際限なき収奪に抗う――まず職場で行動しよう【リレー連載⑤ 神部紅/首都圏青年ユニオン】 | くろすろーど

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神部紅/首都圏青年ユニオン
第5回:際限なき収奪に抗う


共感共苦がなければ

 社会問題の全体像をできるかぎり自覚化することは、運動を進める上、方向性を定める上では極めて重要だ。社会の表層をつかみ、それらに対して個別的に働きかけたところで、本質的な構造は変わらないからだ。

 首都圏青年ユニオンは非正規労働者の若者を中心とした労働組合ゆえ、それだけでは狭い視野しか持ちえない。他の社会問題の領域まで直接的に関わることは難しい。例えば、さまざまな障害・困難を抱えている人びとや、マイノリティが向き合わされている状況は、複雑で多様に入り組んでいる。そういった特異性をより身近に捉えることにより、単に“大変そう”といった感想を抱くにとどまらず、自分たちと地続きの問題――社会全体のこととして、貧困が固定化、再生産されていく構造が少しずつ見えてくる。

 より生活に困窮している人々や、マイノリティを本当の意味で共感をもって迎え入れるためには、こうした状況全体をつかもうとする必要がある。運動を構造的変革に導くためには、それぞれの権利や要求運動のベクトルが、より困難な人たちも含めて異議申し立てをしていくことに向かうべきだ。


安上がりなナショナリズム


 東日本大震災当時、自衛隊は最大10万8,000人もの災害派遣部隊を被災地に派遣した。内閣府が2012年1月に行った「自衛隊・防衛問題に関する世論調査」では、9割を超える人々が自衛隊の災害派遣を評価し、自衛隊そのものについても良い印象をもっていると答えている。そうした追い風を受けて、アイドルやアニメのキャラクター、芸能人などを利用して、自衛隊は志願者獲得のため奔走している。軍隊の本質とは暴力そのものであり、人の命を奪うことを大きな目的としているにもかかわらず、「平和を、仕事にする」といった勧誘文句や軍隊色を漂白した宣伝活動には閉口させられる。


 09年の情報公開制度で明らかになった自衛隊の志願理由と目的を見ると、自衛隊の最大の役割であるはずの「防衛で国のために役立つ(8%)」や「災害派遣で役に立つ(7.2%)」より、「他に適当な就職がない(15.2%)」や「自分の能力や適正が生かせる(20.8%)」が上回っている。「給与、退職手当がよい」は8.3%だ。


 少なくない志願者が自衛隊の任務や役割への賛同というよりも、就職困難、待遇面などの魅力や経済的理由から志願していることがわかる。これは戦争を知らないことによって引き起こされている「悲劇」でも「想像力の欠如」でもない。自衛隊に志願する若者が増加している背景には、急速に拡大している貧困がある。教育や雇用の機会を奪われた若者たちは、将来を容易く悲観する。あとは優しく背中を押すだけで、戦場へ足を踏み出すのだ。


 若者たちは貧困に晒され、尊厳を奪われる。残されるのは、「日本人」という帰属意識。幼稚で安上がりなナショナリズム。かつて侵略した国を「仮想敵」に仕立て上げ、不満はそこへぶつけさせる。


 政府は貧困と格差を拡大させる政策を次々と打つだけで、戦場に進んで志願していく若者を量産できる。貧困問題が克服されていかなければ、「経済的徴兵制度」はさらに強化されるだろう。



“絆”原理主義


 東日本大震災以降、多くの職場で「絆」「支え合い」「がんばろうニッポン」などという“美辞麗句”が盛んに使われるようになった。被災地の状況を置き去りにし、あるべき規範を強要されているようで息苦しい。


 表向きは立派に見える企業でも、人権無視、労働基準法無視の主張を平然とぶつけてくる。会社や、お上に頼らず、「自助努力」「自己責任」で賄えという。多くの若者は憤りを感じながらも、強力な同調圧力のなかで「仕方がない」と、周囲や社会と折り合いをつけてしまう。社会は自然には変わってくれない。生きていくためには高望みしないことが重要で、「泣き寝入り」したほうが利口だという思考回路に閉じこもる。常に「何をやってもムダ」という無力感を抱え込んでいる状態だ。これは、対応の術を知らないからこそとる、反射的な自己防衛反応だ。



たたかいはどこから


 東証一部上場企業の売り上げ上位100社の内、約70%は厚労省の過労死ラインである月80時間を超える残業をさせている。日本の企業は若者たちを殺す気で雇っている。仕事によって命を奪われた20代はこの6年で5倍増。日本では1時間に1人、若者が自殺するが、就活自殺にいたっては5年前の3.3倍増。就職失敗による大学生の自殺率は、日本の平均自殺率の2.6倍にものぼる。


 日本には過労死するほど仕事があって、自殺するほど仕事がないのだ。


 この国では権利を果たす前に義務を果たせという主張がまかり通る。これは無法・違法状態が正されている状況ではじめて成り立つ言い分だ。私たちは「勤労の権利」があることを高く掲げるべきだろう。


 それはパワハラやセクハラ、生活が困窮していき、死に至るような長時間労働の中で働く権利ではない。まっとうな仕事を求める権利が、私たちにはある。


 労働基準法第1条には「労働条件は、労働者が人たるに値する生活を営むための必要を充たすべきものでなければならない」とある。使用者と対峙し、直接交渉できる、唯一の組織が労働組合である。職場での法律違反を正す団体交渉が可能なのは労働組合のみに与えられた最大の権限だ。


 仮に法的知識があってもそれが通じない職場のなかで、労働組合だけが予防的行動をとれる。労働法は労働組合に入らないと実質的には使えない。際限なき収奪を跳ね返す力は労働組合しか持ちえないのだ。


 自分や自分の大切な人たちが働く現場で、搾取は起こりつづける。あなたはそれらの横暴に対峙し、声をあげることができるか。「円満に」「もめないように」といった理由で躊躇する者もいるが、現実をみればその主張は幻想にすぎない。我が身を削り、乾いたからだを絞って働くことで、何が残るのだろう。搾取は加速し続ける。社会を変える主体者となれるかどうかの試金石は、職場で行動できるかどうかだ。職場での収奪にすら無抵抗、無力であるのに、社会を変えることなど考えられるのだろうか。目をつぶらず、まず職場を変えることから始めなければ、真に社会を変える一歩を踏み出すことはできまい。


 資本は自らの限りなき増幅を本性とし、人間の尊厳など配慮しない。際限なき彼らの収奪に、抵抗の狼煙を。(了)


〈次回から、大阪のNPO法人はたらぼ代表・中嶌聡氏に交代します〉




首都圏青年ユニオン パート・アルバイト・派遣・正社員、どんな職業、働き方でも、誰でも一人でも入れる若者のための労働組合。労働相談の受付は、電話03-5395-5359まで。


じんぶ あかい 1982年生まれ。工業高校を卒業後、内装業やタイル工、デザイナーとして働く。正社員と非正規社員のどちらも経験。千葉青年ユニオン委員長を経て、2012年3月から首都圏青年ユニオンへ。現職は事務局次長。高校・大学での労働法講義や24時間営業店舗の夜回り調査、若者ホームレス支援、Let's DANCE署名推進委員会など、旧来の労働運動の枠を超えて活躍中。


イラスト 大江萌


※リレー連載「運動のヌーヴェルヴァーグ」では、労働組合やNPOなど、様々な形で労働運動にかかわる若い運動家・活動家の方々に、日々の実践や思いを1冊のノートのように綴ってもらいます。国公労連の発行している「国公労調査時報」で2013年9月号から連載が始まりました。