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鳩摩羅什北尾 幹雄
 
小説仏教シリーズ16
鳩摩羅什
北尾 幹雄
小説仏教シリーズ2弾 6
ハードカバー
第三文明社
定価780
245ページ
昭和50131日 初版発行
 
2015年 平成27年 71日 読了
 
★ ★ ★
 
【目次】
母子二人
黄金を知る
死を乗越えて
軍師羅什 
遂に長安へ
一大国家事業
法華経と姚興
流星一つ
 
★ ★ ★
 
インドに発した仏教思潮はシルクロードを通って中国に伝えられ、日本にまで流れ着いた。このシリーズはインド・中国・日本で仏教流布に活躍した名僧・高僧等の苦悶と求道の生涯を人間のドラマとして描いたものである。
文明の破局的様相の現代に新たな人間の生き方を示すものといえよう。
(シリーズの特色)
 
インド国相の血をひく羅什は、長安に迎えられるや、三千人の門下と共に三百数十巻もの仏典を漢訳する。
なかでも「妙法蓮華経」八巻は不滅の名訳として仏教史上に燦然と輝いている。 
(出版社の案内文より)
 
★ ★ ★
 
小説仏教シリーズ第16巻、「鳩摩羅什」。
 
正しく仏教が伝わっていなかった中国に、釈尊の真意を正しく表現した「漢訳」を残した鳩摩羅什の伝記です。
 
訳出した経典、論書、伝記は三百数十巻にも及び、鳩摩羅什がいたからこそ、天台、伝教、そして大聖人へと、仏法が正しく伝わったといえます。
 
僧侶としては「破戒僧」の身になろうとも、釈尊の真意を中国に伝えるために、あえて汚名をかぶることに甘んじた鳩摩羅什は、ある意味、型にはまらない人物でした。
 
「仏法の翻訳という作業においては、言葉を言葉として伝えるだけの翻訳では『理』であると考えています。自身の生き方、行動を通して、身をもって示し伝えてこそ、『事』の翻訳といえるのではないでしょうか。
また、大切なことは、仏法の教えの心を知り、それを正しく伝えることです。翻訳者が言葉の表層しかとらえられなければ、仏法の法理を誤って伝えてしまうことにもなりかねません。崇高な教えも、翻訳のいかんで、薬にもなれば、毒にもなってしまいます」
 
とは、鳩摩羅什をめぐって池田先生と語り合った、中日友好協会の張香山・趙樸初副会長の言葉ですが、「法華経」の名訳を見れば、鳩摩羅什『事』の翻訳で、仏法の教えの心を知っていたといえるのではないでしょうか。
 
また当時は、名声高き鳩摩羅什をめぐり、国が競って羅什を国に迎えようとした事実に、末法との時代の差を感じます。
 
時に武力を行使してまで羅什を迎えようとすることに、本書では「素晴らしいことだ」と称えていますが、人が幸福になるための仏法の教えを、人を殺害して得ようとることは、やはり矛盾するのではないかと私は思います。
 
以下、ポイントメモです。
 
いかに法に深く通達しようとも、人間的に優れておらねば、真の名僧には成り得ない。
また、風雪に耐えなければ、大木は育たない。今の羅什には嵐も吹かず、豪雨とも無縁である(P24)
 
●今の私は知識を蓄積しているだけにすぎないと思うのです。教授され自ら学んだものが自分自身の思想になり、行動に移されて初めて仏法を学んだといえるのではないでしょうか(P31)
 
●釈尊の教えの根本である大乗経典を東土の真丹に伝えることができるのは、私だけです(P56)
 
●たった一人の男(羅什)をめぐって大勢の人間の運命だけではなく、一国の興亡までは左右され、数知れぬ兵士達が命がけで戦ったのである(P141)
 
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