一部が冒頭からライブ
二部に切り替わると、歌合以降の物語を振り返る形式で進みます。
コロナ禍
これは、筆者がそのまま経験したことでもあります。
もちろん観劇が好きな方達みんなにとって、同じ経験となりました。
コロナ禍による様々な物事の流れが寸断されました。
その中でも、一番最初に公から止めろと言われてしまったのが「演劇業界」でした。
刀ミュも、ちょうど新作「静かの海のパライソ」が上演中、数公演してから全てが中止となりました。
その時はまだ、今回のような「全公演配信」もありませんし、「初日配信」もありませんでした。
千秋楽の日に、ライブビューイングと配信があるという環境。
もちろん、パライソについても、千秋楽の配信は計画されていましたが、最初の公演は記録映像しかない、配信用の映像撮影はされていない。
その、最後の公演のカーテンコールの挨拶の映像が流れました。
観たいと思ってはいましたが、なにしろ記録用です、出してくれないだろうと、思っていたのです。
それを出してくれた。
そして、おそらくここからが多少受け取り手によって感覚が異なるとは思いますが、パライソに出演されてきて役者さんたちか、「その公演で終わってしまった時の挫折感絶望感」を、1人の人間として、カメラに話してくれているもの。
刀剣男士の衣装も着ていない普段の様子です。
筆者は、「一番辛かった公演の矢面にいた人たちが、その時のことを振り返ってくれてるんだなあ」
そして、この公演で茅野さん始め、運営の皆さんが「この時の全ての人たちの辛さを、全て昇華させようとしてくれてるのだな」と、感じました。
パライソだけでなく、心覚も、天狼伝の再演も、一部公演がなくなりました。
そして、前回の音曲祭へ。
ここで、初めて、「全公演配信」ということをしてくれました。
緊急事態宣言は出たり終わったり、でも、行動に制限を「してください」というお願いをされ、人が他人を見て、見張っているような、そんな息苦しさのあるときでした。
この時は演者さんたちも皆、ホテル暮らしで移動を極力コンパクトにしていたそうです。
最近見始めた方や、キャラクターとして楽しみたいという気持ちの強いファンの方には、この演出疑問を呈したいのかもしれません。
しかし、刀ミュという大きなカンパニーも、「演劇人」という、演劇を生業としている人間たちの集まりなんです。
もっと言えば、おそらくパライソ出演メンバーの懐古する部分は、その時辛かった働く人たち全員の象徴なのではないかと思います。
そういういろんな人の辛さを肯定した上で進もう、進まなくてもいいよ、全部そのままでいい、と言ってくれたのが心覚での水心子のセリフに集約されている。
この演出を観て 茅野さんたちの優しい演出を感じ取れないのであれば、その人たちはおそらく演劇を観るのに適していないんだろうと思います。
どんなに華やかで、美しい舞台があっても、作り上げているのは、人間です。
人間が、苦心して、長い時間をかけてそれこそ地べたを這いながら作り上げているものが、舞台芸術というものです。
そこには、人がいるんです。
今回の二部の演出、筆者にはとてもとても、温かいものでした。
次で内容に触れる感想を書きます。