今年3月いっぱいで閉館になってしまうサンストリート亀戸さん、通称サンストで最後のライブをやらせていただきました。

サンストへの思い入れ、思い出は、人一倍あるぞ!という自信があります。
その割りに、初めてライブをやった日にちとか、何回やったかという数字は全く把握していません。笑

たぶん、2003年頃、一人でサンストさんの事務所を訪ねて、ライブをやらせてくださいとお願いしに行ったのが最初だと思います。
はじめは、ステージではなくて道路沿いの建物入り口で、路上ライブのような形でやらせてもらいました。

お客さんも5~10人くらいの方が見てくれて、夏の暑いときに、冷えピタを首の後ろに貼って歌っていたのは覚えています。

インディーズの自主制作CDを発売するときも、最初の頃はパソコンでCDを焼いていたので、ライブ開始時間前のギリギリまで作っていて、出来立てホヤホヤですとか言いながらライブをしたのも覚えています。

ファンの方が少しずつ増えてきて、サイン会で話して握手して、それが私の力になっていて、1000人くらいのサイン会だと時間がかかりすぎて普通はやらせてもらえない時も、サンストさんは夜終電の時間までやらせてもらったこともありました。

冬の寒いときには、お客さん全員にカイロを支給してくれたり、雨の日にはテントをいくつも建ててくれました。

お客さんが笑顔になってくれたら、お客さんに喜んでもらえたら。

とにかく、その思いが溢れている場所なんです。

円形になっている広場には、近所のおじいちゃんおばあちゃんから、カップル、家族連れ、学生さんたち、犬を連れていたり、子供用の汽車に乗っている子供たちの笑い声、
たくさんの人たちの憩いの場だったと思います。

そこで歌うのが大好きでした。
ファンの方同士も、自然と友達になれるような場所だったんじゃないかな。。。
サンストで初めて奥華子のライブを観ましたって言ってくれる人が凄く多いです。

シングルやアルバムの発売記念ライブとか、誕生日は毎年のようにサンストでライブでした。
たぶん30~40回くらいはやらせてもらっているような気がします。(ざっくり・・・)

そして、今回ラストライブになってしまったのですが、実は最後にライブをやりたいと思っていたところ、3月20日の奥華子の誕生日は、空けてあります。ってサンストさんが言ってくれたのです(泣)(泣)

まだDVDの発売も決まっていない時期だったので、まさか空けておいてくれたなんてビックリしました。

そしてラストライブは、何を歌おうか、何を言おうかと考えてはいたんですが、、、
「寂しい」しか言えなかった。。。
こんなに寂しいことは、なかなか無いです。だって、変わりがないのだから。
もし、サンストがなかったら、きっと長時間サイン会もできなくて、ファンの方とも話せなくて、作る曲も変わっていて、たぶん違う自分になっていると思います。

ちょっと大袈裟だけど、そのくらい大きな存在なんです。

選んだ曲は
1.変わらないもの
2.Birthday
3.太陽の下で
4.恋つぼみ
5.東京暮らし
6.自由のカメ




凄く寂しかったけど、来てくれたみんなも同じ気持ちなんだというのが、すごく伝わってきて、
ラストライブを笑顔でやることができました。
観に来てくださった皆さん、あの場所にはいなくても応援してくれた皆さん、どうもありがとうございました!
今まで本当にありがとうございました!サンスト大好きです!
これからも、私たちの胸の中に、思い出が変わらずにあります。



●集合写真!








●サイン会、夜は凄く寒くなってきて、長時間お待たせしてしまて本当にごめんなさい。
風邪ひいてないですよね??最後まで見守ってくれた皆さんありがとうございました。





●サンストさんからバースデーケーキを頂きました!本当にありがとうございます!



●お花やお酒やたくさんのバースデープレゼントどうもありがとうございました!
お手紙もじっくり読ませてもらいます!

なんとチロハナコケーキ!!!



●TSUTAYAさんお世話になりました!ありがとうございました!今までのポスターもいっぱい☆




書ききれない思いがいっぱいですが、ラストライブをやらせてもらえて、みんなとあの場所で会えてよかったです!

ありがとうございました!