そのご住職の言葉を聞いて、わたしはどう思ったのか?
「知っているのか、知らないのか?」
「知っているようで、知らないような。。。」
たぶん、とっても凄いことを言われているのに、感情が右にも左にも振れない感覚でした。
弁財天様…七福神の中の1人で、琵琶を持った女の神様という知識はありましが、
それ以上は分かりませんでした。
その時にご住職に言われたのが、
私の後ろの弁財天様は、宮島の弁財天様で、弁財天様は日本の神様である市杵島姫命様(いちきしまひめのみこと)と同一視されている。宮島の厳島神社には、その市杵島姫命が祀られていて、元は、インドの女神サラスヴァティーで、芸能の神様である。というようなことだったと思います。
この時点でも、ご住職がおっしゃっていることを無感動にただ、たんたんと聞いていたのですが、その後、やはり気になり「弁財天様」をネットで調べたところ、出てきた一枚の写真を見て固まってしまいました。その写真のお姿が以前、霊能者の方が書いてくれた、わたしの後ろにいらっしゃるという方の絵とそっくりだったのです。なぜ、こんな手をしているのか分からないと言っていたのは、琵琶を弾く格好だったんです。その時ばかりは、一瞬時間が止まったような…周りの空気が固まったような…恐いような…身動きが取れない妙な感覚になりました。
この方が後ろにいる?
その頃のわたしは、そういうのを受け入れるのは困難だったんです。
わたしは、自分の部屋がオレンジ色に染まったり、光りの玉が私を目掛けて飛んできたり、
説明の付かない不思議な体験はそれまでにも色々してきました。
だから、こういったことが、ただのオカルトではないとどっかで分かっていましたので、
受け入れ態勢は整っていた方だと思いますが、
でも、真剣に受け入れることはできない、避けて通りたいと、どこかで思っていたんです。
そして、何よりも息苦しさを感じていたのが、
「あなたは、使命のある人です。」と言われることでした。
このご住職にも言われましたが、それ以前にも何度か別の人に言われていて、
「使命のない人なんていないんじゃないの~。なぜ、そんな特別のような言い方をするの~」という思いと、「使命を全うするなんて大変そうなことは嫌。」「わたしは、普通にしておきたい。」そんな思いだったと思います。
「普通」
わたしは、普通でなければ生きていけないと思っていました。
「ここ(地球)は、何て生き辛いところだろう。自分から死ぬ勇気はないので、早く寿命を全うして、この地球から離れたい。」と思いながら生きていたのです。ただ、この感覚が普通ではないと分かっていたので、人に言うことはなかったです。
わたしは、小さい頃から愛された感覚がなく、虚無感を心の奥底に隠し持っている子どもでした。(今は、この部分、もう乗り越えています。)
「大人になっても結婚はしない。子どももいらない。わたしのような“かわいそうな子”が産まれると困るから。。。」と思っていたのですが、子どもながらに、こういうことは連鎖していくことだと感じていたんですね。
小学校の時には、母親の嫌な所が自分にうつって来ていることを感じていましたし、
このままの自分では、子どもが産まれても愛せないことを知っていたんです。
子どもは、恐ろしいくらい色んなことを直感で分かっているんです。
そして、親は白魔術も黒魔術も操れる魔法使いになれるんです。
子どもにとって親は神様。神様から愛されないのは、それは、自分が愛されるに値しない存在だからと自分を責めます。
親から虐待されても、「親は悪くない。自分が悪い子だから。。」という子どもの心理は、ここにあると思います。
もしも、子どもを愛せない辛さや子どもの悩みをずっと抱え続けているならば、
まずは、自分です
まずは、自分が癒されて「本来の自分」に目覚め、自分の人生を歩んでいくことだと
わたしは強く思います。本来の自分は、みんな愛に溢れた存在ですから。。。
今のわたしなら、子どもを愛せるのにって思いますもん。。。
中学の時に、先生が黒板に
「平凡こそ幸せなり」と書いたコトバが、トラウマのように大人になっても残っていました。人とは何か違うと感じていたわたしは、「幸せにはなれない」と言われているような気がしたんです。
「わたしは、幸せにはなれない。」
「だったら、せめて、傷つかないように上手に生きていこう。」
こんな風に長い間生きていました。
だから、「弁財天様がいらっしゃる。」なんて、どこかで知ってるような気もするけど、
そんな特別チックな話、認めたくなかったんです。
その蓋を開けたくない・・・という気持ちが感情を押さえつけ、ご住職の話に無感動なフリをしていたんだと思います。
フリには、エゴが働いています。
本当は、その部分をしっかり見つめていくことが、自分の望む幸せに繋がっていくのに、
エゴは、そんなことしたら大変だぞ~。また、変な人扱いされて傷つくぞ~。良いことなんてないから止めておけ。ってささやいてくるんです。
ってことは、
「弁財天様がいらっしゃる」その意味を本当は知りたいと、一方で強く思っていたはずなんですよね。
ホントに素直じゃないわたしです。