘められ、御入滅の年にいたって始めてこれを明かし給うたのである。以て、本門戒壇の重大さを深く思うべきである。
 
 三大秘法抄
 まず弘安五年四月八日の三大秘法抄を拝見する。
 本抄は下総(しもふさ)の有力信徒・太田金吾への賜書(ししょ)で、本門戒壇について将来、門下の中で意義が生じた場合を慮(おもんぱか)られて記(しる)しおかれたものである。ゆえに文末に
「予年来(としごろ)己心に秘すと雖(いえど)も、此の法門を書き付けて留め置かずんば、門家の遺弟等定めて無慈悲の讒言(ざんげん)を加うべし。其の後は何と悔ゆとも叶うまじきと存する間、貴辺に対し書き遺(のこ)し候。一見の後は秘して他見有るべからず、口外も詮なし」との仰せを拝する。
 
 この三大秘法抄には、本門戒壇についての「時」と「手続」と「場所」が、次のごとく明示されている。
「戒壇とは、王法仏法に冥じ仏法王法に合(がっ)して、王臣一同に本門の三大秘密の法を持(たも)ちて有徳王(うとくおう)・覚徳比丘(かくとくびく)の其の乃往(むかし)を末法濁悪の未来に移さん時、勅宣(ちょくせん)並びに御教書(みぎょうしょ)を申し下(くだ)して、霊山浄土(れいぜんじょうど)に似たらん最勝の地を尋ねて戒壇を建立す可(べ)き者か。時を待つべきのみ。事(じ)の戒法と申すは是れなり。三国並びに一閻浮提の人・懺悔滅罪の戒法のみならず、大梵天王・帝釈等も来下して蹋(ふ)み給うべき戒壇なり」と。
 
 
つづく
●は小生
 
 二度にわたる日本軍の朝鮮出兵は“老害”豊臣秀吉による誇大妄想的な行動だったのか?
 
 この記事のキーワード
朝鮮出兵
イエズス会宣教師
1587年 九州征伐
キリシタン大名
1592-93年 文禄の役
1597-98年 慶長の役
伴天連追放令
伴天連禁止令
 
 今回は、あの戦国時代、豊臣秀吉が行った朝鮮出兵のことである。問題は、なぜ、豊臣秀吉が、侵略を旨とした修羅界に堕ちたのかということであろう。
推測してみよう。
 秀吉は、天下人織田信長の家臣である。その家臣は、いずれ、天下人として全国に名を轟かせるわけだが、その当時、信長に仕えて、信長の意のままに働いたわけである。信長の夢、途轍もなく、実行に移すことは、困難極まる天下統一、自暴自棄の天下布武。その後、武力による世界制覇を目指していた。その世界を見せたのが伴天連であったのだろう。
 信長は、自らを第六天の魔王と名乗り、甲斐の武将武田信玄に書状を送っている。甲斐は、身延の久遠寺のある日蓮大聖人ゆかりの地ではあるが、地頭が謗法に染まり、寺を放棄するしかなかった。そうして、血脈の法主様は富士大石寺へと御移りになられた。
 しかし、武田家は日蓮宗に帰依していた。大聖人御在世の大現証も存じておられたのであろう。八幡大菩薩の掛軸がそのことを如実に物語っている。しかし謗法に帰依していたために(現在でいえば、現在の法華講員、創価学会、霊友会、立正佼成会など邪教に帰依していたのと変わるまい)家庭不和、己の死も上洛途中で迎えざるを得なかったようだ。
 戦国の武田家は織田信長によって滅ぼされ、その織田信長もまた、戦国の世に謗法を重ねて自らを亡ぼさざるをえなかった。それが、公場対決の法論であろう。国主にもならんとする信長の前で仏法上の法論が行われた。しかしながら、策謀により、正法が曲げられ、この時正法は謗られた。これを諸天善神が見逃すわけもなく、その後の織田信長の所業は、天下統一に邁進するも、四十九の厄年で命を落とす。しかも地獄の業火で焼かれてしまったのである。その焼かれた場所が、因縁の法華宗の寺(本能寺)というのであるから戦慄であろう。
 人間のあらゆる所業を諸天善神は観ている。豊臣秀吉が修羅界に堕ちたのはおそらく織田信長の影響であろう。信長の怨霊は生き続けたのではなかろうか(信長は戦国の時代がなぜこれほどまでに永く続くのかという究極の課題が突き付けられて混乱してしまったのであろう)。
 伴天連を許した織田信長。そのために、諸天善神の怒りは天地を貫き、遂に身を亡ぼした織田信長。その恐ろしき力用に、人々は成す術なしである。
 伴天連禁止令を発して、海外遠征に出かける豊臣秀吉。その結果を目の当たりにして、次の時代を構築する徳川家康は何を思ったか。
 キリスト教は危険教であり、戦乱をもたらすことに確信が持てたのではなかったか。
 そうして鎖国体制を築いた日本は、天下泰平を得た。キリスト教を禁止したために諸天善神の怒りが治まり天下泰平となった。
 しかしながら、爾前経に執着する者のために、大地震、大火、大風、飢饉、疫病、大噴火等の天変地夭は相変わらずであった。 とはいっても、内乱が無くなり、世界大戦も遠ざかることに喜びを感じる江戸(時代の)市民(喩)の姿がある。
 これが、江戸期までの時代の流れであり、大聖人御在世は、元寇という他国侵逼をも招いているのであるから、仏法の力用侮ることなかれである。
 日本は正法に帰さねばならん。現在の濁悪日本は正法が曲がるために、政治経済が曲がっていき、人々は結婚をしたがらず、子どもも持ちたくないという気持ちになっている。
 これも仏法上の科(とが)であろう。キリスト教という邪教と爾前経に執着した結果である。とはいえ、現在の資本主義体制の世界では、前者を否定したところでどうすることもできん。
 世界の大戦乱に、無意識に導かれるしかないのである。
 我々はそのことを知っている。故に、少しずつでも日本発の正法を勧め、戦乱を遠ざけよう。小生は扉を閉める。あの忌まわしき扉を閉めて、禍の気を開かずの間から遠ざけよう。何としても世界の終末戦争だけは避けねばならんのだ。
 
 『日蓮大聖人の仏法』つづき
 
 まず「時」については
「王法仏法に冥じ仏法王法に合して、王臣一同に本門の三大秘密の法を持ちて有徳王・覚徳比丘の其の乃往(むかし)を末法濁悪の未来に移さん時」と定められている。
 
「王法仏法に冥じ、仏法王法に合して」とは、国家が宗教の正邪にめざめ、日蓮大聖人の仏法こそ国家安泰の唯一の大法、衆生成仏の唯一の正法であると認識決裁し、これを尊崇守護することである。
 それは具体的にはどのような姿相(しそう)になるのかといえば、次文に
「王臣一同に本門の三大秘密の法を持(たも)ちて、有徳王・覚徳比丘の其の乃往を末法濁悪の未来に移さん時」とある。すなわち日本国の国主たる天皇も、大臣も、全国民も、一同に本門戒壇の大御本尊を信じて南無妙法蓮華経と唱え奉り、この大御本尊を守護し奉るためには、有徳王・覚徳比丘の故事に示されているごとく、身命も惜しまぬ大護法心が日本国にみなぎった時-と仰せられる。
 大聖人は末法濁悪の未来日本国に、このような国家状況が必ず現出することを、ここに断言しておられる。
 
 次に戒壇建立の「手続」については
「勅宣並びに御教書を申し下して」と定められている。「勅宣」とは天皇の詔勅。「御教書」とは当時幕府の令書、今日においては閣議決定・国会議決等がこれに当ろう。まさしく「勅宣並びに御教書を申し下して」とは、国家意志の公式表明を建立の手続とせよということである。
 
 
つづく
●は小生