腐った性根の解体新書 | 心屋仁之助オフィシャルブログ「心が風に、なる」Powered by Ameba

心屋仁之助オフィシャルブログ「心が風に、なる」Powered by Ameba

見えないけれど、やさしく包んでくれる。
風のように、水のように、普通の幸せに気づける、
そんなお話をお届けしようと思います。

⚫︎このブログは、2021年4月より、

心屋仁之助に代わり

心屋オフィシャル入門インストラクターと

オフィシャル認定講師によってお届けしています

 

 

心屋塾初級認定講師の 

もりわき まりこ(マリチャンヌ)

(東京・神奈川・埼玉・島根)です。

 

 

 

先日、そういえば
 
昔は、当たり前に感じていた
 
「なめんじゃねえよ」
=わたしはひとになめられやすい
 
という視点でものを考えることが
 
あれ?ほぼないなーーということに気がつきました。
 
 
 
このワード自体、久しぶりに書くかも?
 
続けて書いていきましょう
 
よろしくお付き合いください。
 
 

 

 

なんかわからんけど、わたしは関わった他人から

結果、軽ーく扱われるなぁ

 

と思うことが子供時分からちょいちょいありました。

 

思春期以降は顕著だったかも。

 

軽く扱われないために、バカにされるチームにだけは入れられないよう

 

他人が欲しそうな言葉を瞬時に探し、多数派が喜びそうなことを先回りしてやる

 

そんな生き方をしていました。

 

周りと明らかに違う本音は飲み込んで、のらりくらり、お相手の数だけ自分の仮面を変えながら相手を立てた返事もしていたなあ。

 

わたしは他人の意見を聞くと「そーだよねーー」と言ってしまう、安易な共感癖も持っていました。

 

一人一人生きる背景は違うから、自分なりの正論だったり、思いはある。

 

共感そのものが悪いとは言いません。

 

ただ、わたし自身生きて行く中で、賛同者がいなくても自分がこう思う、というのを表に出す、相手に伝えるということを全くしてこなかったので

 

意見を求められた時、自分がホントはなにをどうしたかったのかがわからなくになってしまっていたんです。

 

 

自分以外の人の意見がなんでも正しく聞こえちゃうんです…困ったもんでした。

 

 

image

 

褒められても、自分の足りないところをあげつらって受け取らないのは当たり前。

 

曖昧に笑って、その場その場で不利にならないよう誰かを自分の盾にして顔を隠してヤジを飛ばす。

 

国会中継おなじみの図と似ていますね。

 

多数派から漏れたら、今風の言い回しでいう

「人生詰んだ」になってしまう!!

 

 

田舎なので、レッテルを貼られたら一生言われ続けるであろう

 

そういう恐れも持っていました。

 

恐れを回避しながら、生きがいを探す、楽しみを探す・・日和見人間からは、信頼に値するものは見えにくい。

 

そりゃあ軽く扱われていくわなあーーー

 

 

我ながら気持ち悪い生き方をしていたものです。

 

 

 

 

 

その後も、イヤな気分が湧きあがるとすぐ、知識人の本を読んだり、カウンセラーブログを漁り

 

自分の状況と重なるものがあると

読むだけで「何かが終わったような」「わかったような」気分になるが、一歩外を出ると

 

怒りを発動させる出来事は現れ続ける生活が

40代前半まで続きました。

 

 

30歳前後から、どうも自分は自分の生きづらさを別のものになすりつけているだけではないか?と

薄々感じてはいました。

 

パソコンを買ってすぐ、同じ悩みを持つ人たちと意見交換しながら、たった一人だけですが

わたしと同じ考え方の女性がいらしたんですね。

 

詳細は省きますが、彼女は表面に現れる出来事に責任転嫁せず、淡々と自分自身に向き合っていかれました。

 

今でも彼女の投稿は、宝物としてパソコンの中にとってあります。

 

そのあたりから、自分という人間の正体を知る旅が始まっていったのかも?

 

・その場限りの、心にもないことを言うのはやめる

・愛想笑いやめる

・他人同士が揉めてても、部外者なら出張って仲裁しない

 

不思議なことに、他人になめられるということが

この辺りからなくなっていきました。

 

今ならわかります。

 

自分が自分を軽く扱うのをやめていったからです。

 

その代わり、わたしが長くいた付和雷同の人たちとは波長が全く噛み合わなくなっていきます。

 

わたしって、一人でタバコ吸いたいから吸いに行くわーみたいなひとと

(自分の気分優先できるひと)

たまに喋るくらいが楽しい、というスタンスが実はちょうどいいと感じる人間だったことも判明していきます。

 

 

それでも我流の限界は感じ、どうにも自力では立て直せない…と心理塾へ行ったのをきっかけに

 

わたしが避けて嫌がってやってきていないことを、この年齢からやりながら

 

ふと、ふと、と、そんなふうに気づくことも多く出てきました。

 

 

 

 

今思えば、自分の意見を言うことと、ゴリ押しすることをごっちゃにしていていました。

 

ここは母がそのような受け止め方をする癖があり真に受けてきてしまったことがルーツです。

 

あと、自分の意見をいうと、言った意見を変えてはいけなくなるのでは?とも思っていたなあ。

 

強情で頑固なひとにはなりたくないと、日和見を頑固に守り続け

主体性のない人になっていってたわけです。

 

 

 

おかしな誤解が、自分を不自由にさせてきた。

 

でも、あの時は

 

あれしか出来なかった

 

 

知らなかったんだもん

 

 

 

精一杯で、アレだったのよ

 

 

しゃーないしゃーないしゃーないから

いんだよーーー

 

 

今は、気分で生きているねえと、ひとに言われると

褒め言葉として受け止めています。

 

 

自分をなめないこと。

 

 

どうせどうせで、来てもない未来にレッテル貼らないこと。

 

他人の声は、自分自身との付き合い方を見返してみるいいきっかけなのだ。

 

 

ひとりでは太刀打ちできない

 

それは今までの自分にピリオドを置き、生き直すゼロ地点から始めてみないか?と

 

自分自身の中にいる、しあわせな今世を生きてほしいと願う自分ちゃんからのサインなのではなのかもしれません。

 

経験が糧となり、次の誰かへのバトンになる。

 

どんな仕事についていても、無職でも同じくです。

 

あなたのお手伝いができればわたしも、紆余曲折してきた甲斐もある。

 

 

なんであれ、自分で決めた時、初めて人生は動きます

 

自分で決めるが、最初の一歩

 

 

 

なんであってもね。

 

 

 

▼今回の記事担当は、もりわき まりこ でした

ブログ:https://ameblo.jp/drop0805/entrylist.html

 

 

 

▼心屋のInstagramができました

  アカウント名: kokoro.ya

 
  心理学を学べるコミュニティ
心屋オンラインサロン『ココサロ』 

▼心屋塾のエッセンスを知れる講座
入門講座

 

▼人生が変わるヒント満載の動画講座(無料)
7日間無料動画講座

 

★心屋・心屋塾の公式サイト

心屋公式サイト

 

▼心屋メールマガジンも再起動!(無料)

 

▼笑える!インターネットラジオ番組(無料)
Podcast

 

▼70種以上におよぶ心屋の著書一覧
著書一覧

 

▼毎日の言葉を届けるスマホサイト(有料)
ひかりの言葉

 

★重要記事

前者後者