子どもの貧困は日本の構造問題 -少子化対策から「子どもの幸せのための対策」へ(阿部彩氏) | すくらむ

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 ※「連合通信・隔日版」(09年7月2日付No.8210、09年7月4日付No.8211)に連載された阿部彩さんの講演要旨を紹介します。


 貧困の広がりが社会問題となるなか、『子どもの貧困―日本の不公平を考える』(岩波新書)の著者である国立社会保障・人口問題研究所の阿部彩氏は「少子化対策ではなく子どもの貧困を撲滅する政策を」と訴えている。日本教育会館がこのほど主催した公開講座「子どもの貧困と教育格差」での講演より、要旨を紹介する。


 ◆「子どもの貧困」なくす政策を

   - 貧困がもたらす不公平(阿部彩氏)


 日本には、貧困率など子どもの貧困についての公式なデータがほとんどない。


 かつての貧困は高齢者の問題とされてきたが、それも公的年金などで解消されたと考えられており、まして、子どもの貧困についてはほとんど語られてさえもこなかった。


 ●構造的な問題


 OECDの最新データによると7人に1人の子どもが貧困であるが、1984年の時点でも10人に1人は貧困である。


 子どもの貧困が最近悪化しているのは確かだが、それはリーマンショック以降のことではない。以前から子どもの貧困はあった。子どもの貧困は、好景気の時から続くものであり、日本の構造的問題である。


 ●3つの「神話」


 日本社会には、①総中流神話、②機会の平等神話、③貧しくとも幸せな家庭神話、という「3つの神話」がある。


 戦後から経済発展をとげた70年代にかけて確かに格差は縮小し、生活水準も向上したが、80年代以降、格差はむしろ広がっている。しかし「総中流神話」は、いまだに根強く残っている。


 機会の平等神話は、「上の学校に行けないのは本人の能力と努力の問題」などと思わせるが、機会の平等が本当にあるのなら、子どもの学力や学歴は親の家庭環境に影響されないはずである。しかし、親の学歴・職歴と子どもの学歴・職歴との関連性は70年代以降、強まっている。


 3つ目の神話は、「皆が大学に行かなくても親の愛情があればいいじゃないか」「裕福な家の子どもの方が受験勉強に追われてむしろかわいそう」というような考えに基づく。


 しかし、今は中卒や高校中退では非正規の職にしか就けず、労働市場において非常に不利な立場にある。本人の希望があるのに、「上の学校に行けなくてもいいんじゃない」と社会が片づけてしまうことには問題がある。


 ●子育て環境も不利に


 親の年収と子育て環境の関係を見ると、年収の低い方が不利になっている。昔のように、貧しくても周囲に世話をしてくれる人がいるというのは、今ではあまり存在しない。


 子どもの健康と貧困の関係でも、貧困層とそうでない家庭の子どもとの間には生まれた時から格差があり、年齢が上がるにつれそれが広がっている。児童虐待や非行と家庭の経済状況にも関連がある。また「学校の居心地が悪い」と感じる子どもは、親の職歴階層が低い方が多いという調査結果もある。


 ●貧困の複合的な影響


 貧困が子どもの成長に影響するのは、お金がないことだけではない。医療へのアクセスや栄養、親の不和、学習資源の不足、住居問題など、貧困は複合的な影響を与えている。


 とはいえ、やはり「鍵」となるのは所得だ。


 低所得層の子どもたちを、所得保障するグループとしないグループに分けて観察した欧米の社会実験では、所得保障をした方が子どもの発達に良い結果が出た。


 教育や所得保障など、政府が介入することによって「貧困」という不利をある程度解消できることは、欧米においてはすでに立証されていることである。


 ◆少子化対策の転換を


 貧困の指標には絶対的貧困と相対的貧困がある。


 絶対的貧困は、生存できるギリギリのラインを指すことが多い。これに対して相対的貧困は、その人がその社会の構成員として機能することができるかを問題とし、OECD(経済協力開発機構)やほとんどの先進国が採用している概念である。一般的に、所得の中央値の50%を貧困ラインとすることが多い。


 日本でも、生活保護の最低生活費は一般世帯の消費水準の約60%と設定されており、相対的貧困の概念が使われている。


 ●母子家庭で高い貧困率


 2004年の調査によると、日本の母子家庭の貧困率は66%と他の世帯タイプに比べて突出して高い。父子家庭の19%も見逃せない高さである。


 年齢別では、年少の子どもほど貧困率が高く、また悪化している。これは若い父親の就労形態の悪化が要因であると考えられる。


 ●再分配で貧困率が逆転


 子どもの貧困率を国際比較すると、日本は13.7%。アメリカやポーランドなどの20%超より低いが、北欧などの2~3%と比べると高い値である。


 経済のグローバル化や非正規化はどの国でも進んでいるが、それがどこまで子どもの貧困に影響するかは、その国の政策に左右されている。


 母子家庭の子どもに特化すると、貧困率はOECD諸国中、2番目の高さで約6割。日本では、母子家庭の母親の就労率が高いのに貧困率が高く、養育費や国からの手当が少ない。


 また、日本では、税や社会保障などの所得再分配後に、子どもの貧困率が再分配前よりも高くなるという逆転現象が起きている。これは、子どものある貧困世帯において、税金や社会保険料などの負担が多いのに手当などもらう分が少ないためだ。


 子どもがいる貧困世帯に対しては、どの国でも負担を減らすか給付を多くしている。再分配後に子どもの貧困率が高くなっているのは日本だけだ。


 日本の子どもの学力低下が問題になっているが、学力の低下は、特に社会階層が低い層において顕著である。結果として、学力の格差が拡大しており、「底抜け」の状態となっている。大学進学率などを見ても、親の収入が高いほど子どもの進学率が高く、「機会の平等」からはほど遠い状況にある。


 ●貧しくても子どもは育つ?


 今の日本で、希望する子どもがどの教育まで受けられるべきかアンケート調査したところ、予想より低くて驚いた。「高校まで」と考える人ですら六一・五%にとどまった。


 すべての子どもに(ほとんどの子どもが持っているような)おもちゃや子ども向けの本が与えられるべきかという問いでも、イギリスなどと比べ日本では「与えられるべき」と考える人が少ない。この背景にあるのは、日本人の多くが持っている「貧しくても子どもは立派に育つ」という価値観である。確かに、これは正論ではあるが、それを盾に、子ども期の不条理な不利を容認してしまっているのである。


 子どもに関する政策は、「少子化対策」ばかりではない。日本のすべての子どもが最低限享受すべきものは何か、いま一度考え直す必要がある。


 教育分野では、教育を「子どもの権利」と認識し、クラブ活動や修学旅行費なども含む、教育の必需品への完全なアクセスを保障すべきだ。利用時に無料で、良質の保育を提供することも必要である。


 これまでの政府の政策はすべて少子化対策。これを「子どもの幸せのための対策」へと転換していくことが求められている。