イタリアから、心の大掃除

イタリアから、心の大掃除

イタリア留学から国際結婚、27年の年月が過ぎ、心にハイヒールをはきながら、異国で無理をして生きてきたのですね。気がついたら、私の心の中が、埃とごみでいっぱいになってました。。。

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はじめてお目にかかる方に招待されたのが某外資系ホテル内の日本料理店。


「はじめまして」から始まった私たちの昼食のお寿司を握ってくれた「寿司職人Sさん」が食事が終わる少し前に

「イタリア人って明るいですね〜〜」

「実は僕、昨年35歳なったのを転機に、それまで働いていたところをやめてシドニー、ローマ、バルセロナで寿司職人を経験してきました。」


「そうですか....」私。


スペイン広場のすぐそばにあるイタリア人がオーナーのお寿司屋さん。



オーナーから、
「イタリアに残って働いてほしい」
と言われて随分と迷われたそうです。



仕事仲間(イタリア人)に相談したら、

「va' dove ti porta il cuore」
「segui il tuo cuore」
「ascolta il tuo cuore」...


「君の心が運んで行くところに」
「君の心に従って」
「君の心に耳を傾けて」...


つまり、
心で考え、心で決める、
心で選択するということ。


Sさんが、
「イタリア人は一つのことを頭だけで考えるのではなく、心でも考えるのですね〜」

これを聞いた時、驚きました。

短期滞在なのにイタリア人の一面を見抜いた鋭い人だなぁ...と。



考えると言えば頭で...

頭で考えることは理性的で、心で考えることは本能的...

心で考えて、心での選択することがなかった彼、

労働ビザ等の不安を消し去ることができずに、


「ほんとはローマで働きたかった。でも、頭だけで考える習慣しかないので日本に帰ってきました。

何歳になるかわかりませんが、次のチャンスには心で考え、心での選択をしたいと思ってます。」と仰っていたのがとても印象的でした。



私、Sさんにフィリッポの話をしました。

お父さんと同じ弁護士を目指して法学部に入学。

大学生活二年目で「いや違う、なんか違う」、

彼は彼の心に耳を傾けて心の声を聴き続けてシェフになりたいと決断したこと。


Sさんからの質問は、
「ご両親からの反対はなかったのですか?」

私「ありませんでした。」


フィリッポのお父さんもお母さんも心での選択をして今の職業に、

そして仕事だけではなく、結婚も心での選択をしてフィリッポが生まれた。

反対する理由は全くなし。



Sさんが、

「僕の同級生たちを見ていると、レールから外れないように...と頭で考え、心に不安を抱え、
日本社会は大変です〜」


イタリア人は頭で不安を抱え、心に希望を抱えると私は思っています。



うちの娘、

おかげさまで昨年の国家試験に合格して、娘の夢だった職業に就きました。

どの専門を選択するか?という課題があったのですが、
娘も心での選択をして社会に飛び立った。


娘の結婚もしたい、子供もほしいという夢からはかなり遠ざかる選択をしたもので、

「覚悟はできているの?」と尋ねると「はい、マンマ」。




心での選択をするためには、

常に自分自身と向き合っていないと無理だと思います。

向き合うというより、自分自身に寄り添うと言えばいいかのな..


寄り添う間に自分ができる、つまり自分をもつ、そして自身を信頼できる人間になっていく...
これがイタリア人。



日本では、

人生は椅子とりゲーム(私の大の苦手、背中が寒くなる〜〜)とか言いますが、

イタリアには人の数だけ椅子があります。


レールは自分でしきながら生きる、問題はどのようにして自分の椅子にたどり着くか.....


心での選択が可能なのはイタリアの社会システムにも関係がありますね。


格差がない社会なんてこの世には存在しないけれど、
学校内には格差侵入禁止。


誰でも望むなら勉強できる社会、
誰からも可能性を奪わない社会、


この点では、
イタリアは素晴らしいと思います。



フィリッポも娘も頭の中は不安だらけ、
でも心で考えながら頑張ってます。



なにごともハートで、、
ハートの国イタリアです...


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最後になりましたが、

毎日ペタをいただいている方たち、
メッセージ、コメントをいただいた方たち、

ありがとうございました。

















イタリア人の年の瀬、

一年の反省よりも迎える年への希望が目立ちます。



希望をもつというのは、

自分の一年をあれこれ考えるから希望に灯りがつくのだと私は思ってます。




あれこれの中に反省も含まれている、

ただ、反省も建設的なものであることがイタリア人の特徴。



反省に立ち止まってしまう...
こういうのはないですね。





娘の友人が仲間のためにこんな画像を。





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「私はこの人生に色をつける。
黒いものが詰まったバケツを人に投げつける人はいるけれど、
私は毎日人生に色をつけ続ける。」


直訳するとこんな感じ。



「嫌な人、嫌なことから完全に解放される人生なんてありえないけれど、
人生を豊かに、心を豊かにすることを忘れずに生きていこう~」


私の解釈はこんな感じ。





私も娘もしっかりと黒いものが詰まったバケツを投げつけられた今年。



直接投げつけられた私よりも間接的に投げかけられた娘の方が凹んだ今年。



昨日娘と、


「人にバケツを投げつける強さなんて、私たちは欲しくないねぇ。

投げる人にすると自分の強さの主張なんだけれど、

自分の弱さを強さだと勘違いして、人に攻撃的になる。

自分の弱さも強さも、全てまるごと、自分で抱きかかえられる人でありたいね。


自分のあり方から目をそらすことなく生きていこう~」

と、こんな話をしました。



人生に色をつけ続けようと思うと、
自分のあり方から目は離せない。



イタリア人の永遠のテーマである「自分らしく生きる」を強く感じた画像でした。





今年はブログが書けない年となって、
私の中に不満足がチラッとしています。



書けなくなった理由は、

感慨深いことが多過ぎて、ひとつひとつを文字にするよりも自分で噛み締めていたい年でした。



フィリッポ日本滞在も感慨深い出来事の一つで、
未だに噛み締めています。



いつになったら文字にすることができるのかな.....





記事の更新がない音無ブログになってしまった私のブログですが、

今年最後のギリギリセーフの更新です。




この一年、ありがとうございました。


どうぞ良いお年をお迎えください。

フィリッポ日本滞在記、


時間が経ちすぎて炭酸が抜けた炭酸水のようになってしまいましたが、

あまりにいろんな出来事がありすぎて何から書いていいものやら...




その前に、

長い間お休みしたのに、毎日ペタを頂いて恐縮しています。

ありがとうございました。





フィリッポが日本に来て、
私が彼につけたニックネームが「弾丸ボーイ」。



「何もしてくれなくていいよって言ったのは嘘かい?」と思わず言葉にしたほどの弾丸ぶり。




彼と共に弾丸生活をこなし、

彼の二倍以上生きている私の体力は彼の半分程度、


疲れという言葉では終わらせられないくらいに疲れました。




ここまで頑張る予定はなかったのですが、

体調を崩してもひとつでも多くのことを体験させ、見せ、食べさせてイタリアに帰国させよう! 


と決めたのがある夜。




ある夜、何が起こったかというと「フィリッポ号泣事件」。




何の話から号泣に繋がったのかは記憶にありませんが、

彼の胸の中に詰まっていたものを全て吐き出した夜でした。




私、

年を重ねるごとに人のことを「どうのこうの」言えなくなってきています。




言えなくなってきたのは、
私がいい人になったからではなく、

「どうのこうの」言っていた時には人を知らないから言えたのだと思う。



人を深く知れば知るほど、人に関しては無口になってきました。



みーんな、何かを抱えながら生きている、

だから批判も感想文も、、苦手です。




「君は恵まれている」からとか、「親ってありがたいわね」とか、こういうセンスのない会話ができない。




仮に恵まれていても、仮に親ってありがたいものであっても、

子供たちが求めていることがほんとにシンプルなものである、ということを知ったのも最近です。




彼が弾丸ボーイになったのも、
シェフを目指すようになったのも、



全て答えが出た日本滞在でした。


その人がそうなったというのには必ず理由があると思いますが、



フィリッポ、そうだったのか...


考えさせられることが多くて、


フィリッポのことはよく知ってると自負していましたが、


スタートラインに戻して彼を知ろうとも思いました。





二週間ちょっと前に、

彼は最初の予定とは全く違うレストランで働くことになり、
旅立っていきました。


彼が求めてもそこにはなかったものを自力で得るための第一歩の旅立ちだと思います。


彼、得られなかったことは過去の出来事、
得られるように未来を見つめている、


とてもイタリア人らしい。


ぼちぼちとフィリッポ日本滞在記を書くつもりではいるのですが、
あまり自信はありません。



感慨深いことって、

消化吸収に時間がかかり、
すぐには言葉にできないです。





私の周辺は「旅立ちの秋」ブーム。


我が家にも旅立ちの秋を迎える人間がいて、


準備やらなんやらで、、
気忙しい毎日を送っています。

(イタリアの旅立ち...には時間があまり与えられない)




またブログの更新が滞ると思いますがご了承ください。