この記事のポイントは、ピケティブームによって格差拡大で上位1%の所得シェアが増えてるって言うけど、日本ではアメリカのように大富豪が増えてるわけじゃなく、日本のトップ1%は年収1,500万円前後に過ぎず、トップ5%も年収1,000万円くらいで、「トップ5%に入る富裕層が、身近にいる公務員だというのは、社会が平等である証拠と見ることもでき」、「最近、日本は米国並みに格差が拡大しているといわれていますが、日本の場合には、上の人がたくさん稼いでいるのではなく、所得が低い人が急増しているという「下方向への格差」だということが分かります」というものです。ざっくり言うと、日本は富裕層に富が集中してるわけじゃなくて、基本は平等なんだけど貧困層が急増してるだけの格差拡大だってことを強調しているわけですね。おまけに、文章の最後のところで、「身近な公務員が富裕層で国民からの税金で生活する人が富裕層というのは、筋が通らないという考え方もあるでしょう」などと言って、「身近な公務員」へのルサンチマンを煽るというトンデモ記事でもあります。
最初に、ピケティ本人がどう言っているのかを見てみましょう。
ピケティ「所得の主役は資本だ」
「 r>g 」(「資本収益率」>「成長率」)
まとめよう。トップ十分位は常に二つのちがう世界を包含している。労働所得が明らかに優勢な「9パーセント」と、資本所得がだんだん(時期によって、その速度はかなり迅速で圧倒的だ)重要になる「1パーセント」だ。二つのグループ間は連続的に変化しているし、当然その境界ではかなりの出入りがあるが、それでもこの両者のちがいは明確だし体系的だ。たとえば資本所得は、「9パーセント」の所得の中で、もちろんゼロではないが、通常は主な所得源ではなく、単なる補完にすぎない。(中略)反対に、「1パーセント」では、労働所得のほうがだんだん補完的な役割になる。所得の主役は資本だ。
【出典:トマ・ピケティ著『21世紀の資本』(みすず書房、291ページ)】
「9パーセント」と「1パーセント」がまったくちがう所得の流れを糧に生きていたことを理解する必要がある。「1パーセント」の所得のほとんどは、資本所得という形で入ってくる。なかでも、このグループの資産である株と債券の利子と配当による所得が大きい。
【出典:トマ・ピケティ著『21世紀の資本』(みすず書房、295ページ)】
(アメリカの)格差拡大の大半は「1パーセント」に起因するもので、国民所得に占めるシェアは1970年代の9パーセントから2000~2010年には約20パーセントにまで上昇した――11ポイントの増加だ。(中略)トップ十分位に加わった15ポイントの国民所得のうち、約11ポイント、あるいは4分の3近くが、「1パーセント」の手に渡り、そのうちのおおよそ半分が「0.1パーセント」の懐に入っている。
【出典:トマ・ピケティ著『21世紀の資本』(みすず書房、307~308ページ)】
日本とヨーロッパの他の国々における国民所得比で2、3ポイントの増大が所得格差の著しい増加を意味することはまちがいない。稼ぎ手のトップ1パーセントは平均よりも目に見えて大きな賃上げを経験している。(中略)フランスと日本では、トップ千分位のシェアは1980年代初めには国民所得のわずか1.5パーセントしかなかったものが2010年代初めには2.5パーセント近くまで増えている――ほぼ2倍近い増大だ。(中略)人口の0.1パーセントが国民所得の2パーセントを占めるということは、このグループの平均的個人が国平均の20倍の高所得を享受していることなのだ。10パーセントのシェアなら、平均所得の100倍の所得の享受を意味する。(中略)重要な事実は、大陸ヨーロッパと日本を含むすべての富裕国で、1990年から2010年にかけて、平均的個人の購買力が沈滞していたのに対し、上位0.1パーセントは購買力の著しい増加を享受したということだ。
【出典:トマ・ピケティ著『21世紀の資本』(みすず書房、330~333ページ)】
最も裕福な1パーセント――45億人中4,500万人――は、1人当たり平均約300万ユーロを所有している。これは世界の富の平均の50倍、世界の富の総額の50パーセントに相当する。
【出典:トマ・ピケティ著『21世紀の資本』(みすず書房、454ページ)】
不等式 r>g が、当初のポートフォリオ規模に比例する資本収益の格差に増幅されて、爆発的な上昇軌道と、コントロール不能な不平等スパイラルを特徴とする、世界的な蓄積の動学と富の分配をもたらす可能性はまちがいなくある。これはぜひとも認識しなければならない。これから見るように、累進資本税のみが、このような動学を効果的に阻止できるのだ。(※rは「資本収益率」、gは「成長率」)
【出典:トマ・ピケティ著『21世紀の資本』(みすず書房、456ページ)】
以上がピケティ本人の主張です。読めば分かるように、「ピケティの言う格差上位1%」というのは、「労働所得のほうがだんだん補完的な役割になる。所得の主役は資本だ。」という言葉に集約されます。そして、不等式 r>g という「資本収益率」>「成長率」によって格差は拡大していくから、ピケティは、累進資本税でそれを阻止する必要があると訴えているわけです。『21世紀の資本』が問題なのに、「THE PAGE」の記事は「給与所得者」にすりかえているのです。
それでは、日本の富裕層はどうなっているのでしょう。
日本の富裕層は過去最大の101万世帯、純金融資産総額は241兆円
この2年間で世帯数は24.3%、純金融資産総額は28.2%増加
上の図表は野村総研が作成したものに赤字を加えたものです。野村総研は次のように発表しています。
純金融資産保有額が1億円以上5億円未満の「富裕層」、および同5億円以上の「超富裕層」を合わせると、2013年時点で100.7万世帯でした。(中略)2011年と比較すると、富裕層は25.4%、超富裕層は8.0%、両者を合わせた世帯数は24.3%の増加となりました。また、NRIが同様の方法で推計した中で、2000年以降のピークである2007年の合計世帯数90.3万世帯を約10万世帯上回りました。(中略)2012年12月に発足した安倍政権下の経済政策(いわゆるアベノミクス)による株価上昇がもたらした金融資産増加の影響が大きかったと考えられます。
【出典:野村総合研究所の調査発表】
この野村総研の図表を見ても分かる通り、日本のトップ1%は、「THE PAGE」の記事が言っているような年収1,500万円前後どころの話ではなく、少なくとも純金融資産保有額が1億円以上であり、アメリカと同じように、「プライベート・ジェットに乗っているような大富豪を想像」できるものです。
日本の富裕層がますます裕福にアジアで最も急速に資産増加
富裕層人口の増加率で日本は世界一
それから、ブルームバーグが「日本の富裕層がますます裕福に、アジアで最も急速に資産増加」という記事を配信しています。
ロイヤル・バンク・オブ・カナダ(RBC)とキャップ・ジェミニが21日公表したリポートによれば、日本で100万ドル(約1億700万円)以上の投資可能資産を持つ個人富裕層の純資産は前年比24%増えて5兆5000億ドル。日本のミリオネア数は22%増加し230万人となった。
【出典:ブルームバーグ「日本の富裕層がますます裕福に、アジアで最も急速に資産増加」】
そして、上の記事の元になっているデータが以下です。
上のグラフにあるように、日本の富裕層は、2012年の190万2千人から、2013年の232万7千人へと、42万5千人増で、対前年比22.3%も増えています。富裕層人口の増加率では、日本は世界一となっているのです。
また、上のグラフは、東京商工リサーチのサイトに掲載されているものです。東京商工リサーチは、「2014年3月期決算 役員報酬1億円以上開示企業191社・361人で過去最多」で、「361人の役員報酬総額は664億8,400万円(前年同期301人、508億3,000万円)で、前年同期より156億5,400万円増加した。」と指摘しています。
大企業の役員報酬は8~10%アップ、労働者の賃金はマイナス
それから、上のグラフは、「役員報酬サーベイ」(デロイトトーマツコンサルティング株式会社の発表)の最新版です。労働者の賃金は下がり続けているのに、グラフにあるように、上場企業の役員報酬は、会長が32%アップ、「社長の報酬水準は8%増加し、常務と取締役は10%以上の増加率」(「役員報酬サーベイ」の報告書より)と、役員報酬は軒並みアップしているのです。
大企業の配当金は3.52倍増、労働者の賃金はマイナス
上のグラフを見ると一目瞭然ですが、大企業の内部留保は、リーマンショックだろうが不況だろうが一切関係なく一貫して増え続けています。とりわけ、2013年の内部留保は285兆円と前年から13兆円も増やしており、これはまさにアベノミクスの成果でしょう。
相対的貧困率は、3年ごとになっていますので直近は2012年の数字になっていますが、過去の推移を見ると、大企業の内部留保に比例して増えています。このグラフが示すのは、「富める者が富めば、貧しい者にも自然に富が滴り落ちる」という「トリクルダウン」はまったくのデタラメだということです。もっと言えば、「トリクルダウン」の本当の意味は、じつはまったく逆で、「富める者が富めば、それに比例して、貧しい者はますます貧しくなる」ということです。
トップ1%の所得税負担率が下がっている
以上がピケティが問題視している、放置しておくとトップ1%の「資本」が増大し格差は拡大していくということが日本でも生まれているという問題です。それと最後になりますが、「THE PAGE」の記事は、「資本」の問題のすりかえを二重に行っている点を指摘しておきます。
国税庁の調査によると、給与所得者のうち上位1%に該当する年収は1500万円以上となっています。これは給与所得者だけのデータですが、それ以外の人を加えてもそれほど大きな違いにはならないと考えられます。そうなってくると、日本では年収1500万円前後がトップ1%の入り口ということになるわけです。
【出典:THE PAGE 「ピケティの言う格差上位1%、日本では年収いくらの人か?」】
これはピケティが最も問題にしている「資本」を「給与所得」にすりかえる姑息な手段というだけでなく、「所得」を「給与所得」のみにさらに矮小化して、トップ1%の年収を小さく見せようというものです。それは、私が所属する労働総研・労働者状態分析部会で、国税庁「2012年分申告所得税標本調査結果」(2014年2月発表)のデータにより作成した下の表を見れば分かります。国税庁は、「申告所得税」のもとになる「所得」として、「給与所得」のほかに「事業所得」「不動産所得」「雑所得」「他の区分に該当しない所得」としています。これらすべての所得を見たものが下の表になるのです。
そうすると、全体が609万2,502人で、所得が5千万円より上の人数が4万7,125人で、上位0.77%になります。所得3千万円より上の人数にしてしまうと12万600人で、上位2%になってしまうので、ここでは約5千万円以上の所得の人が上位1%としておきましょう。そして、上の表から、所得税負担率をグラフにしたものが以下になります。下のグラフを見て分かるように、トップ1%の所得税負担率が下がっているのです。だから、ピケティは来日した際、日本における消費税増税には反対で、「低・中賃金の所得の税率を下げて、累積した資産やトップ層の所得税率を上げるということ」が日本では必要だと思う(朝日新聞1月31日付)と発言しているのです。