昭和中期の
ローカル生まれ
昔なんだなぁ

今の実家から少し先の親戚の貸家で生を受け

5才で現在の実家へ
祖父母と同じ敷地に家が建っていた。しかし当時の建築の素材は良くないと、母いわくだった。

祖父母が早く亡くなり、そちらの家がメインとなり、変則的に2つの家でそれぞれ4人が勝手に暮らしていたような高校時代。
この頃からあまり家庭らしくなかったかも。




そして都会へ進学。

親の言うままの学校、寮生活、人生初の集団生活。人並みにできずあれやこれやで1年半後、思い起こせば人生初、の狭いアパート1人暮らしへ4回目の住居。卒業して引っ越し5箇所目。大家さんとの約束により、1年ほどで1階から空いた3階へ引っ越す。まぁ住所は変わらず。

同じ年頃のお隣の娘さん、そのお母さんと交流したり、ハチワレのネコをもらって同居していたり。
のんびりの都下。神社の寄付が回ってきたり、まだまだ子供だった22才の頃。今思えばだけど。



都会の仕事や生活にそれなりに倦んだか、諦めか、北国へ行く。気質の芽が見え始め、旅より移住を、で6回目の住居。ただ寝るだけの貸間のようだった。まだ20代の7回目はまた遠くへ。不動産屋にいい大家さんを紹介されて移住。

ここで
とにかく身を固めたがっていた人と結婚、8回目は古いマンション、少し貧乏生活から脱却し始めるかな。



9回目が
現住所の自宅。興味持てないながら親の意向で甘く考えもなく建てた家。数十年後に、子育ても終わり、その後求めた仕事が遠距離だったので、単独でマンションを借りた。喜んでね。

10回目の久しぶりの1人住まい。古い感じのマンションというかアパートというか。が、思わぬ事に実親の介護の問題が出現し、短期間で終了。




ローカル実家は両親を見送った後は別荘代わりのよう。私の荷物はどんどん増え今や殆ど私の家だ。独身の兄の部屋意外は。しかし実家の整理や終活は私の肩に。



この頃
年齢的に仲良し別居というらしいが、それなりの間柄であるのか、自宅近くに自分のマンションを借りホッとする。いい時もあるしそうでない時もありの11回目の住居である。

快適

と、思っていたら今度はどうも12番目が来るようだ。なんと37年ぶりに家賃を払うんだなぁ。

実家の終活、移住を決意する。
独身貴族男付き実家が段々遠く感じられてきた。年取ったんだな。

実家の移住を決意。兄と私が入るんだ。その前に仮住まいのマンションを借りよう。子供の居る新しい街を眺めながらじっくり考えよう。



大仕事。

実家の整理をしながら物と身体と気持ちを兄弟でやらなくては。2.3年を、目処にしよう。健康な内に。動ける内に。



そうなって来たよ。天国の父と母。空から見守って下さい。

終わる。

そんな人生。モンゴルのぱおに憧れていたからかそうなってるな。