【2023年9月23日にてんかん発作で救急搬送され、その後グレード4の神経膠腫「膠芽腫」と診断された母。余命の中央値1年程度と言われるこの病気、手術はせず、放射線治療と抗がん剤治療を行うという選択をし、老人ホームに入居して2週間毎に病院の外来診察を受ける生活を送っています。】

 

2024年3月5日(火)

 

この日は造影MRIで外来通院。経過は良好。前回の2月6日の造影MRIの際よりもさらに腫瘍が小さくなっていた。

母も本当に調子が良いようで、治療に並行して漢字ドリルや計算ドリルを母本人の希望で取り組み始めた。また、「走れメロス」などの小説も読みたいとのことで読書も開始。

 

手術なし、放射線治療と化学療法でここまで来られたのは、治療以外の環境も大きいのではないかと思う。老人ホームの行き届いた介護、また、栄養もしっかり考慮された美味しい食事など、良好な環境が母をサポートしてくれていて、本当に安心できる。

 

ますます母が予想より長く生きる可能性が見えてきたため、私も仕事の環境を変えた。1月に独立したばかりだったが、折しも企業様からお声がけいただいたこともあり、ひとまず自分の事務所は廃業して、新しい環境で勤務を開始している。なかなかこの母の状況を見ていると、事業損失を許容しにくい状況になってきており、しばらくはしっかり母を経済的にサポートできる環境を整えていきたいというところがある。

 

追って詳しく記載しようと思うが、この頃から週に一度は母を美術館や公園に連れ出している。ちょうどお花の季節到来、とあって良いタイミングだ。母はその日によって感情に波があり、「なぜ早く殺してくれないのか」などとネガティブな日もあれば、私への配慮までしてくれるポジティブな日もあり、なかなかこちらも扱いに慣れず大変な部分がある。

 

なぜ早く殺してくれないのか、なんてなかなかこちらも傷つく言葉だ。あなたにより良い状態で生きてもらいたくて奔走してきたのは私だから。そして今、まさにその良い状態が実現されつつあるなかで、なぜそんなことを言うのだろう。私は私の精一杯の努力が無駄になったようで辛いものがある。

 

「投げやりになるのは構わない。あなたの人生です。でも、あなたのために努力した人がいることを、忘れないでね」

 

と母には言った。なぜそんなことをするかって?

 

あなたを、愛しているからです。世界に一人しかいないあなたを。

 

この後から、母は少しずつ変わり始めているような気はする。またここに書きたい。