「出さない」のではなく「出せない」のです | 心屋仁之助オフィシャルブログ「心が風に、なる」Powered by Ameba

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見えないけれど、やさしく包んでくれる。
風のように、水のように、普通の幸せに気づける、
そんなお話をお届けしようと思います。

⚫︎このブログは、2021年4月より、

心屋仁之助に代わり

心屋オフィシャル入門インストラクターと

オフィシャル認定講師によってお届けしています

 
 

心屋塾入門インストラクターの

ゆみっち、こと林由美です。

 

 

 


悲しい時に

悲しい顔をしていますか?

 

 

 

 

嬉しい時には

嬉しい顔を、しているかもしれませんね。

 

 

 

 

だけど、喜びすぎてはいけない、とか思って

気持ちを抑え込んだりしてませんか?

 

 

 

 

困った時には

困った顔を

 

 

 

 

疲れた時には

疲れた顔を

 

 

 

 

悩んでる時には

悩んでる顔を

 

 

 

 

とっても嬉しい時には

大はしゃぎする顔を

 

 

 

 

できたら、いいのに。

 

 

 

 

今の自分の心の模様と、

同じ表情や態度ができたなら

 

 

 

 

私たちは、

もう少し生きやすくなれるのに。

 

 

 

 

なぜ

 

 

 

表情も、言葉も、態度も

 

 

 

 

心のままにできないんだろうね。

 

 

 

 

それは

もしかしたら

 

 

 

 

あなたが、まだ

 

 

 

 

自分の気持ちを

きちんと見つめていないから、かもしれないね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私は

父親が、もう余命がない状態の時に

 

 

 

毎日

笑顔で仕事に行っていました。

 

 

 

 

家に帰ると

表情も言葉も、消えてなくなり

 

 

 

 

真っ暗な世界へと行ってしまうのに

 

 

 

 

職場では

「おはようございます」

 

 

 

 

明るく元気に

ふるまって。

 

 

 

 

そして、そんな自分を

「素晴らしい」とさえ思ってた。

 

 

 

 

悩んでること

悲しいこと

落ち込んでること

 

 

 

 

それらを

人に見せないのが、

 

 

 

 

職場に持ち込まないことが、

 

 

 

 

私の美徳、だったのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今日、死のうか

明日、死のうか

 

 

 

 

そんなことを

毎日、考えていた頃も

 

 

 

 

職場の上司に

 

 

 

 

「お前には、全く悩みはないんだろう」

 

 

 

 

笑顔で

そう言われていました。

 

 

 

 

「そうですね。特にないですね」

 

 

 

 

満面の笑みで

私もそう答えていました。

 

 

 

 

(実話です)

 

 

 

 

ああ、私は

ここまで完璧に

 

 

 

 

自分の苦悩を

隠せるようになれたんだな。

 

 

 

 

そう思って

 

 

 

 

内心、自分を褒めていました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なぜ

私は、このようなことを

 

 

 

 

美徳だと思い

自分を褒めていたのか

 

 

 

 

それは

 

 

 

 

・気を遣わせたくなかった

・雰囲気を暗くさせたくなかった

・それが優しさだと思ってた

・自分の心配よりも、人の心配をする方が大切

 

 

 

 

当時は、そんなことを思ってたような気がします。

 

 

 

 

だけど

その片方で

 

 

 

 

もしかしたら

 

 

 

 

もしかしたら、ですけど

 

 

 

 

「あなたたちに、私の苦しみなど、理解できるはずがないでしょ?」

 

 

 

 

そんなことも

思ってたような気がします。

 

 

 

 

 

 

 

 

今も思い出します。

 

 

 

 

父親が死んだ時

 

 

 

 

私が死のうとした時

 

 

 

 

「どうして早く言ってくれなかったの?」

 

 

 

 

涙ながらに、

知人に、そう言われたことを。

 

 

 

 

言わないことを美徳としてた

当時の私は

 

 

 

 

もちろん

そんな言葉などスルーしていましたが、

 

 

 

 

「この人は言ってほしかったの?」

 

 

 

 

不思議な気持ちで

その知人を見ていました。

 

 

 

 

「私の苦悩を、この人は本当に知りたかったの?」

 

 

 

 

 

 

だけど

どこかで分かっているのです。

 

 

 

 

だって

 

 

 

 

私も、言ってほしいと思うから。

 

 

 

 

知人の苦悩を

 

 

 

 

私だって、聞きたい、

聞いてあげたい、と思うのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

周囲を見ているようで

実は、周囲を無視してたのです。

 

 

 

 

自分よりも周囲を優先させてるようで

実は、自分の気持ちを優先させていたのです。

 

 

 

 

私は、私の苦しみしか、見ていなかった。

 

 

 

 

私は、私の意思しか、採用していなかった。

 

 

 

 

周囲の人の優しさや

何気ない気遣いなど

 

 

 

 

見えるはずもなく

 

 

 

 

ただ

「私は頑張っている」

 

 

 

 

そこだけを見ていました。

 

 

 

 

それが

今なら、はっきりと分かります。

 

 

 

 

 

そして、さらに

それと同時に、見えたことがあります。

 

 

 

 

それは

 

 

 

 

「私は、私の苦しみを、抱えきれなかったんだ」

 

 

 

 

「私は、私の悲しみから、目を逸らそうとしてたんだ」

 

 

 

 

「私は、私の気持ちから、逃げようとしてたんだ」

 

 

 

 

ということ。

 

 

 

 

 

だから

 

 

 

 

それらの感情を、認めることも、感じることも

 

 

 

 

ましてや

受け入れることもできずに生きてきて。

 

 

 

 

そんな人間が

周囲に

 

 

 

 

自分の気持ちを話すことなんて、もってのほか、だったのです。

 

 

 

 

伝えたくても、どんな言葉で話すのか

分かってもらいたくても、どんな顔で話すのか

 

 

 

 

それが、そもそも、わからないのだから。

 

 

 

 

自分の心の中の模様と

 

 

 

 

自分の顔と言葉が、一致できないのだから。

 

 

 

 

ただ、それだけのこと、

だったんじゃないかな、って。

 

 

 

 

今はそう思います。

 

 

 

 

先ほどの

「私の苦悩を、この人は本当に知りたかったの?」

 

 

 

 

私の苦悩を、

一番知りたくなかったのは、

 

 

 

 

この私だったのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

悲しい時に

悲しい顔ができるようになり

 

 

 

 

苦しい時に

苦しい顔ができるようになると

 

 

 

 

生きるのが、本当に楽になりました。

 

 

 

 

悲しみをきちんと感じ

苦しみをきちんと自覚するようになって

 

 

 

 

生きるのが、シンプルになってきたのです。

 

 

 

 

同時に

 

 

 

 

いつも笑顔で、

どんな時も明るく振る舞っている人を見ると

 

 

 

 

「苦しそうだな」と思うようになりました。

 

 

 

 

 

かつての

常に笑顔の私も

 

 

 

 

見る人が見れば

 

 

 

 

きっと、苦しそうに見えたのでしょうね。

 

 

 

 

 

もし、あなたが

 

 

 

 

悲しいのに、そんな表情ができなかったり

 

 

 

 

苦しいのに、それを隠そうとしてしまう癖があるのなら

 

 

 

 

あなたは

あなたの中の

 

 

 

 

本当の悲しみ

本当の苦しみに

 

 

 

 

まだ気づいていないのかもしれません。

 

 

 

 

だから

顔にも出せず、言葉にも出せずにいるのかもしれない。

 

 

 

 

誤魔化そうとしていたり

目を背けようとしているから

 

 

 

 

出せない。

 

 

 

 

 

かつての私は

 

 

 

 

美徳だと思って「顔に出さない」と思ってたけど

 

 

 

 

実は

「出せなかった」のです。

 

 

 

 

 

自分の気持ちを

真正面から、感じることで

 

 

 

 

自分の気持ちとも

シンプルに繋がっていくようにもなるし

 

 

 

 

そこから

癒しも始まっていきます。

 

 

 

 

表に

「出す」のか

「出さない」のか

 

 

 

 

それも

自分で選んでいける。

 

 

 

 

そこから

生きることも楽になっていきます。

 

 

 

 

 

どうか、

 

 

 

 

悲しい時は、悲しい顔を。

 

 

 

 

苦しい時は、苦しい顔を。

 

 

 

 

困った時には、困った顔を。

 

 

 

 

それが

自分の心と繋がることになり、

 

 

 

 

結局

人の心とも繋がっていくのですから。

 

 

 

 

▼今回の記事担当は、ゆみっち、こと林由美でした。

ブログ:https://ameblo.jp/yumi221379/entrylist.html

 

 

 

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