モンスターペアレントを受け入れる企業 (1/3)
親と一緒の入社式は新しい流れになるのか――と書いたのは5月3日付の「産経新聞」(電子版)だった。親の入社式への出席を歓迎する企業側の狙いは、どこにあるのか。これも、企業の変化の兆候なのだろうか。同記事によれば、静岡銀行グループでは2008年から新入社員の親を入社式に招待しているという。今年の入社式には222人の新入社員に対し、150人の親が出席したそうだ。
それだけではない。同グループでは、入社式前に親だけを集めて、頭取自らが業界を取り巻く環境や勤務内容について説明したというのだ。それについて、「社会に出れば不安もあり、生活も大きく変わる。新入社員は研修で社会人として成長していくが、銀行業務を保護者にも理解してもらい、サポートしてもらいたい。親から推薦されるような会社でありたい」と、静岡銀行広報室は説明したという。
*** 大学でも会社でも親が付き添い ***
産経の記事は、「採用やその後の社会人生活で親を味方につけることで、ブランド力を高めることが狙いだ」と解説する。親も取り込んで「応援団」にしてしまおう、というわけだ。
そうした狙いは、分からなくもない。しかし、なぜか引っかかるものを感じるのも事実なのだ。親が付き添って入社式に参加する新入社員が働く銀行に、信頼感ではなく不安を感じてしまうのは、果たして少数派なのだろうか。
企業についても、親の力を借りなくては新入社員教育ができなかったり、親まで動員しなくてはブランド力を高められないのでは心もとない、と言うしかない。
産経の記事も指摘しているが、こうした親がしゃしゃりでてくる現象は、大学で顕著になっている。我が子の入学式に出席したがる親が多すぎて、整理券を配布して入場制限しなければならない大学が多発しているそうだ。
入場制限こそしていないものの慶應義塾大学では、2010年まで親は入学式場とは別の会場でモニターを見ていたが、昨年からは親も子どもと一緒に入学式に参加する方式に変えたそうだ。子どもの入学式なのか親の入学式なのか、分からない状況になっている。
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その流れの延長として、親が入社式にも出席する傾向が出てきているというわけだ。つまり、親離れできない子どもと子離れできない親が増えているのだ。*** ニートが減らないのは子離れできない親が多すぎるから ***
「ニート(Not in Education, Employment or Training=NEET)」という言葉が注目されてから、ずいぶんになる。学んでいるわけでもなく、働いているわけでもなく、働くための訓練を受けているわけでもない、つまり「無業者」の若者を指す言葉だ。
厚生労働省は「15~34歳で通学や家事を行っていない者」を「若年層無業者」と定義している。内閣府との定義とはちょっと違うが、統計が継続しているという意味で厚生労働省の調査を取れば、1993年の40万人から2002年に64万人になり、2010年には少し減ったものの60万人がいることになっている。つまり、通学もしなければ家事もしない、もちろん仕事もしない若者が60万人もいるということだ。
それほど多くの若者が仕事もしないでふらふらしていられるのは、遊んでいられるほどの財産を持っているからでは、当然、ない。国が面倒見てくれているからでもない。親が面倒を見ているからにほかならない。住むところから食費、へたすると小遣いまでも親が与えている。
その存在がクローズアップされた時、「親が子どもを放り出すべきだ」という意見を心理学者に聞いたことがある。住むところも食事も自分で調達しなければならないとなれば、ニートをやっていたとしても働かざるをえなくなる、という理屈だった。その心理学者に限らず、同じ意見は多かった。
しかし、ニートの数は激減しなかった。親が子どもを放り出せなかったからだ。子ども側がしぶとい、ということもある。それ以上に、親が子どもを放り出す踏ん切りがつかなかったことの方が原因としては大きいと考えられる。つまり、子離れできない親が多すぎるのだ。
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就学や就職を人並みにやっている子どもの親でも、ニートの親同様に子離れできない親が多数いる。そうした親が子どもの入学式に出席したがり、さらには入社式にも出席したがっているわけだ。*** 追い払うのか、利用するのか ***
企業としては、社員の背後に、そういう親が控えていることを前提にしなくてはならなくなってきている。入社式だけならまだしも、何かというと口をはさんでくる親が少なくないのも現実らしい。給料の問題で、本人ではなく親が「少なすぎる」と抗議に来る、なんてことも珍しくないという。学校における「モンスターペアレント」が、そのまま企業社会にも進出してきたことになる。
そういう親を相手にすることは、企業が本来やる仕事ではない。かつての企業社会では、想像すらできない状況になってきたと言える。採用試験の時には、本人中心の評価しか行われない。その時点で、モンスターペアレントの存在を見抜くのは困難と言っていい。
それでも現実問題として、企業は親の存在を無視できなくなってきている。人事政策のなかで親のことまで考慮しなければならない事態が進行しつつあるのだ。それは、新たな日本的経営と呼ばなくてはならないところにまで発展していくかもしれない。
とはいえ企業もしたたかなもので、親の存在を「利用」しようという動きもある。新入社員研修で親へ感謝の手紙を書かせるというカリキュラムを採用する企業も出始めてきている。人とのつながりが重要なことを自覚させるため、まず親との関係から考えさせる、というのだ。
家族の崩壊が進みつつあると言われる日本で、いまいちど家族を考え直させることで社会人の基礎をつくろう、という試みである。社員の心の中に、「家族」を復活させようとしている。家族主義の復活とも言える。
最近、かつては普通に行われていた社内運動会や社内旅行、はたまた新入社員の全寮制などが復活しつつある。どれも、日本的経営の家族主義を代表するものだった。
そうした家族主義復活の延長線上に、入社式に親を招き、研修の一貫として親子の関係を持ち出す、といったことがあるのかもしれない。モンスターペアレントの登場が先か、企業の家族主義の復活が先かは「ニワトリとタマゴの関係」としか言いようがない。
かつて日本の経営は家族主義を使って成功した。しかし、いま新しく起きつつある“家族主義的なもの”が日本企業にメリットをもたらすものなのか、逆にデメリットとして跳ね返ってくるのか、もう少し観察が必要である。