社会による子どもへの虐待“卒業クライシス” - 高校授業料無償化だけでなく緊急支援が必要 | すくらむ

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 3月17日、NHK総合テレビ「視点・論点」で「卒業クライシス」をテーマに、湯澤直美さん(立教大学教授、「なくそう! 子どもの貧困」全国ネットワーク発起人)が話されましたので、その要旨を紹介します。(by文責ノックオン。ツイッターアカウントはanti_poverty)


 いま、子どもたちに高校への入学、高校の卒業という巨大な壁が立ちはだかっています。その巨大な壁は、街中で目にすることはないため、多くの方と共有されていない現実です。卒業・進学の時期に、高い教育費の負担と、貧困の広がりによる家族の生活困窮によって、子どもたちが直面する“危機”――私たちはそれを“卒業クライシス”と名付けました。


 1つの言葉をご紹介します。


 「卒業式は人生の中でも大きなイベントだった。最後を締めくくれなくて残念です。式の後には、もう会えないかもしれないのに、友だちとも会えなかった」――これはこの春、授業料を払えなかったため卒業式に出ることができなかった高校3年生が語ったものです。


 いまこうした高校の全課程を修了しているにもかかわらず、経済的な理由により授業料を滞納していることから卒業資格が得られず、卒業式に出ることができなかった高校生がいます。


 高校授業料には減免措置があっても、それ以外の学校教育費が高い。また奨学金制度があっても条件や給付枠に制限もある。そういった制度の隙間があるのです。また、学費が納入されていなければ単位保留とされてしまうという現実もあります。


 私たちは相談活動などにも取り組んでいますが、さまざまな相談から見えてきたことは、いつ、どこで、誰が、同じような境遇に陥ってもおかしくないということです。


 高校2年生までは期限までに学費を納入できていたのに、親が仕事を失ったり、収入が激減してしまい学費を払えなくなってしまう。あるいは親が病気になり働けなくなってしまったなど、このような貧困に陥るリスクがごく身近なものになっています。多くの人々が労働市場で働くことによって賃金を得て家計を成り立たせている現代社会では、家族の外部にある労働市場を個人の力でコントロールすることはできません。


 現代家族はそもそもリスクにさらされやすい生活基盤の上で暮らしているのです。さらに政策によって緩和されないリスクが、子どもたちが学校で学ぶ権利を直撃し奪おうとしています。現代社会におけるリスク管理は、教育をめぐっても必要とされる事態に陥っているといえます。


 しかし、子どもたちがさらされる危機は、高校卒業資格が得られるかという点のみならず、広範に及んでいます。子どもたちが直面する危機は数多くあるのです。


 最初に直面するのは、入学クライシスです。高校に合格できても入学費用の調達が難しい場合、入学自体が危機にさらされるという問題が起きます。高校の授業料を除いた初年度の保護者の負担金は、授業料の2~3倍かかるという調査結果もあります。ここに授業料の実質無償化では解消されない問題が横たわっています。


 次に入学したあとにぶつかるのが中退の危機です。卒業まで高校生活を続けることができるのかが大きな壁になっているのです。その1つの要因に、授業料などを払うために働きながら学校に通う高校生が増えているという現実があります。ある自治体で全日制高校の進学を調査したデータによると、年々全日制希望率は減少すると同時に、全日制を希望しているのに断念しなければいけない高校生が増えています。そして、定時制高校志願率は年々高くなっていて、2009年は2.61%、中学新卒者の40人に1人にあたる数字です。


 定時制高校は働きながら学ぶ勤労学生の学びの場であるとともに、不登校経験をはじめ、障害や病気、全日制中退後の学び直しの機会など多様なニーズを持った生徒の受け皿として、まさに教育のセーフティーネットとして機能してきました。しかし、近年、経済的理由を背景として公立高校への志願者が急増し、全日制不合格者の受け皿としても必要とされています。


 そのようななか、2008年度以降、公立の夜間定時制高校において不合格者が増えています。昨年は1,174人の最終不合格者が出てしまっています。ここで押さえておかなければならないことがあります。それはこのような子どもたちの危機状況は、経済不況の危機に加えて、各地で計画・実行されている高校再編整備計画にも影響されているという点です。たとえば、定時制高校については各地で統廃合計画が進行しています。学校数が全国で減ってきているのです。そのしわ寄せは子どもに直撃しています。統廃合によって学校が遠くなると交通費がかかります。そのため定期代をまとめて支払えないため、1回ごとの支払いでさらに高負担になる。一方、長い通学時間でアルバイトができる時間が減るために生活費も足りなくなる。結果、月末には交通費がなくなり登校できなくなってしまうのです。中退に追い込まれる背後には、このような“不利の連鎖”があるのです。


 これまで「骨太の改革」として実行されてきた社会保障の削減、痛みを分かち合うという政策は、経済的な苦しさ、痛みを、子どもにまで無理強いする社会をつくってきました。


 このような状態を放置すれば、これは社会による“子どもへの虐待”と言えるような事態を生むのではないでしょうか。そのような社会のあり方は、一刻も早く変えていかなければなりません。


 鳩山首相は、昨年10月の所信表明演説で、「すべての意志ある人が質の高い教育を受けられる国を目指していこうではありませんか」と語っています。しかし、意志を持つこと、意志を持ち続けることは、たやすいことではありません。とりわけ、子どもたちが意志を持ち続けるためには、日々の暮らしや将来への不安を持たなくてもよい安定した生活基盤が必要です。


 3月16日、子ども手当法案と高校授業料無償化法案が衆院本会議で可決されました。4月からの施行が実現したとしても、それだけでは高校進学・卒業が保障されない子どもたちがまだいます。そしてこのままでは、無償化目前のこの3月に学ぶ意志を持ちながらも、高校進学・卒業が保障されない子どもたちが生み出されてしまいます。こうした事態を、緊急に解決しなければ無償化の理念をいかすことはできません。子どもたち、若者たちのこれからの長い人生を左右するライフチャンスを踏みにじらないよう、政府・教育行政の緊急の支援をお願いします。