ラッキー
  監督 : ジョン・キャロル・リンチ
  製作 : アメリカ

  作年 : 2017年
  出演 : ハリー・ディーン・スタントン / デヴィッド・リンチ / ジェイムズ・ダレン

 


起き出すとまずは煙草に一服。動き出す男に紫煙が柔らかくまといつきます。煙草は言わば時計代わり、一本を吸いながら朝の日課がどんどんこなされていきます。体を拭き髭を剃って歯磨き、体操をして冷蔵庫の牛乳を一杯飲み干すと次の一杯をグラスに注いで殻になったパックはゴミ箱へ、空いた棚の隙間に買い置きの牛乳パックが寄せられて何とも律儀な手際です。服を着ていつものテンガロンハットを冠ると散歩がてら、お馴染みのコーヒーショップに席を取ります。何年もいや何十年そしてこれもずっと続いていくそんな毎日の自分です。太陽の瞬き具合、皮膚のひりひりと灼ける感触、白い角張ってひやっとしたぬくもりのあるテーブル、ガラス越しの眠たげな景色、持ち上げるカップのコーヒーの重さ、すべてが明日もまた自分を待っている確かな手応えのうちにあります。勿論翌朝も同じことが繰り返されますがとは言え彼もいまや九十歳、朝の日課の最中に意識を失って(幸い病院の検査でも体は至って健康でしかし一度自分のいまに目が向いてしまうと)ずっと続けてきたことが自分が生きているからこそ続いているそんないつ途切れてもそしていつかは途切れてしまうものであることを思い知らされます。ゴッホの「星月夜」に描かれたような天高く糸杉が一本、砂礫の原っぱに貼りつくような男の家には男が生きてきたさまざまな時間が折り重なって濃密に淀んでいてそれが老人の、とかく手の届くところでことを済ませる生活の利便性に明るく整って何とも感じのいい部屋です。ひとり暮らしの、家の内と外でそう空気が変わらない感じもきさくに寛げますがいまや大好きなテレビの前に座っても足許を浸しているのは見えるはずもない自分の死です。不安なのですよ、そりゃあそうです、いまを若さの青年たちからすれば老人はずっと老人だったように思うでしょうが九十歳であれ自分の死は青年たちと何ら変わりません。戦争や喧嘩、事故という暴力的な仕方で生命を奪われるのと違って誰もがいつか死ぬという真理にじりじりと迫られるというのはこれまでの人生が何か淡く消えいくようでそれが堪らないのです。しかし老いるというのもひとつの旅であり、ひとつの冒険であって雄々しくそれを続けよと教えてくれるのは長年愛してくれた主の許を脱走した一匹の陸亀です。千年を生きるという亀でさえ自分の生き様を試そうと旅に出たというのに(例えどこに辿り着くにせよ)くよくよ留まってなどいられないということですよ。  

 

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ジョン・キャロル・リンチ ラッキー ハリー・ディーン・スタントン

 

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