【 WAVES 】
A24
『イット・カムズ・アット・ナイト』のトレイ・エドワード・シュルツが監督・脚本を手がけた青春ドラマ。
親からの過剰な期待。応えようと自分に嘘をつき無理をする息子。
ほんのささいなきっかけが取り返しのつかなくなるほどその人生を大きく変えてしまう事がある。
一度壊れてしまった家族の再生と人生において大切な『何か』を感じることのできる作品。
成績優秀、レスリング部のスター、タイラーを演じるのはケルビン・ハリソン・Jr 。彼の内気な妹を『エスケープ・ルーム』のテイラー・ラッセル。
彼女の深き理解者となる友人を『マンチェスター・バイ・ザ・シー』のルーカス・ヘッジズが演じる。
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迷いや後悔、深い憎しみを乗り越えて、乗り越えられなくても、人は愛と信じる心で乗り越えて進むしか無い。 取り返しのつかない事もあるけれど、罪の大きさに関わらず人はその道を正していける。ほんの少しずつ。
『Carpe Diem(カルペ・ディエム)』
キリスト教やユダヤ教においても引用されているが、古くは古代ローマの詩人、ホラティウスの哲学的書籍 『Calmina(歌集)』 第1巻第11歌に収められた 『明日のことは信用せず、今日の花を摘め』 という部分から派生した単語 Carpe Diem。
作品冒頭、家族4人で地元の協会へ行った後、タイラーが父親から諭される言葉である。
『今を生きろ』 とか 『今を楽しめ』、というよりは
『目の前を、己をしっかりと見据え正しく生きろ』
といった印象。
何不自由なく育てられ、精神的に幼いままスパルタ教育と旧態然とした家父長制度により非常に未熟で自己中心的な精神を持つ若者に育ってしまったタイラーに対し、この言葉の重みは後で強烈に響いてくる。
そもそも、父親が自分への意見を全否定し相手を全く理解しようとせず怒鳴り散らすというのは、有能な再婚相手との生活で自尊心を傷つけられた生活を送る事によって己の弱さを他人にぶつける事でしかその存在理由を見つける場所を持てない、という心理学的に道理に適ったもの。
劇中のタイラーと同様の環境で育ったというシュルツ監督の父親もまた、そういったトラウマ、苦しみ、弱さを抱えていたのだと思う。
そんな中、
『パパは私のことなんか見ていない!』
と訴えるエミリーは、実はそんな父親から黙殺される事でとても孤独な心境にあったものの、タイラーのように心を殺されることもなく素直に育った。その心の透明感がそのまま表情ににじみ出ているような女性、エミリーを演じたテイラー・ラッセル。
今後非常に期待できる役者だなと感心しました。
そしてルーカス・ヘッジズ。初めて 『グランド・ブタペスト・ホテル』 で観た時はあまり意識しなかったものの、名優ケイシー・アフレックと共演した 『マンチェスター・バイ・ザ・シー』 では繊細な心と悩みを持ちながら、懸命に強くあろうとする少年を見事に演じていた彼。
『スリー・ビルボード』 『レディ・バード』 『ベン・イズ・バック』等など、今や彼が出ているならハズレは無い、と判断できる指標の一つとなったと言っても過言では無いでしょう。複雑な心境をその眼差しと表情に現わすことのできる稀有な俳優。若手のホープ。
そしてそして、ケルビン・ハリソンJr 。
『ルース・エドガー』 のタイトルロールを演じ、高評価なので観たかったんですが、都合が合わず鑑賞は叶わず。今作で初見となった彼の演技は見事でした。
ルーカス・ヘッジズとは真逆。精神的には驚くほど未熟ながら、内面にドロドロした怒りを抱えながらもがき苦しむ少年を好演していました。
禍々しく、愚かで、繊細。父親のパワハラによってズタズタにされた精神と肉体は彼をとんでもないクズ野郎にしてしまった。
作品前半、彼が破滅へと向かうストーリーからは徐々に自然光が失われ、スクリーンは狭く、小さくなっていく。
転じて後半、エミリーのパートは沈み切った心境の彼女が少しずつその心を取り戻していく様子を描きながら、対照的に自然光が入り始め、スクリーンは広く、大きく戻っていく。
エミリーは自分の人生を見つけ、家族もまた僅かながら再生への道を歩み始める。
失われたものは決して戻らないが、後悔し、より良い人間として自分を律しながらその歩みを進める事は出来るはず。
いみじくも2011年に亡くなった 不可思議/wnderboy 君が作った曲
『 Pellicule 』
の中で彼が
『時間は止まったり戻ったりしない。ただ前に進むだけだ』
と歌ったように。
特にこの作品を観た女性ならば、どこまでもクズ野郎だなと強く思ったであろうタイラーでさえ、そんな彼にでも未来はあり、やり直し贖罪を続けるという道は前に向かって残されている。テーブルに肘を落とし、一人祈りを捧げる彼に穏やかな光が降り注ぐ。
取り返しのつかないことをしてしまった愚か者を完全に赦す事なんて決してできないが、そんな十字架を背負って生きていくのもまた人生。
物語は柔らかな光の中で自分を解放し始めたエミリーの姿で締めくくられはするが、本当に傷ついたものからするとそれほど明るい気持ちにはなれないのもまた事実。
心を掻きむしられ、激しく揺り動かされるも、救いはあり、未来への光もまた残されている。人生そのもののような、苦しくて、温かくて、シビれる作品。
とても重い苦しみが残されるので、
『一生に一度の傑作!!』
なんて軽々しく言える作品では無いが、
凄いもん観たわ、またA24にやられました。っていう想いは強く残ります。
A24、流石です。
そしてカニエはともかくw、フランク・オーシャンらの音楽最高でした。自分の中で一番響いたタイトルがこちら↓
♪Sound & Color / Alabama Shakes
♪FloriDada / Animal Collective
♪Bluish / Animal Collective
♪Pretty Little Birds / SZA
♪What a Diff'rence a Day Makes / Dyna Washington
♪Waves / いろいろあるカニエ
♪Focus / H.E.R
♪Ghost / Kid Cudy
♪Seigfried / Frank Ocean
♪The Love Waits / Radiohead
参考までに。