私は「受けとる価値があるんだなー」とありがたく頂いたのです。
これが、自分にはお金が入ってきていい、とか
受けとる価値があるってことだったんですかね?。
と心屋塾のカウンセラーさんにメール相談したところ
「会社の決まりを確認しましたか?
頂いてはいけないはずです。
すぐに正直に会社に報告したほうがいい、
お金を受けとる価値がある話とは違う」
と言われましたよ。
二度、「あなたにお礼」とのことで受け取りましたが
もう亡くなってしまいました。
ある程度、心屋塾のカウンセリング手法は統一性があると安心して、
カウンセラーさんたちのカウンセリングを受けようとしていますが、
ちょっと怖いという気持ちがあります。
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あーーーーーーーーーーーーーー
なるほど、
ひとによって言うこと違いますよね。
惑わせてしまいましたね。
昔の管理好きな僕なら
これはいかんと、
誰がそう言ったのか洗い出して
その発言を確認して、是正して
再発防止のためのルールを決めたり
考え方の統一のための試験を定期的に行い・・・と
やっていたかもしれません。
大問題ですから。
で、
あのですねー
■宗教的な組織って
ココでも書きましたが、
ひとがやることなので
一挙手一投足まで同じにできることはないです。
「基本的な考え方」は
合わせていきたいと思っていますが
それでさえも
各カウンセラーがどこまで理解を同じくしているのかは
確認のしようがありません。
だから
「最後は自分で選んで」ください。
カウンセラーに「答え」を求めないでね、
ということです。
心屋がこう言った
心屋の認定のカウンセラーがこう言った、
別のカウンセラーはこう言った。
そのときに
「自分の心がどう決めるのか」
「自分の心がどう感じたのか」
が、一番大事だということです。
さて、今回のはどうでしょう。
「ちょっと怖い」と感じたわけです。
今回のカウンセラーにそう言われて、
「どういってほしかったのか」ということですね。
そして
「そう言ってくれる人に行きつくまで求め続ける」ということ、
そう
「自分の意見を肯定してくれる、
それでいいよ、と言ってくれる人」
を、認めているんだ、と気づいてほしいのです。
つまり
「自分のしたことは、間違っていなかったんだ」
と「思いたい」のに
「それはダメだ」と言われた。
でもね
「そう言われたからと言って、あんたがどうするかはあなたが決めていい」
ということ。
そして、
相手に、否定されたことで、
いま、あなたの考えは余計に明確になったということです。
だから、逆に言いますよ。
「誰に何を言われたとしても、
あなたの考えたこと、したこと、選んだコトは
間違ってはいない」
ということ。
そして、それを自分が信じ切れていないから
「自分の考えがおかしいのかな」と
思ってしまう出来事に出会うんですよ。
そして、今回のメッセージにおいて
あなたの送った文章と
相手の送ってきた文章が
「原文のまま」ではなくて
どちらも「解釈」でしかわかりません。
ここにもまた罠があるのです。
「そう、言われた気がする」という罠と
「こう言うつもりで言ったんだけど」という罠です。
「つもりの罠」ですね。
とにかく!
自分の思ったことに
もっと自信もっていいですよ。
誰に何を言われようとね。
この文章を見ようとね(笑)
僕だって間違うし
そのカウンセラーも間違うし
次に出会う人もきっと間違うし
そして、あなた自身も間違う。
で、それで、いいんです(*'▽')
これで、いいのだ
それで、いいのだ
これが、いいのだ
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