私、今まで淋しさなんてこれぽっちも感じた事無い”自称・鉄の女”だったんです。
あ~~それなのに、それなのに。。。
30年来の友人(通称/オサル)は今でこそkokoの跡を継いで、”鉄の女2”に君臨していますが、
若い頃(?)は”女らしい”タイプで”淋しがり屋さん”でした。
そんなオサルにいつも”何が淋しいことあるねん。。淋しいの意味わからんわ。。。
”。。。とよく言っていたもんです・・・なのに。。。“淋しさ”という技を覚えてしまったオバはんは。。。
留まる事を忘れ、日本から遠く約9000キロ離れたトルコに移住計画中

(なんせ、行動力だけは、天下一品。。。
)日本で役所に婚姻届を提出し、VISA申請の手続きを済ませた後、2007年4月15日トルコに帰国。
(私はすでに、トルコの配偶者VISAを取得済!入国フリーパス状態です)
息子が夏の授業の合間をぬって、5月初旬から約1ヶ月半 アメリカから帰国するとの事

私、再び喜び勇んで 一足先に 日本に帰国

関空でゲートくぐって出て来た息子と熱烈なハグ

(どっからみてもコテコテの日本人同士がハグしてるって。。。変な光景なんやろなぁ・笑)
息子との生活は格別です。
幸せ以外の何者でもない。。。なんて表現したらいいんやろぅ。。。
私、思いっきり息子コンプレックスです

帰国時久々の柔道着姿にテレ笑顔。。。(ヒゲ面でも、可愛くてしょうがない)
ちなみに、高校時代は。。。
こんな感じ。。。(オーストラリアにて)
ちなみに、二人は。。。
こんな感じ。。。(オーランド空港にて)
息子とのかけがえの無い生活。。。
このときが、”親子2人だけ”で暮らす最後の生活になってしまいました。
息子が産まれて、幸せな人生を感じ。。(あんなに子供嫌いだったのに。。。)
ごんべえさんに振り回されて、ヘトヘトになっても。。。(親子の絆は余計深まり。。。)
息子が居るから強くなれた
君のおかげで、”オッサン”にもなれたんやでぇ
息子の20才の誕生日に、”プレゼントは新しい名字やで
”なんてはしゃいでみせても、本音を言うと、息子と2人 ずっと一緒に暮らしたかったなぁ。。。
なんて言いながらも、あっという間に1ヶ月半が過ぎ。。。
再びアメリカに帰る日が。。。6月下旬。。。涙なみだのお別れです。
一度目の空港での別れは、アメリカから私が搭乗者だったんです。
独りで帰れるだろうか??英語も出来ないのに???出国手続き???。。。心配の連続で、
淋しい気持ちを覆い隠すほどの不安を感じていました。
。。。でも、今回は。。。余裕の関空。見送る側。。。(最悪のパターンです
)息子とゲートでハグをして、見えなくなるまで目で追って
(涙をこらえて。。。どれだけ好きやねん)見えなくなって。。。見送り場まで車で移動し
(涙でグシャグシャ。。。どんだけ~~~)動き出した息子の飛行機。。。
(この頃には鼻水までも。。。むちゃくちゃやん)飛行機が遠い空の彼方に消え失せても、しばらくその場から動く事が出来なかった

気を取り直して、家路を急ぐ。。。帰宅して、家の中へ。。。
ほんの数時間前までそこに居たのに。。。
息子が一人、居なくなっただけなのに。。。
異常な孤独感。。。名前を呼んでは あふれる涙。
息子を追っかけても、アメリカで暮らす事は出来ない。
冷静に考えて、アッララのVISAの許可が出るまで、日本で独り暮らせるやろか???
無理や無理。。。独りは淋しすぎるやろ~~~。。。となれば...トルコ移住か???
時を同じくして、遂に。。。
”あの”兄と。。。”鬼のような”←(間違い..”鬼”です)兄嫁と。。。
”いきがった”その息子2人。。。による”大事件”勃発
トルコ移住を決心したのであった。。。
次回は”醤油”まみれの私。。呆けた母の奇行。。家売却。。。です。
まだまだ続く波瀾万丈お楽しみに
