なにもできない
回復の見込みがない病気になった場合、自分が周りの人に「してあげることがない」と悩む人がいます。
その際、これまでの病いを患っていなかったときの自分が相手に大したことをしていなかったとも思う気持ちや、これまでもこの先も相手に「何もしてあげることがない」と後ろめたさや申し訳なさや自己不全感を感じたりする人もいます。
この「相手に何かをしてあげる」ことを想定する際に、人は、「自分の身体を活用して、何かをする」ことを無意識に想定しています。
だからこそ、自分の身体が動かない将来を想定し、何もしてあげられないと悲嘆するんです。
相手に何かをすることは、大きな身体動作を伴って行うことだけとは限りません。病床にいても相手の話を聴くことはできます。
相手にこれまでの感謝を伝えることもできますし、笑顔でいることもできます。表情がうまく動かない場合でも相手に対して慈しみを込めた瞳で訴えかけることもできます。
そして、「何かをしてあげる」ことは自らの願望も入っていて、純粋に相手を想って相手のために「何かをする」ことと少し意味合いが異なっていることもあります。
あなたの大切な人は、あなたが褒めてくれたり、感謝をしてくれたり、笑顔を向けてくれたりするだけでも幸せを感じるはずです。
幸せは、見えたり聞こえたりするものではなくて、心で感じるものだと思います。
サプライズ
今日は、次男二十歳のお誕生日でした。
次男は、高校卒業と同時に実家を出て名古屋市内で長男と一緒に暮らしています。
本当は、家族みんなでお祝いすることになっていて一泊する予定だったのですが…
数日前に風邪を引いて咳が酷いから実家に帰るのはやめておく。
お母さんとお父さんにと妹に移したりしたら申し訳ないから、と言っていました。
誕生日の日に次男の顔を見ることができないのははじめてのことで「寂しいなぁ~」と思っていたら…
朝早くにインターホンが鳴って♪
モニターを観たら、、、
次男の姿が!!!!!
しかも大きな段ボールを抱えてる。
私たちに風邪を移さないように二重マスクをして、玄関先だけでしたが顔を見せてくれました。
自分の誕生日なのに、
ノートやボールペン、五平餅セットや煎餅など、いっぱい持って来てくれました。
私は、次男を産んだ日に次男に会えて、
うるうる、しっぱなしでした。
最後までお読みいただきありがとうございました。