最近、
我が家にひっそりと夜だけ眠りに来ていた野良猫が昨日旅立った。

深くて大きな噛み傷、擦り傷、骨折など身体中に怪我を負って。



猫同士の縄張り争いなのか、

私たちには分からない猫界の掟があったり、の、理由は全く分からないけど、長いことこの辺をテリトリーとしてる体つきの大きな雄猫、デデ(勝手に名付けてそう呼んでる)に1度は覆われ噛み付かれてる現場を我が家の庭で目撃したことがあった。


その時は今よりもっと子猫だった。


猫らしき鳴き叫び声の方へ駆け寄ってみたらその状態。

即座に大きな音を立てて絡まり合いを止めた。

子猫だけ縮まりその場に残ってたから、

「おいで」と言うとソロリと私に近寄ってきたその子猫。


実はその出来事が起こる数日前に、

我が家にとても懐いていて私たちが可愛がっていた野良猫ハミュ(そう呼んでた)が亡くなったばかりだった。

死因はマダニによる感染症。妊婦猫だった。

私はハミュにマダニが付いていたことや急に元気が無くなっていったこと、妊婦さんだったこともあり、私たちが引っ越して来る前からそこに居たんだろうお気に入りの場所があったからその場から移動させることを悩んだけど、悩んだ末に動物病院へ連れて行った。


人間にも感染するSFTS疑いで入院を強いられ、自分でも何の手当てもしてあげられないくらいの容態だったため病院に委ねた。

ハミュの気持ちを想うとそれが良いのか悪いのかわからないままに。

が、その3日後、彼女は病院内で息を引き取った。

ハミュの死にゆく情景に直面し、その子の気持ちを想ったときに自分が善かれと思ってする手助けは果たして彼らの望むことなのか、と、とても不甲斐ない自分自身がここに在ることを体験した。



そのこともあり、

お庭でソロリと近付いて来た子猫に私は

「私は何も出来ないけど困ったらいつでもココにおいで」と話してデデのことやこの辺のことを伝えた。

その猫は小さな可愛らしい眼差しでただただ話す私をじーっと見つめてきて、その後、ふと姿を消した。


ここ1週間ほどのこと。

我が家周辺でその猫をチラホラと見かけるようになった。

生きててくれた!!と、私はとても嬉しかった。

が、動きが素早くよくは見えないけど頭頂部に大きな怪我を負っている様子だった。


その数日後、

身を潜めるように夜だけ我が家のベランダに置いたままの妊婦猫が使っていた、せいちゃんの手作り猫小屋で、夜眠るだけを過ごしているその猫を2日連続で見かけた。


頭の怪我やその様子でなんとなく猫同士の状況が想像でき、せめてここでの寝心地だけは、と板張りの小屋の中にヨガマット的厚手マットを敷いてあげた。

灰色気味のその子の名前をアッシュと名付けて。


その翌朝、大きな猫の唸り声が。

デデが、その小屋の中を覗くように立ってた。


見つかってしまったと心で呟きながらデデに

「こんな小さな子を脅さないで。ここに居させてあげて」と伝わってるかどうか分からないデデを他の場所へ丁寧に誘導した。


その日、

珍しく日も暮れない明るいうちにアッシュは戻ってきて俊敏に小屋に入り込んだ。慣れない私たちの近くは身を隠し避けるにも関わらず、たまたま庭に居合わせた私たちの側を横切ってまで。


でもすぐに私たちの動きや様子、音にビクつき逃げるように出て行ってしまった。

今となっては、デデから逃げて隠れるところがここしかなくて駆け込んだんだろうな、と思える。



そのまた翌日、夕方前頃、

小屋側で猫の鳴き叫ぶ声がした。

走って駆けつけたら、デデが何かしらをむしり取っただろう毛を咥えてて、その横でアッシュが怯んでた。。。

私が小屋近くに着いたと同時にアッシュは小屋側に向かって逃げ出そうとしたけど転げながら足を引きずりながら、の状態だった。

私は即座にアッシュを抱えて小屋に避難させた。


アッシュは呼吸を荒げたまま、力尽きるように横たわった。

全く動かないけど呼吸はしてる。


角度的に見える部分の酷い外傷は無かった。

それでも見えない部分が気にかかり病院が過ぎったけれど、ハミュのことを思い出し、アッシュが病院を必要としてるのかどうかが私にはわからなかった。

先ずは安静に、外部から何者も侵入出来ないように、内側からのみ出れる小屋入口の簡易扉を付けた。

その瞬間、首だけは起こしていたんだろうアッシュが頭をゆっくり地面に下ろした。

安心してくれたような気がして私もほっとした。


その夜から朝にかけて何度か様子を覗き、呼吸をしてるかどうか、苦しくなさそうかどうかを確認し続けた。


朝方は少し口元をモゴつかせたりもしながら、目を閉じていた。久しぶりにぐっすり気持ちよさそうに眠っているかのように見えた。

「アッシュ、元気になるね。回復するまでここでたくさん休息とってね。私たちは近くにいるからね」と声をかけ、自分たちの作業を始めた。


今思うと、ぐっすり眠っていたように見えたのは気のせいだったのかもしれない。


お昼頃、

前日から体勢変わらず動かないアッシュだけど、時に少し荒げながらも呼吸はし続けてる。

寝たきりのアッシュの塞がりかけてる鼻穴を綿棒で優しく掃除して呼吸の通りを作り、顔まわりの汚れを振動が響かない程度に拭き取り落とし口元に水を少し付けたりしてみた。

そしたらしばらくして一瞬、痙攣を起こしたような動きをして呼吸も乱れた。


余計なことをしてしまったか。。。


その後すぐに落ち着いた様子だったので身体を撫で、お腹に手を当てて回復を祈って「まだまだここで休んでね、また見にくるね」とその場を離れた。


2時間も経たない後くらい。

見に行ったら呼吸してなかった。

触ったら固くなってた。

身体から液体が滲んでた。

さっきまで息をしてた小さな身体は遺体になっていた。死んでしまってた。

頭を抱えた。大きく抱えた。

私は泣き崩れてしまった。


深く深く掘って土葬しながら、

ようやく静かに眠りにつけるね、ごめんね、と、アッシュとお別れをした。


アッシュの身体には

チラホラ見えていた頭頂部の怪我以外に、私の角度からは見えてなかった耳の根本、頭部に日の浅い大きな深い傷があった。灰色だと思っていた毛並みの色は黄土色混じりの灰色だった。

こんなにじっくりアッシュのことを見ることが出来たのは遺体になってからだった。。。



前に失くした妊婦猫ハミュは、

この土地が好きで、我が家の庭でゴロゴロしたりベランダで眠り込んだり寝そべってる姿をよく見かけていた。野良だけど物音にすら鈍感気味な子だったくらい。

ハミュの異変が起きて病院へ連れてくかどうか最後まで迷わせた理由は、この土地から彼女を離すことだった。

その迷いを決定付けたこと、それは、ハミュに

「病院行く?行きたい?今日まで様子見て回復しなければ明日病院連れてくね」と声をかけたその翌朝から丸1日、初めてハミュは私たちの前に姿を見せなかった。

病院に行きたくなかったのかな、野良猫だから森の中で治癒してるのかな、と思いつつ『助けが必要だったら戻っておいで、病院へ連れてくよ』と全力で語りかけ「ハミュ〜」と呼びながら、のたれ死んでないかと心配もありつつ、家周辺の森を探し歩いてみたりした。


その日の夕方、

予想以上にグッタリしたハミュが小屋の中から入口ギリギリに佇んでた。あのぐーたらハミュが寝そべることなく佇んでこっちを見てた。

即、病院へ連れてった。


でも、アッシュはハミュと違い、

この土地でこの周辺でゴロゴロしてる様子は私は見たことがなかった。

その辺で見かけても機敏で見えないくらい姿を消すのが早かった。身体が小さいこともあるけど、いつも何かに敏感に反応し注意を払ってるような動きっぷり。


毎日毎分、何かに襲われる恐怖と不安でいっぱいだっただろうアッシュを想うと、あの場から敢えて離して病院へ連れて行ってあげてたら心も身体も回復出来たのかもしれない…

アッシュはそんな考えも望みもなかったかもしれないけど、私が発した言葉にすがる思いでただただ我が家に、ここに、何か、の可能性を感じて、この1週間、戻ってきたのかもしれないと思うと悔やみきれない。


私はどこか、病院で死を迎えさせるかもしれない野良猫に対する罪悪感を持っていた。けど、それは長閑に過ごせたていたハミュや時々見かけるその他の周りの野良猫たちを見て知っていただけでの小さな視野の中での決め付けからくる考えることへの逃げだった。


なぜすぐにアッシュを病院へ連れて行かなかったんだろう。

またしても彼らの気持ちをキャッチしきれなかった自分に、救えることが出来なかった自分に、何も出来なかった自分に、無力どころか、憤りさえ覚えた。


アッシュに幸せはあったのだろうか。

アッシュは平穏なひと時を味わったことがあったのか。

いつもいつもこの広い世界で身を潜め、小さな身体で小さな動きで過ごした短い生は、何か生きててよかったと感じる出来事はあったのだろうか。


そう思うととても切なくなり涙が止まらない。


アッシュだけじゃない。

世の中にはそんな野良猫、生き物、人間もたくさんいる。知っていても知ってるだけのこと、現場を目の当たりにしてないことを、アッシュを通して体感させられたような気がした。 


小さな生命かけてこの世界の見えにくいことを伝えてくれたような気がした。



私たちが野良猫たち、

ハミュとアッシュから感じたことはもう一つ。

彼ら動物は、一緒に生活してなくとも、私たち人間の言葉そのものが伝わらなくても、発した言葉を通して音をキャッチしてるということ。

伝わる音を通してニュアンスを、言わんとしてることをキャッチしてくれる。


我が家の周りには人間以外に動物、昆虫、生き物がたくさんいる。

彼らは話しかけたらだいたい伝えたいことが伝わる。これはハミュをはじめ、戻ってきたアッシュが確信させてくれた。

野良猫だけじゃない、狸、アブ、ゴキブリでさえ。おかげで可能な限り意図的に殺生せずに今のところ済んでいる我が家。有り難い。


それとは反対に

私は動物たちの気持ちをキャッチできていないことを身をもって体感した。それも彼らに教えられたような気がしてる。

五感を越えた感覚をもっと。


私も、私たち人間も自然界の一部であるということを思い起こさせてくれるような、そんな仲間意識をも感じさせてくれた。

彼らとキャッチし合える感覚を磨いていこう、と強く思った。


野良猫は人間と自然界を繋ぐ役割を果たしてくれてる生き物の一種なのかもしれない。

行ったり来たりしながら。

家猫でもなく、野生猫でもなく、それが野良猫の天命なのかなぁ、と。


ハミュ、アッシュ、

ここを選び、ここに来てくれて、

私たちと過ごしてくれてありがとう。


虹の橋で優しいキャツ男が待ってるから、みんなで仲良くいっぱい遊んでね🌈


いつか私もみんなに会える楽しみができたよ〜


生きとし生けるものすべてが満たされる瞬間を!


Hari om✴︎




報告を長らくお待ち下さっていた方々、

いつもありがとうございます。


私たちが描いていた

「こんなアシュラムあったらいいな」をカタチにしてみました。


アシュラム開設のお知らせです。

〜 Levanter Akasha 〜

〜 レバンタールアーカーシャ 〜



インドでいうアシュラムを部分的にイメージしつつ、色合いが少し異なるこの空間。



アシュラムと言えば、

ヨガの学び場、鍛練の場。

伝授する師と学ぶ者が規律ある生活を共にしながら "練習に励む自分自身" に集中できるよう一定の生活リズムが保たれた施設です。

ルーティーン化された静かな生活は些細な心身の変化に気づきやすく、動きが豊かな内側へ自然と意識が促されます。


そうやって自分の内側に、自分自身にどっぷり潜ることが出来る場所を『アシュラム』といった捉えた方をしている私たち。

添付連続3枚は北&南インドで滞在したアシュラム風景 -


ココは、

そのアシュラムのひと回り外側をイメージし、鍛錬する場でもあり療養の場でもあり創造の場でもある。

どっぷり潜りきるには難しい環境下で自分に潜る訓練、その訓練で、もしくは潜れたことで何かしらが動き出してく、その動き出したその先をも共に生活していく場所です。



どんな現象も思考も感情も動き、感じ、発し、体感している自分がココに在ることを知ることから。

知った先では瞬時に自分の意志で自由に、時に大いに迷いながら自分の今を選択し過ごしていく自分をみる。

ハッキリとした意識の中で自分の道を歩む自分をどう感じるか。その自分が好きかどうか。

気持ちいいのかどうか。


『自分の生』を創造していく暮らしをココに、

の想いです。


完結された一日、一瞬の連続が前後に繋がっていくような…そんな暮らしの場。



と、

言葉の説明はイメージ先行してしまいそうなので!

大それたことはしませんし、ありません。笑

私たちseimeeと一時的に一緒に暮らす、なだけの軽〜いお話です。笑


「今日は何する〜?」から始まる朝の会話。

今日は何をしたい、を感覚的に瞬時に。


今、自分はどうしたい、どう在りたい、と一旦立ち止まり悩んだり。時にはモガいたり。


何もしない日をつくる。

眠り続ける日だってある。


外側の流れがある中で、

瞬間瞬間を自分の意志で選び、自分の生を創る暮らしは『何か』の芽吹きとそれを育むエネルギーを大いに与えてくれます。


意識的に繰り返し習慣化することで、

考えなくとも自然に、そのまま行為に映し出されてく時が来る。

『ありのままの自分』として。

それが、ヨガと共にある暮らしから私たちが体得した大きな財産。


観る目を見開いたまま、

感じる心を、発する力を開け放ったまま、そのままご自身のフィールドで活かしてもらえたら。


すぐに活かせずとも、

記憶に残ることでいつか活かせる時がくることを私たちは身をもって体験しています。



そして、それぞれの暮らしの融合は私たちを、

何が起こるか生まれるかの未体験ゾーン、未知の世界へと導いてくれる。その融合なる瞬間を私たちもたくさん触れさせてもらいたいと思ってます。



ここで規律化しているのは、

体内排泄時間帯、朝一の白湯摂取と朝食摂取無し。

アシュラム同様、朝の祈りと太陽礼拝は必須。

その他、瞑想、ヨガ、楽器の練習、自己調整時間の確保は各々で、といった感じです。


アシュラムのように厳守すべき多くのルールや時間割はない、ホテルや旅館、民泊のようなサービスはない、施設だけ提供されるキャンプ場やロッジとも違う。

このスペースで過ごすことを自ら選んで来ること、そのこと自体を探ったときに何かに気づくかもしれません。気づかないかもしれません。



それはアシュラムもココも、旅することも新たな出逢いも同じ香りがする、私たちはそんな気がしています。


さて、

レバンタールアーカーシャご利用ご希望の方へ、

先ずは私たちと面識がある方を優先にご案内させていただきたいと思っております。

 

すでに私たちのスケジュールと相まって夏先まで空きのご案内が僅かな状況で、お問い合わせいただいてもすぐ直ぐのご案内は難しくご希望のタイミングと一致しないかもしれないので心苦しいですが。。。ご利用方法をお知らせ致します。



【 ご利用方法 】


1ご利用に付き、お一人様、一組、もしくは一家族のみの受付です。


seimeelifeのホームページに内

『contact / お問い合わせ』より、

レバンタールアーカーシャ体験希望のお気持ちをメッセージにてお願い致します。

https://www.seimeelife.com/top


また、

一緒に過ごすに当たり、私たちの茶番をご確認いただきたいのでYouTube登録・視聴を条件とさせていただきます。笑

(半分冗談、半分本心です)


https://m.youtube.com/watch?v=ruRNp6Vgua0


レバンタールアーカーシャのルールは、

上記、朝のルーティンと各々の自己調整以外、特に設けておりません。

その時々の現場の流れと成り行き任せ、基本的にエネルギー優先スタイルです。


こんな流れの日もある↓

 https://www.instagram.com/reel/CdgH1eNpTA1/?igshid=YmMyMTA2M2Y=

movie by haluちゃん


ご利用料金は、現状、

使用した食材、アクティビティ材料費等はみんなで等分、マッサージやヨガセッションご希望の際は別途料金いただきます。

朝の太陽礼拝参加費や滞在費は指定無しで進めております。


瞬間瞬間に生まれることを尊重し合える関係性を、その場にいるみんなが心クリアな空間を。

そんな気持ちをベースにご一緒出来たら嬉しいです。


新ステージのseimeeを、

今後ともどうぞ、どうぞよろしくお願い申し上げます。


 


【 おまけコーナー 】


現状、

レバンタールアーカーシャでは滞在のご利用を優先しておりますが、滞在ご予約が無い期間にマッサージ、ヨガセッションを受け付けております。

セッションご予約はHPよりお願い致します↓


https://www.seimeelife.com/com


面識ない方のご利用におきまして、

ひと時でもお互いを知り合う機会としてご案内前にワンクッション入れさせていただく予定です。

私たちのリズムとしてご案内がしばらく先になりそうですが、可能になりましたら詳細を告知致します。




いずれ、

アシュラム丸ごと貸し出しなどもやっていきたいな、と思ってるところ。

実際にやってみたことないこと、やってみたいことってまだまだいっぱいある。

多分、死ぬまでやりきれな〜い!!


namaste.






 

 

私のお母さんは陽気で天然。



好きなところがたくさんある中、

尊敬して止まないところはどんな時も自分をさておき相手優先なところ。

どんな時も。それでいていつも笑顔。


例えば、

大勢の食事の準備を一人でしている時、外野から声が掛かっても目を顔を見て丁寧に応えてくれる。

時にはピタリと手を止めて。

時には火も動きも止めて。座り込んで。

次から次に来る人を相手してく。

そんな母なので、父や周りからよく

「要領が悪い」だの「時間にルーズだ」と言われ続けてきた。

それに対して母はいつも

「ごめんなさい、私、トロいからぁ」と

肩をすくめながら恥ずかしそうに小さな笑顔で答えてる。



私が小学生の頃は、

同じ学年の仲良しママ友に授業参観で「ウチの子の様子も見てきて」と頼まれては引き受けていた。


mee: なんで引き受けたの?

母: 誰も来ない...って、あの子に淋しい想いをさせたくないがね。

と。

私はそこに『見返り』を見つけられない。


 

私の実家は父が長男なこともあり、

よく親戚や友人が集まって大勢で食事会や飲み会が行われていて、母はその日の大勢分の手料理の仕込みからおもてなし後片付け、その日飲み潰れた人が出たら寝床作りまで。

翌朝はみんながゾロゾロと起き出せば、炊きたてのご飯と温かい味噌汁を出していた。


今なら「旅館の女将か〜い!」と突っ込みたくなるようなそんな日常を、当時の父の生業だった畜産と農業を日中は一緒にやりながら家事と子育てをやりくりしていた。


今ならわかることの一つ、

母は大きな行事やミッションが終えると決まって、体調を崩し寝込む人だった。食べることが大好きなのに一切食べずに2〜3日眠り込み、その後、ケロっといつもの母になる。まるで動物。

無意識に心身の自己調整をしてたんだなぁと、この歳になって自分も同じ道に触れようやく腑に落ちる。

いや、私たちも自然界の生き物だから当然よね。



毎日、農畜産業で泥土塗れだった母はある時、

「キレイになりたい」と、

子どもを優先しながらできる仕事として突如始めたのがPOLAレディ。

小さなレディは、小さな事務所で好成績をあげ続け、トントン拍子に自店舗を構える流れとなり、最終、鹿屋市笠之原町の自宅隣に増設というカタチで、資金は母一人で工面してエステサロンを開業した。


自分が必要とされることにすべて応えて、自分のやりたいこともやる超スーパーウーマン!!

私も大人になったらスーパーウーマンになろう、とずっと思ってた。笑


そう、

そのサロンの一角にて、私たちseimeeは2019年、タイ古式マッサージ鹿屋の旗を挙げた、という。

スーパーウーマンには程遠いのっかり娘。笑



母と私の話。


私は中学の時、母の膝元で呼吸から離れたことがある。


3歳から小児喘息持ちで、

夜中の救急病院と吸入、毎週の注射と飲み薬漬けだった私は薬剤の知識を付けた後、喘息発作発症しながらも病院にお世話にならず、幼少期に通った喘息のための水泳教室で教わった呼吸法を軸に、その後のスイミングスクールや水泳部に通うことでなんとか乗り越えていた。



発作慣れしていた私の想像を越えてきたある日の呼吸困難具合いは、様子を見に来た母が慌てて膝元に抱き抱えてもガチガチに塊りきっていたようで、

そのどんどん丸まってく私の背中を母は自分の膝ごと抱えながら「美絵、美絵!呼吸!」

「呼吸して、呼吸してー!」と必死に背中をさすり続けてくれた。


いつしか苦しい呼吸とは裏腹に私の心は穏やかで静か、何かが遠のいていくような感覚になり。

うっすら遠くから

「ダメ、ダメよ、美絵ダメだってー...」と繰り返し泣いてるような震えた母の声がしてた。

 

いつしかすぅーっと私の意識は遠くへ飛んでったような、軽くなったような。

ふわふわと、浮いっちゃったような。。。

 

どのくらい時が経ったのかはわからないけど、

しゃくり上げるようなすすり上げるような泣き声が聞こえ始め、身体が重くなって呼吸が苦しくなった。

温もりある大きな何かが私を包み込み私の背中をさすってた。


母だった。

母が嗚咽しながら私を膝に抱え背中をさすり続けていた。

 

こうしていつもいつも母は、

私が発作を起こす度に一晩中背中をさすってくれて、側に居てくれて、声をかけてくれてた。

他にやらなきゃならないことたくさんあるはずなのに、疲れて眠いはずなのに、合間にあったかい手を当てに来てくれたり、私にだけ特別なお粥作ってくれたりリンゴすり下ろしてくれたり。

添い寝してウトウトしながら寝言のように

「代われるものなら代わってあげたい...」と呟いてたり。。。



苦しい時だけじゃない、

悲しい時も嬉しい時も母は私を抱きしめ、一緒に涙したり喜んでくれた。

いくつになっても。


いついつどんな時も、

母は私を気にかけてくれて、いつも私は母に包まれ、母に愛され、母の愛情でここに在り。

母が在って私がここに生きてるんだなぁと心に深く空に大きく広く感じてる。あの日からずっと。


 

私を産んでくれてありがとう。

愛情いっぱい与え続けてくれてありがとう。

あなたの娘でよかった、っていつも思う、いつもいつも本当にありがとね。


あなたのお母さん、ばあちゃんにもありがとう。


母の日エピソード、最後に。


母を悲しませることはあっても怒られた記憶が一切ない私。初の一人旅にインドを選んだ私に珍しく苦い表情を見せた母。


旅立つ間際に私は、

「私が悔いなく幸せに生きることが一番の親孝行だと思ってる」と両親に宣言し、母にハグしたら泣き崩れながら送り出してくれた。


そう、お母さん。

私はあれからずっと、今も、今この瞬間も幸せいっぱい満たされてるからね。


 

【 おまけコーナー 】

 

今年明けたくらいに、母がまるみえ日記を、

この記事読んだようで↓

https://ameblo.jp/kokopelli-record/entry-12716061753.html


私に向かってガッツポーズしながら

母: さすが私の娘だわ〜って思ったよ〜

と。笑


そしてドヤ顔で

母: この娘、私の娘よーーー!!!

って空に向かって両手広げて叫んでた。笑


ちなみに、

私が初のインド一人旅の時は

『子が戦場へ向かう親の気持ち』を味わってたんだそう。。。大袈裟!笑笑


わたしのおかあさんは、こんなお母さん。


残りの人生、自分のために長生きしてね❤︎

 

世の中の母へ、母なる大地へ、母という存在全てに尊敬と感謝を込めて。

お栗さんが斜め🌰向いとる!

 

 

 

 

 

 

 

 

守り抜く何かを持つこと、

信じ抜く何かがあること、

反対に、何も持たない、何も信じない、

信念を持たない、という信念。


それが一人一人の生命の証となるのだろう。

その証は、自らその道を選んでる自分を知るためなのかもしれない。


お庭の焚き火で寒さを凌ぎながら、

せっせこ2人で、お家手直し兼アシュラム創りに力注入してたら、春が来てました。




お話は遡ります。

私たちの『お家探しの旅』が始まったのは結婚後の2012年頃のこと。


四万十に惚れて移住を考えた四国の旅で、

出鼻へし折られ、心折れた時期もありましたが、オーストラリアから帰国後は再び九州の中古物件に的を絞ってお家探しを再開し、テント暮らししながら、店舗運営しながら、何軒も何軒も古いお家拝見をしてました。


宮崎県日南市の山付き物件や鹿児島県霧島市の温泉付物件など、心動かされる物件はありながらも金額に手が届かないなどありつつ、どこか2人の納得には至らず、を繰り返し、2人の「ココだ!」を探し続けてました。


*四国の出鼻折られ旅はこちら↓

https://ameblo.jp/kokopelli-record/entry-11451676874.html


そんなこんなの2021年、

店舗持続が困難な社会現象、

朝日町202がお気に入りだった愛猫の他界、

と、それぞれの循環ある現象から、私たちがあの場所に留まる意味を問われたように受け止め、新たなステージ展開へ目を向ける時なのかな…の、そんな時にその門を開き繋ぐ一歩となったのが、


こんなお家に住みたいな "

を、meeお得意の絵に描いて図面にしてみて

と、せいちゃんに言われました。


頭ん中にある想像の世界を、お家、お庭、周りの風景をサインペンでテキトーに描いて冷蔵庫に貼り出してみた。


その約1ヶ月後…


肝付町の空き家バンクにて、築30年くらいの一軒家に出逢ったのでした。


海、山、川、畑に囲まれた環境、家の間取り図、私が描いた絵のまんまと言っていいほどのお家がそこにありました。


敷地入口には私たち2人の大好きな2本の大きな木がお出迎えしてくれるかのようにそびえ立っていて、それだけでも2人して目を見合わせ驚いた中で、それを越えて、私が望んでいたこと、山から湧き出るお水が利用できるサプライズ付き!


この辺りの家々の水道はすべて集落に管理された山水が流れ出てくるという…!!


そして何より、

持ち主さんがこのお家を大切にしていたのであろう、築30年、現状空き家、とは思えないくらいお手入れ、お掃除が行き届いている状態で、空き家バンクではあり得ないだろう、手直しせずにそのまま住めちゃう、お風呂もトイレもピっカピカ!!


そんなお家が120万円。。。


2人で奇跡だと思った。

内見時、

持ち主さんにお願いして身一つ、寝袋持ち込んでお泊まりさせてもらったところ、夜空、静けさ、陽当たり、お家のサイズなどなど挙げたらキリがないくらいにドンピシャり、私たち好みが揃いまくってるお家でした。 


「 ココだね!


と、seimeelifeの新ステージが始まったのでした。


さてさてこのお家、迷うことなく即購入しましたが、ここで一つ


せいちゃんは御曹司ではありません。笑

父の遺産相続、一切ありません。笑


タイに所有していたコンドミニアム話以来、

「実はせいちゃんは御曹司だ」とか、

店舗閉店し活動休止していたことで

「遺産相続があったからだよ」などと耳にしますが

seimeelife常にマネーはギリギリlife、

現状赤字lifeでやっとります。

眉間のシワやばめを乗り越え、目尻のシワ増量中、笑うしかない状況でございます。笑


チャイとせいちゃんの家ラジオ聴いて下さってた方はご存知でしょうが、

オーストラリアで家無しの車生活やガレージ生活、日本国内、鹿屋市でリアルテント生活してきた私たち。


東南アジアや中南米、北アフリカを2人で旅してきた中で『リアルなその日暮らし』の生き方に触れ、そこにある大切なことに気づかされ、それらが私たち2人の中心を知らぬまに築いてくれていました。


その大切なことが常に私たちの生き方の中心にあります。


この度の、

朝日町居住、店舗運営継続を足踏みしていたそのタイミングでこの物件、お家にご縁があったのは私たちの中心に触れる有り難い流れで。

目の前で起こり続け流れゆく大きな現象をそのまま受け入れつつ、その受け入れてく行為の中にも必ず選択できる瞬間があって。


その都度、目を見開き、2人の中心に寄せた選択をする、自分が納得いく選択をし続けてきた結果がここに繋がってて。


大きな流れに委ねる中で、

その時の風のしらせに耳を傾けながら自分たちの生き方を暮らしに反映させた小さなseimeelifeの流れがここにあります。


いつしかこの小さな流れが大きな流れと穏やかに交わる日が来るのかな。来ないのかな。

なんて想いながら。。。


この歳で貯金もないけれど、

明日に不安を抱くこともなく今の暮らしに不満もない。

内側は満たされたその日暮らしな毎日です。


今このタイミングで一攫千金得たとしても、ステージやフィールド、立ち位置が変わっても、この生き方はそう大きく変わらないんだろうな。

と、ここに文章を記しながらそう思っているところ。


朝日町所在の店舗運営中、

サポートしてくださった方々、ご贔屓に通ってくださっていた方々に対し、店舗終了の際は心苦しさもあり正直悩みまくりましたが、私たちがやりたいことで進みたい道で私たちが出来ることをする、そこに相対的バランスを、そこに双方の愛の育みを、全体の調和を見い出している次第です。


話が逸れました。

新たな活動スペースseimeehouseのお話、本題へ。


入したこのお家、

そのまんまで住めるけど、住みながらより快適に、より自分たち好みに、療養所的空間、アシュラムにしていく作業をコツコツと進めていたこの冬。


お家丸ごと、

そして一部屋ずつ私たち色にリフォームしてく作業は、311東北のボランティアや石巻にある『四季彩食いまむら』さんでのサブ的改修経験程度の私たちの腕前じゃなかなか前に進めずで、

1歩進んで10歩ぐらい下がってる…と嘆く毎日。


あーだーこーだー言い合い、時に言い争い、

「あぁぁー、こうなっちゃった…

ホントはこうしたかったんだよ…」

と"やってみてわかること壁" にブツかったり。


お絵描き大会が始まっちゃったり。笑



「こうしたいんだよ〜」と、

これまで気づけなかった相手のこだわりを知ってく楽しさに出会ったり。

それを観て自分のこだわりにも気づいたり。

これだけ長く居合わせた2人にも知らない一面があったことを知る喜び。


そんなちっぽけな楽しさや喜びも創作するエネルギー源となっていく循環を実感し、2人の絆も紡いでた。


予想の何倍ものエネルギーを費やしてきたけど、こうしてカタチにしたい一つのものを二人で創り上げていく行為、プロセスそのものに価値があると実感しています。


心満たされながら頭と身体フル回転の納得いくスペースづくりは、この地球、宇宙という空間の中に2人が想い描く空間をカタチにしてく創作の時間であり、ここは私たちの作品の一つとなりゆく。


そんなことを思いながら作業するおもしろさ、楽しさったら。


やれば、やったら、やった分だけ、

少しずつ、ほんの少しずつだけど、わかってく世界なんだなぁ〜


何も無かった大地にカンカンコツコツひょぃっと建物を通して空間創りをしてる大工さんや職人さんたち、アイデアを、図面をカタチに興してくことの凄さ!


建物一つ建てる前のベースづくりだって、

穴埋め、異物取り除き、地面を水平にならすところからなワケで、それぞれがそれぞれの役割を担って構成されていることの魅力。


これまで全く興味がなかったプラモデルやLEGO、大の苦手なメカニックもの、ちんぷんかんぷんだった物体の構造や解体までもぼんやりうっすらと頭に浮かんで視えてきた私。


この期間でこの歳で、

現実的に "物" を組み立てること、創造してくことの楽しさを知りました。


屋根塗り、壁塗りでは、

子どもの頃大好きだった "ぬりえ" を思い出し、大きなキャンバス相手に想像を創造してく、画家になりきって全力でぬりえして。


天井抜きや屋根裏作業は、

木登り、鉄棒、うんてい、ジャングルジム遊びが呼び起こされ、子どもの頃の遊びの記憶、その浸透具合に驚き、十数年継続してるヨガアーサナで養った身体の柔軟性の活かされ具合に自分で自分に感動し、本気で遊んでた。


作業を作業としない『創る』毎日は

アートの連続で、この空間の中で自由に軽やかに舞ってるように動く姿そのものが、

それはもう『生きてることがアートな状態』という感覚。



一人一人の生命がこの宇宙空間に存在するそのこと自体が、人生模様そのものが、アートであって、私たち生命物質すべてがこの宇宙のアートの一部なのかもしれないという感覚さえ起こる。



動き流れ続けるアートは一つで

そこに生命の数だけストーリーがあるね。




なぁんて、

そんな見方をし、おしゃべりしながら

seimeeリズムでseimee遊びをしていたら

春の風を感じ始め、芽吹きの匂いがそこらじゅうに漂ってました。


そろそろアシュラムの窓口開放できるかな、というところです。


まだまだやることだらけだけど、

完璧や終わりはないと実感しつつ、これが私たちの道としては完璧!な流れだと信じてます。笑


大変長らくお待たせし致しました。

ようやくお知らせです。


この度の施設、アシュラムは、

日常だけど日常じゃない暮らしの体験スペースとして、いま今 "何か" を必要とする方を優先に、お一人様、もしくは一組ずつ、納得されるまでの期間のご利用をご案内をしていきたいと思っております。


そのためご利用者のプライバシーを尊重することに重きをおき、考えた末に言い難いことですが、突然のご来訪をご遠慮いただきたくこの度の施設の住所の公開は致しかねます。


施設の詳細、ご利用方法等、

今後のseimeeの活動の内容、行方は、

近日中4月にはseimeelifeホームページやこちらのブログやInstagram、Facebookにて具体的にお知らせ致します。


それ以外にも!

ポッドキャストにて配信中の

チャイとせいちゃんの家ラジオにて、

せいちゃんのゆるゆるトークで放送予定です。


いつもいつも私たちの活動を温かくお見守り下さり、そして気にかけて下さり本当に有り難く思っております。

これからもみなさまの一部としてどうぞよろしくお願い申し上げます。

seimeelife



 おまけコーナー 


知らないことがあることを知ること、

でも知ってるだけがすべてじゃないということ。

体験して少しずつ少しずつ、あっちゃこっちゃしながらわかっていく世界。

だものね。


大工さんをはじめ、食材を調理する料理人、髪を調整する美容師さん、音を生み出すミュージシャン、服飾、webデザイナーさんも、会社で企画立ててるお父さんに、毎日ご飯を作ってるお母さん。

何かを生み出し創り出してくことって、当たり前の日常でみんながこなしていたことだった。

みんな同じ、みんながクリエイターだったんだなぁ。


そんなこと思ってたら、

見えないコトを見えるカタチにすることも、

在るモノをより一層魅力あるモノへ変換してくことも、生命あるものみんなが毎日毎分、それぞれの『役割』を外したそのまんまの姿で自分の気持ちや想いを通してやってることだった。

と、思ったらみんながアーティスト?!


みんながクリエイターで

みんながアーティスト◎


全うしきった生命、もっと生きたかったかもしれない生命、一つ一つの想いが来世へと続いていくのなら、それもまた循環するのなら。。。


ここに在る、この命を全力で生きることが今の私にできる小さな明るい循環づくりなのかもしれない、とそんなことを思う。


今世に恵まれた命、

私はこの生を全うするために

ここに生きることに集中したい。

よりクリエイティブに、

よりアーティスティックに✴︎


今日もありがとう。

今年はひと足早め、誕生日前に内側の大掃除。


昨年から今年半ばくらいにかけて
人生で数えるくらいしか起こらないだろう
内側大騒動、大変革の時を迎えてた私。



初めてこの『自分』を投げ捨てたくなった。
初めて『自分』を大嫌いになった。
私なんか消えてしまえばいい、と
何度も汚い涙を流した。
独り、孤独の体験。

どんなに考えが異なる人でも受け入れることができる、向き合えば一つになれると思ってた。


愛する人の望みはどんなことでも受け止められると思ってた。
想い合ってたら、愛し合ってたらどんなステージでも分かち合うことが出来る、一つになれると思い込んでた。

『思い込み』と目の前の『現象』が

ズレ始めた時に生まれる " そんなはずがない" と、自分に過信してる時に湧いてしまう

" 私にできないはずがない" の連続絡み合い。



人の悲しみをスルーする友人を他人だと実感し

女の視点を嫉妬でくくる夫を男だと痛感した。


誰も悪くない、誰も間違ってないのもわかってた。

それでも、

他人事扱いしやがって、

ぜんぶ受け流しといて平和気取りかよ、いつまでも自分誤魔化してわかってるフリしてんじゃねーぞ、このおたんこなすぅー!!!!!

と、内側で叫びまくってる私がいた。

そしてその反対側で、

自分の愛情とキャパシティに限度が視えてしまったことが信じられず、私はそんなにちっちゃくない!と、何度も自分を疑い、何度も内側のスペースを確認してる私もいた。


悲しみ発展の怒りが収まらない私と

キャパ超えした自分に落ち込む私を

行ったり来たりしながら自分に何度も問いかけた。


人間は、私は、
私を悲しませ続ける人を許し受け入れることはできるのだろうか。
母親が我が子を愛すように私は自分以上に誰かを愛することはできないのだろうか。
この先すべてを受け入れることは私には出来ないのか…


可能な限りすべてを受け止め受け入れてたいのにそれができない自分の未熟さを責めた。


そして大切な人だからこその、

そこに開けないときの辛さ、

それが出来ない自分自身を受け入れられない

苦しみが芽を出した。


そんな苦しみもあるのか…


外から自分を眺めながらも内側は納得いかない自分にモガきまくってた。


受け入れ方がわからない……


答えが、出口がわからない……


みんなはどうしてるの?


あなたの内側はどうなってるの?
と、当時、モガいた末に外側に答えを求めてしまった私。


あなたの大切なものへの愛のカタチをみせてくれと友人に問いかけ、夫の『自由』を奪った。

友人はさておき、

自由をこよなく愛してる人から自由を奪う、

夫をコントロールしようとしてる、

大切な人を支配しようとしてる私…


自分の悲しみを越えた

『最大の苦しみ』を生み出した。


そんなことをする自分を許せず、

そんなことをしてる自分に納得いかず、
自分を軽蔑した。

自由じゃない彼の隣に居るのが息苦しくなった。
愛することでこんなに苦しむなら愛することをやめたいと思った。
愛し愛されることから解放されたかった。


彼をラクにしてあげたかった。
私もラクになりたかった。


出逢って17年、夫婦になって10年以上、
初めてseimeelifeを終えたいと思った。
手震わせながら離婚届けというモノに触れた。

呼吸は乱れまくり、涙は止まらなかった。

呼吸は内側を語り、身体は正直であることを

再確認した時。




大切にできるモノの数は少ないんだよ

そう私に言い残し、最愛の猫は旅立った。

彼は自分の死と引き換えに、

今にも消えてなくなりそうな私に

『本来の私の生きる道』を照らしてくれた。

私の大切なモノ……

苦しみに気を取られ、

私の真ん中にある気持ち、

自分で自分を解ってあげられてなかった。

私が『今の私』をちゃんと観てあげられてなかった、自分で自分を受け止め受け入れてあげられてなかった。


そうだよね、私はここにいたい。
せいちゃんの隣にいたいんだよね。


そう、私は知ってた。真ん中はわかってた。
真ん中は隠せない、在るものを無いことになんてできない。事実はここにある。

真ん中は

誰もコントロールすることなんてできない。


こんな私を彼が許してくれるなら、

分かち合えなくていい、一つになれなくてもいい、一緒に生きる、それだけでよかったんだ、と。


大きな宇宙の片隅で
小さな存在いっぱいに
自分の感覚を強く信じ抱え込み
生命のもつ愛に、自分を全うすることに
呼吸あらげながら全力で生きてる
一人のちっぽけな中年の女、私、

『mee』をそこに観た。  


そう、私は特別じゃない、私は仏陀じゃない。

私は完璧じゃない。

私はおバカ、

そう、いくつになってもすっとぼけのmee。


すべてを受け入れる、誰とでも一つになれる、

って「お前は宇宙か」と

一人つっこみしながら自分で自分を笑った。

内側から小さくクスっと笑えてきた。 


苦しんだり笑ったり、そんな人間らしさ全開の私。とてつもなく愛おしく思えた。
ピヨっコmeeちゃん、今までよくがんばったね

と自分で自分を褒め讃えた。
ひとり、ここまで貫いてきたことを誇りに思った。



ここに自分が在る喜びに涙が溢れまくった。

闇から光へ、内側がまるごとひっくり返った。

本当の自分を知る真髄に触れた体験。

30年以上になるかな、
小学2年生の頃、ふと内側から湧き出てきた私の小さな思想、

それ以来秘め続けてきた思い込み

『誰とでも一つになれる』を手放した。


何十年も繰り返してきたそれに向けた思考のパターンや癖、感情や言動の表現の仕方は、

自動的に意識ある中で変換されていくのを感じた。


『つるん』と、私は純化されてった。


私は変わった。
剥けた。
軽くなった。
まん中に寄ってきた。


この繰り返しだね。

そしたら新たなステージが開け新たな景色が広がった。


立ってる位置で見える景色が異なる気づき。


その気づきは一人一人の体験やステージが

巡るリズムや順番で異なる発見へと導いた。


一人一人立ってるステージは異なる、

それぞれが『その時のベスト』を尽くしてる。


その気づきは私の内側を広げてくれた、

内側がふっくら豊かに、そして少し自由になった。


当時、受け入れることが出来なかった人を

このど真ん中に受け入れ包み込むことができた。

誰しもが平和を望み仲良くいたいなら

考えの違いじゃない、

それぞれのその時のステージ、

それぞれのそれまでの体験の有無、その道を通ってきてるかによる視点の違い。


それに加え、

それぞれ育ってきた環境、家族構成、歩んできた道、経験内容により形成された考えやパターン化していく言動の癖も異なる。

意識しててもなかなか排除しきれないそれらを抱えながらも、また、それに気づけずに人は自分以外と共感したい、されたい、共鳴したい、一つを感じたい生き物なのかもしれない。

だから人は苦労するのかもしれない。

だから宗教が生まれ、ヨガが生まれ、瞑想があり、メンタルセラピーがあるのかな。


昔の人も現代の人も、人間、みな、内容は違えど同じようなことに悩み苦しむんだろうな。


と、もしかしたら

その人もその人の視点から同じようにこんな風に思ってるのかもしれないというパラドックス的話。


これがステージの違いで、巡るリズムの違いで

すべてが循環してるこの世界のおもしろさ。


『時間が解決する』とは巡るよ、

ってことなんだろうね、それぞれのために、

みんなのために。


すべては巡る、すべては一つ。繋がってる。

過去も今も。今も未来も、その人も私も、その人の過去も今も、今の私に。

そしてまた巡ってその人の未来にも。 



気持ちの根っこに向き合ってあげることが

100%心自由に生きるに繋がる発見かもしれない、と、巡りめく循環をここに感じるままに、


あの時は未熟でごめんね。と、恥ずかしさ半分

当時とその後の私のありのままの気持ちを

正直に本人に伝えた。


そしたらそれまで置き去りにし続けてた

『悲しんでた私』は消え去った。

私の悲しみは、誰かに、その人に

受け止めてもらう必要はなかった。


自分が自分に納得いくよう飾らず正直に、

相手を傷つけることなく自分がが感じたままに

相手に伝えるだけでよかった、

気持ちの循環をさせるだけでよかったんだと内側はクリアになった。


自分で自分の傷を受け止め、自分で洗い流す力の発揮。


エネルギーがいるけど、

ちょっとビビっちゃうけど、

自分を癒しきれるのは自分でしかない、

自分を受け入れきるのも自分でしかない、

と再確認した時。


そして

それを循環させてくれる相手が、

私以外が存在してること、

それはもう『ありがとう』しかない。


出逢ってくれてありがとう。

たくさんの気づきを与えてくれてありがとう、

あなたは私にとって神遣いだよ、と心から感謝に変わった。 


愛する人、
せいちゃんは出逢った頃から何一つ揺るがず変わらずそこにいた。

渦中、苦しみマックス、

呼吸乱れまくってる私に向かって彼は

「俺のことは俺が決める。俺はぜんぶ自分で選んでこうしてる。君の望みだろうと指示だろうと、誰が何と言おうと俺が納得しないことには従わない」

と言い放ってきた。

愛する人の自由を奪ってしまった自分を責め続けていた私を知ってか知らずか、
彼はその言葉で、彼そのもの、存在で、大切なことを思い出させてくれた。

自分を大切にすることの真意。


私が彼の自由を奪ったのではなく、
彼自身が自由意思でその道を選んでた。

せいちゃんはせいちゃんのまんまだった。
何があろうと、自分を信じ貫く人。
そう、それが私の好きなせいちゃん、

私が惚れたせいちゃんだっだ。

分かち合えない、と思ってた私が彼をわかってなかった。


彼は隣で私をずっと見守ってくれてた。

ただただ私を受け止めてくれてた。


全身からありがとうとあたたかい涙が湧き出た。


「2人でいろんな体験して、そのプロセスを味わうんだろ、苦楽を共にするんだろ」

私たち2人が大切にし続けてきたことを再確認させてくれた。

このステージでせいちゃんと一つになる実感が欲しかった自分の欲に自分自身が縛られ、息苦しくなってただけだった。

すでに、常に私たちは一つだった。


おバカな私が大切なことを見失い、思い出せず

この世界の重要なことに気づけず、過信して引き起こしてしまった内側大騒動。

私の苦しみは私自身の内側がすべて生み出してた。


ー 死者1名、41歳半ばまでのmee ー

私の内乱は静かに終戦を迎えた。



2021年、実りの秋。奇跡は起きた。


私は宇宙からでっかいギフトを受け取った。

手放したはずの『一つになれる』という
小さな思想は私のもとに、ココに、実感というカタチで返ってきた。

『meeが訴え続けていたこと、ようやく深いところでわかった。コレは頭で理解出来たとしても自分の身にふりかかって体験しなきゃわからない…

嫉妬だと思い込んでてごめん…意識の在り様…気づけずずっと苦しい思いをさせてしまったね、今まで一緒にいてくれてありがとう。』


せいちゃんからの言葉。
びっくりした。

彼に巡るリズムで、彼の今のステージで、

彼自身に起きた体験で『当時の私の気持ち』を分かち合うことができた。

諦めようと水に流した気持ちが重なった。

合流した交わった瞬間の喜び。

私たちはこのステージでも一つになれた。


その後、2人が思う意識の在り様についてとことん話し合った。


こんな日が来るとは思ってなかった。

こんなことってあるんだなぁと思った。

奇跡の訪れ。


お互いがお互いの枠を外し合い2人で豊かになった。

苦と楽、裏と表、月と太陽、seiとmee、
二人で一つのseimeelifeの実感。



逃げずによかった。
放棄しなくてよかった。
お別れしなくてよかった…
あっちゃこっちゃしまくったけど、

私の大切なモノの道しるべは、

私は『私の道』として間違ってなかった。



ここから先もまた、
2人の中心からはみ出したり、右へ左へ行ったり来たり、ぶつかり合ったり笑い合ったりと、ゆらゆらしながら2人一緒に一歩、一段と歩み進めてくんだろうな。


愛する人がいる、

大切にしてることがあると苦しみを生むことがある。

だけれど自分の想像を超えた幸せの実感も生む。

できるだけ自分の考えに決めごとを作りたくない、価値観を持ちたくない私が2021年半ばに決めたこと。
苦しみを伴うことを知ってても愛することを、
意識はこの世界を超えていけるとしても

生で愛に触れ合う選択をし続けていこう、と。


これにまた縛られるのかなと思いつつ、

これには縛られてみてもいいかな、という気持ちで。
そしていつか手放す時が来るとしたら

それは巡る時のサイン、そんな感じでいるところ。



知って、体験して、実感して再確認したら、

頭ん中にある知識と経験手放して、

真ん中に正直な自分が進むままへ。

純粋な自分に近づくよう。


その繰り返し。これが私のピュア道。


意識ある限り純度100%にチャレンジし続けてる。

そんな感じかなぁ。


何を優先してるかで巡るリズムの速度が
何を大切にしてるかで巡るステージの展開が
変わってくるような、
自分の気づきと純化次第でリズミカルにステージが広がってくような、

難しいことはわからないけど、

言語化は言葉の枠をつくってしまうけど、

今の私はそんな気がしてる。

私が立ってるステージは今ここ。

明確にわかってることは

肉体、生命、呼吸、体験、思考、気持ち、

エネルギー、すべてが巡ってるこの世界に

私たちは一つの宇宙の循環の中に

いるということ。


吐き出す呼吸、吸い込む呼吸が象徴してる。
私は満たされてる。

愛そこらじゅう◎

生命あるものに満たしの瞬間を。
満たしの循環を。

みんなみんな、ありがとう。愛してる。



【 おまけコーナー 】

移転、お引っ越し先のご近所さん宅に

挨拶に行った時のお話。

「大好きでとても仲良しで何するにも2人で一緒だった夫がいなくなって、今1人なの。
あなたたちが来てくれたから賑やかになりそうね、私も元気になれるかな、、、毎晩泣きっぱなしでね…」
と、そのおばちゃんは話し出した。

亡くなられたのかな…

「夫は施設に入ったの。この家で私が全部世話してあげたかったんだけど私には出来なかった…介護職に就いてたのに、ほんとはずっと一緒にいたかったのに私には面倒みきれなかったの………

周りに死んだんじゃないんだからぁ、って

言われるんだけどね…」

と、色眼鏡のレンズとマスクでどんな表情をしてたかは見えなかったけど、おばちゃんの毎晩泣いてしまう苦しみがとてつもなく伝わってきて思わず私が顔を崩して泣いてしまった。


愛する人のすべてを受け止めたいのに
受け入れることが出来ない自分に苦しむ姿。
言葉にはしてないけど

自分を自分で責めてしまってる姿。


そこに『以前の私』をみた。

そこにもう一つ、

すべてを受け入れる母なる大地のような、

『女』という生き物の本質なのか本望なのか、大きな何かと重なるものをみた。


おばちゃんも私も、小さな関係性、

夫婦という関係の中で『女』という『性』を

全うしたかったのかもしれない。


私たちは妻だけど母親でなくていい。


その時、せいちゃんのお母さんの存在に、

母親という役割にこれまで以上に感謝が増し、より一層愛着が湧いた。

お義母さんをもっと頼ろうと思えた。


私たち女性は

愛するパートナーがいると『自分は女』という認識が強くなりがちだけど、

女性である前に『一人の人間』であるということを

おばちゃんも私もパートナーに思い出させてもらったんだなぁ、と頭ん中巡らせ涙拭ってた私に、


おばちゃんは

「夫婦は苦労するものよ、でも絶対離れちゃダメよ。

いつも一緒に居なさいよ。

どこ行くにも何するにも一緒にね」と言ってきた。


mee : はい。

でも、もしケンカして泣きたくなったらココに来ていい?その時はお話きいてほしいな。

おばちゃん : いつでも来なさい。meeちゃんの話聞くわよ〜いつでも遠慮なく来なさいね。

でもね、私は同じようにseiちゃんの話も聞かなきゃよ」って

せいちゃんの方を見てニコっと笑ってくれてた。


更に涙が出てしまうくらい、内側があたたかくなったおばちゃんのお話でした。


そしてもう一つ、そのおばちゃんのお話を。

先日、おばちゃんちのお庭で
気持ち良さそうに日向ぼっこしてる野良猫に

「シッシー」と言いながら追い払ってるおばちゃんを観た。


イタズラされたことあったのかな、

猫嫌いかな、猫アレルギーかなと、

おばちゃんち事情があるのだろうと過ぎってたが、おばちゃんの理由は、居着いちゃうから、だそう。

『居着く』とはおばちゃん視点。

お庭とは言え何の隔たりも無い空間、

野良猫視点でおばちゃんの行為はどう映ってるのかな、と疑問を抱きつつ、

我が家では1匹のハエに向かって
「あ〜もー!いつの間に入って来たのー!」

なんて言いながら手で払い除けてる。


私たち人間って………


こちらのステージでは今ここな私、

すべてを受け入れるには程遠き道のり…ということ。笑


おばちゃんが猫の日向ぼっこくらいなら、と
ハエが我が家を出入りしててもまいっか、と
そんな日が来るまでのんびりゆこう、と


今日も我が家のお庭で日向ぼっこしてる野良猫さんに話しかけてるseimeeでした。


seimeelifeアーシュラムなどのワクワク現状報告はまた後日、改めて記します。
こちらも奇跡だらけのストーリー。

この度も読んでくれてありがとうございました。


明日、12月22日で42歳、

私は関わってきたすべての生命、エネルギーでできてます、みんなに感謝を込めて。


この素晴らしい世界に誕生させてくれてありがとう、両親へ感謝を込めて。


これからもよろしくお願いします。合掌。


明日は冬至、

誕生日恒例、南瓜を食べよう。