川津祐介 Kawadu_Yuusuke

 

いよいよ結婚を考える年齢になったデコちゃんにふたりの男性から求婚があったたことは本人が書いています(高峰秀子『わたしの渡世日記』文藝春秋)。ふたりのうちひとりは伴侶となった松山善三ですが母ひとり子ひとりで幼いうちから苦労してきていまや木下恵介の片腕とも言える脚本家ながら映画会社もなかなかに高学歴の狭き門となった当節では結婚相手としてはやや素朴ではあります。もうひとりは若手監督にして実家は(確か)銀座の老舗、当人も学校出というんですから天秤に掛ければ申し分ないところでしょうが、そこはデコちゃんらしくあるある尽くしで何でも揃ってると息が詰まるとこっちをうっちゃったわけです。間に入った木下恵介は松山を評して<人柄は僕が保証する>と簡潔にして力強いひと言が添えられているのも、子役のときから人気と引き換えに揉みくちゃにされた半生をひとつ結婚で折り返したい高峰には何ともほのぼのと響いたことでしょう。さてこのもうひとりの求婚者というのが川頭義郎でふとこんなことを思い出したのも名字こそ世に通りやすく直されていますが彼の弟である川津祐介の訃音にしみじみとさせられているためです。木下恵介監督『この天の虹』(1958年)がデビュー作と言いますが見霽かすばかりの八幡の製鉄所にあって構内には機関車まで走っている、それに鷲掴みに掴まっては前進していく機関車から弾かれたように走り出す川津ののびやかな四肢がいまも目の前を走り抜けるようです。初々しくてぎこちなくそれでいて首だけぬっと出すところが不敵な若さで、半世紀を越えて俳優をしていながら川津というひとにはずっとこの初めて映画に出演するという手垢のつかない佇まいがあったように思います。

 

木下恵介 この天の虹 川津祐介

 

 

木下映画から松竹ヌーヴェルバーグと何となくずっと松竹のつもりでいましたが改めて川津のフィルモグラフィーを見ると60年代半ばには各社を舐めるように出演して(まあ他社にあってどことなく馴染まないところは菅原謙二と同じで馴染まないのに違和感なくそこにいて、それがやはり各社を渡り歩いて与えられた形に寸分違わず自分を嵌め込んでみせる天知茂のようなひととは違うところで)ただ... 何というか見渡す出演作のうち思い出せるもの、思い出せないもの(渋谷実監督『好人好日』なんてもう30年以上前の彼方に霞んでつむりを振っても薄暗がりの畳に蹲る笠智衆の姿しか出てこず)、そこに浮かぶ川津の姿は不思議と同じ顔をしています。純情というか若者の闇雲な真っ直ぐさ(『この天の虹』)にしても、女を適当に喰い物にしながら最後はその腕を捻じ上げられる小悪党にしても(増村保造監督『でんきくらげ』)、不良と硬派が時代のなかで喧嘩三昧に男を磨く(鈴木清順監督『けんかえれじい』)にしても、純情と思っていた教え子が男女の愛だの結婚だのをすれっからしく割り切って(自分に抱かれて)いるのに打ちのめさせる(増村保造監督『やくざ絶唱』)にしても、川津祐介という俳優はひとの目に映る自分の姿を見つめている、そういうスマートさと自信に翻っています。

甘くこすりつけるような声で語りかけるような独り言のような、心ここにあらずの距離に相手を掴んでそして突き放す... あの声をもう聞けないのかと思うと遣る瀬ない思いですが、点鬼簿に添える彼の一本に私は木下恵介監督『惜春鳥』を挙げましょう。伝えられる少年白虎隊の剣舞をかつて共に奉じた五人の幼友達が石浜朗、小坂一也、津川雅彦、山本豊三そして川津祐介です。たまたま同じ年に近しい場所に生まれた(だけの、親も暮らし向きも透けて見えるその将来も違う)少年たちが自分たちをいつまでもひとつの体のように手に手につながった友情を信じながら、学校を出てみれば(親も暮らし向きも将来も違うままに)日に日にそれぞれが不意に遠いものに思えてきて、そこに土地の手蔓で東京に出たもののつまらない不祥事に鼻つまみに蹴り出された川津が帰ってきます。噂されることだけでなく何か腹に暗く隠しごとがある感じが一緒に浸かる湯舟にも浮かぶようで、川津という波紋が実はとっくに昔のままではなかった自分たちの間を震わせていきます。とどまろうとしても少年のままではいさせてくれない現実の残酷さを川津はなまじ東京に出たためにひとり被っただけのことで、気づけばそれぞれひとりひとりの中途半端な大人になっていて五人でいれば愛人の子供であることなどかすり傷ぐらいに感じていた津川雅彦も小さいときから愛欲のなかに身を置いてきた自分が知らず知らず愛に冷淡になろうとしていたことにいまでは気が塞ぐ思いです。石浜にしても自分が自分で吹き消そうとしている何かをわずかに手で庇いつつひとり社会の厳しさを生きているような気になっているのもとどのつまりひとりの不安に揺れているからです。失われるしかないからこそ(まさしく題名の通り)愛惜に時間ははばかられるほど甘い疼きになって彼らを押し出すのであって映画に永遠を映してそんな少年がまたひとり小さく命を吹き消します。

 

「惜春鳥」 (huluにて)

 

 

 
 

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