こんにちは
由美です
はじめましての方は
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痔の手術シリーズ🍑
長くなりましたが、今回で完結です
と思ったら、な、な、なんということでしょう‼️‼️
間違えて、③を消してしまいました💧
がーーーーーーーん😱😱
悲しいの極み😭😭😭
書き直すことはできないし、その気力もないので
③をめっちゃ端折ると
・病院は、先生も看護師さんも医療レベルが高いうえに、優しくて親切で配慮が行き届いていてありがた過ぎた
・手術後は、兄から、痛くて出血もひどいと聞いていたけれど、この病院ではそんな人はいないですよと言われて、予想よりずっと楽だった
・個室は、広くて、眺めが良くて、日当たりが良くて最高だった
・こんなにレベルの高い医療で、入院5日に手術で7万円代とは、日本の保険制度は素晴らし過ぎ
・毎日お部屋の掃除や、栄養やカロリーや症状に合わせて食事を作って運んでくれたり、備品を持ってきてくれたり
人が寝ている夜中まで働いていてくれるなんて神
などなど、5日間の入院・手術体験は、ありがたいの極みを感じっぱなし
感謝があふれっぱなしで、心がふるふるしっぱなしでした💗
③で貼った写真を再び載せます
部屋からの眺め✨️
新宿の高層ビル群は、実際見ると写真よりずっと美しくて毎日飽きずに眺めていました
と、ここまでひっぱって書いてきましたが、一番言いたかったことはこれです!
「受け取り力が、人生の幸福度を決める」
痔の手術をすることになって……
あげればきりなく、怒涛のように受け取ることがやってきて
心がふるふる震えっぱなしの日々だったのですが
母に「無事退院したよ」と電話した時の会話から
受け取ることは
「自ら、受け取ろうとしなければ受け取れない」
ということを改めて実感したのです
母に「入院・手術を体験してみて、病気の人の気持ちがわかった」というようなことを言うと
母は「そうよ、自分がそうなってみないとわからないのよ
痔の手術は命にかかわることではないけれど、お兄さんの癌の手術はどんなに大変だったか
〇〇〇~~~△△△~~~×××~~~」
私も、具合が悪くて悪くて、いつもこんなに大変で
〇〇〇~~~△△△~~~×××~~~」
と、延々、兄と母がどんなに大変で、どんなに悲惨な思いをしてきたのかを語りました
母の言うように、癌に比べれば痔の手術なんて、もう全然楽勝に違いないのですが
私も、入院中に、全然楽勝~だった訳ではなく、術後に熱が出たり、夜中にトイレにこもって出られなくなって
助けて神様って言いたくなる時もありました
けれど、それも含め、やっぱり幸せしか感じられなくて、この出来事に感謝しかわいてきませんでした
少し話がそれますが、病気は必ず原因があって
それは、体質や生活習慣などの物理的なことの他に、意識もおおいに関わっていて
意識が病気を作ると私は思っています
私は子供のころからめっちゃ人見知りで、周りを気にしていつも緊張していて
いつも体に力が入っていて踏ん張っていたから(糞張っていたとも言う)お尻にも力が入っていたことでしょう
あと、「踏ん切り」という言葉がありますが、体の不要なものを出す場所に支障が出るということは、「糞切りが悪い」とも言えて
不安や恐怖が大きくて、不要なものをなかなか手放すことができなかった
そんな過去の集大成が痔になったのではと思っています
取ってもらった痔を見せてもらったのですが、それを見た時に、そういう意識が物質化した象徴に見えて
「ありがとう、さようなら」という気持ちになりました
人それぞれ、様々なパターンがあるので、全てがそうだとは言い切れないけれど
病気になるのは、誰にとってもつらいものですが、その病気が教えてくれることが必ずあって
体はそれに気が付く為に不調を起こしているから
病気になることは、必ずしも不幸なことではなくて、なかなか客観視できないネガティブな意識のパターンに気が付けるチャンスでもあります
それに気が付くことができたら、繰り返すことはないし
めーーーーちゃ大きな手放しと、体と魂からの愛を受け取ることができるのに
なんで自分が?なんで不幸な目にあうの?罰が当たったの?
とグルグルがループしてしまうと、もう、ネガティブしか湧いてこくなくて
ネガティブ製造機みたいになっちゃって
よく見たら、めっちゃ恵まれている環境にも、周りの人にも、この世界にも感謝なんて感じなれなくて
不満と愚痴しか出てこなくなってしまう
そうすると、潜在意識にがっつり「私には良くないことばかり起こる」って刻まれて
この先も、それが現実化していきます
起こる出来事をどう解釈するか、どういう世界を創っていくかは、その人次第です
人はいつも、事実に自分の創りたい世界にあった意味付けをしているだけで
その意味付けから、また更に世界が展開していくから
幸せになりたいのなら、幸せに展開していく意味付けをすればいい
幸せを受け取ったらいいだけです
目の前に幸せは溢れているのに
見えなくなっているだけなんだよね
夕暮れ時もめっちゃきれいでした✨
新海誠の映画みたいだったよ
病気になる程意固地にならずに、ただ素直に、オープンに
そのままの自分に委ねてみたら
世界は、こんなにも受け取るものが溢れているということに感嘆するから!
私は、受け取り力が高いという自覚が全然なかったのですが
この前、はるラボを主催している、はるかさんにそういうメッセージをいただいて
そういえば、他の方からも言われたなと思い出して
痔の手術の一連のこと&母との会話から
そうか、私が、特別何かがあった時だけではなくて日常に幸せだなと感じるのは、受け取り力が高いからなんだと思いました
でも、私も以前は全然そうじゃなくて、外に幸せを求めていました
「なんでもないようなことが幸せだったと思う」
って歌もあるけど、日常から幸せを受け取れたら
わざわざ、外に探しにいかなくてもいいから
どこかや誰かや何かに求めることもなくなりました
受け取るというのは愛です
だって、相手が受け取ってくれなければ、与えることはできないから
だから受け取ることは、与えることでもある
受け取れる人でないと、与えられる人にもなれない
受け取ると与えるは一緒なんだよね
不満や愚痴ばかり出るということは
私は自分の思うようなものしか受け取りません
だから、そういうものだけを投げて下さい
けれど、私の投げたものはなんでも受け取って下さい
って言ってるんだよね
それだと心地よい関係は築けない
人や環境や出来事が投げてくれたものを、素直に受け取れて感謝できたら
幸せにならざるを得なくなるから
「受け取り力が、人生の幸福度を決める」
私の体験が教えてくれた法則です