2023年11月10日(金)

 

午後から老人ホームに車でお迎えに行き、近所の公証役場に母と赴き公正証書遺言を作成した。公証人に遺言内容を口授してもらい証人2名の立ち会いの下民法の定めに基づき作成する公正証書遺言。弁護士などの専門家に当初から関わってもらい文案を作成してから公証人に依頼する場合と、弁護士等を関与させずに公証人に最初から文案をつくってもらう場合とがありうる。私は自分が弁護士であるのと、また内容的にも複雑でないこともあり、内容をまとめた上で公証人に直接依頼したが、遺留分という最低限各相続人が相続すべきとされる民法が定める割合を遺言が侵害していると、侵害された相続人が侵害された部分を取り戻すことを請求できることになったり、後述の意思能力の問題など潜在的な無効リスクといった法律問題があったり、あるいはよく考えずに相続人間で平等に、などと作成された遺言が後から争いの元になったり承継された資産の価値を損なう原因になることもありうるため、公正証書遺言作成に際しては最初に弁護士に遺言内容をどうするか相談し整理するステップを経ることをぜひお薦めしたい。

 

公正証書遺言が無効になることはないという誤解が一般にあるようだが、遺言者に意思能力がない場合無効になるので注意が必要だ。意思能力とは自己の行為の結果を理解して判断する能力のことをいうが、母の場合膠芽腫で言語の問題があり、この点のリスクがないとはいえない。とはいえ、以前もここに記載した通りうちの場合は妹がなかなか難しい人間であるという問題もあり、法定相続分にのみ依拠すると、空き家になっている実家の土地建物が妹と2分の1ずつの共有ということになり最終的に処分することにもなりかねない。不動産は不動産自体としてその価値を保ちたいので、不動産をこちらに、預金を妹に、という内容の遺言を作成する必要があった。もちろん妹がそういう内容の遺産分割の話し合いができる人間なら問題ないが、従前の様子からすると到底無理であろうと思われる。この点、意思能力については結局争いになった場合は裁判での立証材料があるかというのを考えるわけだが、現状化学療法でよい状態に保っていることから医師の診断書もそれ相応のものとなるだろうし、内容的にも遺留分にも配慮しており大きく公平性に反する内容にもなっていないこと、不動産自体の価値も高くないこと、というあたりと、また、これまで一度面会に来ただけの妹に何か出せる資料があるかというとほぼないであろうと思われることもあり、立証は可能と判断した。

 

本来は、遺言を正常なうちに作成しておくのがベストだが、やはり健康を害してから作成する例が多いようで意思能力が争われた判例は数多く存在する。遺言を作成することの重要性を学校教育などでももっと教えていくべきだし、遺言自体をもっと確実に、安価に作成できる方法が、確実な遺言の執行の制度とともにさらに法制化されていくべきであろう。死というものはいずれやってくる目を向けたくない現実、といったところで、日常あまり顧みられることはない。しかし、遺言というのは単に財産をどうするか考えることにとどまらず、死を考えることで、これからではどうしていくか考える、そして自分の人生を充実させるためにどうするか考える、そんな広がりのある機会とすることができると思うのだ。

 

今回お願いした公証人は、元検察官のようだが、母に遺言とは何か、最初にわかりやすく説明してくれた。その上で、母の意思確認、ということでまず本人確認のため名前や生年月日を聞いていく。生年月日を聞かれて母、「73歳です」、いきなりのジャブをかます。大丈夫かこの基本中の基本でつまづいていて、遺言内容の確認なんてできるのか、と心配したが、最終的に、「不動産は長女に任せたいです。そうすれば安心です」「お金は次女にもあげないといけません」などの言葉が出て無事意思確認終了。

 

その後は私は席を外して公証人、公証人が手配した行政書士などの証人2名と母で手続が進む。パーテーションで仕切られた向こうから声が聞こえてくる。何やら感極まって泣いてしまう母、きちんと自署できた母、印鑑を公証人が代わって押してくれると言っているのになかなか印鑑を渡さない母、など公証人も一苦労、という感じではあったが、無事に終了。私が入っていくと、なにやら証人2名含めて困難を乗り越えた謎の連帯感が醸成されており、笑、ちょっと面白かったりした。

 

そんなわけで証人2名の合計1万2000円の手当や公証人のフィーを支払い、公正証書遺言を手にして母と公証役場を後にする。その後母と公証役場近くのお店で母の好物の豆を購入し、さらに近くのカフェへ移動。パンケーキなど食べて少し休んでから、今度は近くのTSUTAYAへ。TSUTAYAに入る時、母が近づいてきて手を繋いできた。妹には遺言のことは話していないのだが、妹から最近母のスマホにメッセージがあったのを、この遺言のお礼だと思ったらしい。きっと妹にお金をあげることができるということで、母も安心したのだろう。よかった、母も脳腫瘍に邪魔されながらも、一所懸命考えて、一所懸命に遺される者たちのことを案じているのだ。ありがとう。こういう機会を設けることができて本当によかった。