おはこんばんちは。私は春公演で演出を初めて務めさせていただきました。ブログに何を書こうかと大変悩んでいましたが、結局のところ一番書かなければいけないと感じているのは演出、ひいては演劇、劇団個人主義についての私の所感だと思ったので稚拙な文章なりに精一杯搾り出させて頂きます。
そもそも私は高校の文化祭で一度だけ役者として人前に立っただけの初心者なのです。大学から演劇を始め、これまでの夏、大祭、冬公演を役者として参加させて頂いたのは良いのですが、まだまだ演劇の「え」どころかさんずいの部分すら掴めてない事をひしひしと感じます。そんな私が何故演出という映画で言えば監督のような重要な立場をするに至ったのかと言いますと、直接的なきっかけは今回の演出を誰もやらなかったというのがそうなのかもしれませんが、本音を言えば僕は演出をしたかった。そう思ったのは多分今年の1月とかからだと思いますが。何故なら僕は演劇が好きになれたからです。12月までの私は役者だけをずっとやってきて、それも自己流でした。要するに演劇を見たことが3回ぐらいしかなかった。演劇部に入りながらなんたる体たらくでしょうか。僕はそれでも自分では出来ていた気になっていたのだからよりたちが悪い。それでも「自分の表現」を、まるで何も分からないままに過信していたんです。僕の18年の人生の積み重ねがそのまま役者としての道になると。12月にあった冬公演で僕は恐らくこれまでの役者を一度は挫折できたんだと思います。こういうとこっから成長してそうに聞こえますが、そう簡単にいくものではありません。とにかく挫折をとりあえず一度できた私は演劇を見ました。東大、早稲田、明治などの大学の演劇サークルや、下北沢や渋谷にある小劇場を使って行われるプロの演劇も何個か見に行きました。これまで大学に行くためだけに使われていた武蔵中原-西千葉間の私の通学定期は、演劇会場まで無料(?)で連れてってくれる定期券になったのです。そうして12-3月までで10本弱の演劇を見ましたが、めっちゃ面白い。劇単体で見たら当たり外れはもちろんあります。例え1万円払おうがどれだけ評価が良かろうが外れの時は外れ。演劇は大学のとかでもない限り、映画よりも全然高いのでだいぶギャンブルですが、その分当たりは言いようもない程に当たりです。さらに大体フリーカンパ制(劇場で渡される茶封筒にお金を入れ、公演後に渡す投げ銭的なシステム。始めは訳が分からずビビってた)で入れる大学演劇もバカレベルの高いものが多い。映画との決定的なちがいは役者が立つ舞台と観客席が地続きな部分にあります。そのため会場内がまるで一つの異空間といえるような雰囲気に呑まれる。つまりは臨場感が段違いです。僕の好きなゲームにFateというシリーズ物があるんですが、その中に出てくる固有結界みたいな感じ。最近だと呪術廻戦の領域展開とかですかね。めっちゃ厨二心、ゲーム脳がくすぐられます。とにかく会場がその演目のためだけの雰囲気に包まれているという所が映画とは圧倒的に違います。その中で、観客の目前で行われる役者たちの感情の揺れ動き。これもカメラに写ってる部分の人達だけしか見えない映画とは違い、舞台上に立つ登場人物全ての感情の機微が、一斉に流動する訳です。正に感情の濁流。とても一度で見きれるものではないカオスが生まれる訳です。又、劇場まで足を運ぶ過程もまた面白い。劇場は大体東京が主なので、東京の変な街、綺麗な街を歩きながら舞台にワクワクを募らせるのも中々一興です。私はイカつい公演の後は東京の街を爆走して帰ることに決めています。26の方々、演劇見たいけどどこがオモロイねんとかお金ないよーんとか敷居高杉無理ンゴwwwとかの懸念がございましたら私、馬渕大輝を呼んでくださればいつでも馳せ参じます。お金も半分ぐらいなら喜んで出します。アットホームな人です。ご心配要りません。まあだいぶ色々饒舌に豪語しましたが結局カスみたいなにわか演劇太郎、変人を夢見る一般成人男性でしかないので私よりも昔から演劇ずっと好きじゃぞという方々も多いと思われますがその時は生温かい目で僕を見て、オススメの劇に連れてって下さい。好きというのは絶対的なので別に恐れずに言ったって良いと思う今日この頃でした。
さて、演出を志した経緯はこんなのです。つまりは私の手で劇場を一度包んでみたかった。演出を始めて2ヶ月程経過した現在の感情は、楽しい^_^。現在そうというだけで大分紆余曲折ありましたし、四月八日一時八分現在がそうというだけでまだ本番もこれからいよいよ大詰めという部分なのでまず間違いなくこれからも揺れ動くでしょうが、今が楽しいです。まず配役を自分で選ぶのが楽しかった。役者の方々はそれぞれ約20年分の味が滲み出ている人間達ですので、同じ役でも誰が演じるかによってまるで違う料理のようになります。最終的にカレーだけどスパイスがまるで違うみたいな。それを考えてどのような役になるのかを考えるのがめちゃくちゃ楽しかった。私は常識の範囲の中でしか動けないのでそんなチャレンジングな事はできなかったですが、たまにおばあちゃんを20の男性がやったり、おじいちゃんをさりとて白髪や老けメイクをするでもなくそのままの20歳前後の男が演じてたりする事もあって、それでもそれが味になったりもするのですから凄いものです。又、一つの役に徹する役者と違い、台本全体を把握してその流れを掴む役職のため、作品全体がこういう流れでこのシーンはこういう意図があるのだというのが掴みやすいです。一見ただの空気の重い会話シーンと思っていても実はこんな感情の動きがあるんだぁ!!とか、稽古を重ねるにつれて劇の理想の姿が見えてくるのは他では味わえない脳汁でしょう。まあ本当の所は稽古序盤でしっかりとどう演出するか決めないと後で役者を振り回すことになるのでやっちゃいけない事なんですが。そうして稽古をつけていって、見てるスタ専(スタッフ専門)の人が面白いとか言ってくれた日にはもうドパドパのジョバジョバでズブズブです。そのほかにも舞美(舞台美術、大道具)、照明、音響にどんな意味を持たせるか、ギャグシーンをどうしたら面白くなるか、等等考える事もいっぱいですし、できることもその分いっぱいです。私は今回出来ませんでしたが、他団体ではダンスしたり、影絵でopを作ったり、とにかく自由度の高い創作が可能です。とにかくインプットして、真似事でも良いので使えそうな事をたくわえていくと色んな構想が描けて楽しかったです。とは言え結局は何ができるかではなく、その劇をどうしたいか、一貫性が面白い劇のキーポイントになってくると思われます。セカオワも方法という悪魔に取り憑かれないでと言っていましたし。まあちょっと説教じみた持論のひけらかしになってしまいましたが「演出とはどうあるべきか?」という質問に対しての回答No1に多い、というかほぼそれしか言えないのが、「人による」という事なので自分の事を信じて、信じれるぐらいに色々蓄えて考えて、劇に真摯に向き合ってみると中々面白いものだと思います。ごめんなさいこう言うと凄いストイックじゃないと無理そうな感じがして嫌だなぁ。実際の所私はまじで役者、スタ専、座組外の方等色んな人がサポートして下さり、そのおかげでなんとか成立しています。皆演劇好きなので手を貸してくれますし、衝突もしてくれます。もう眠いので(本日1限六時起きの男)無理くり締めに入りますが今回演出の右も左もわからない私に多方面からサポート頂いたスタッフの方々、座組外にも関わらずご支援頂いた方々には心から感謝致します。そして私の難解で回りくどい要求にも自分なりの答えを出し続けて頂いた役者の方々へ。これからあなた方がどのような舞台を作り上げるのか、全私が肩を震わせワクワクしています。皆さんどうかこの先も演劇の小さな世界を心ゆくまで一緒に楽しめますように。貴方もね。初期構想よりだいぶ真面目なブログになってしまい、読みづらい文になった事だけが本当に心残りですが(初期構想は混ぜ込みご飯への持論から、多様性の批判などをコミカルに行ってたのに…)まあ一番後悔ない文章だと思って書いてるだけです。自己満足なので悪しからず。以上、春公演演出 毛原縫(モハラヌイ)でした〜良い夜を〜

以下、公演情報です。
千葉大学演劇部劇団個人主義146回公演
『消えてくダイニング』
【作】泉晟
【演出】毛原縫
【日時】4/19(日)10:30/15:00開演
※開場は開演の30分前を予定しています。
【会場】シアターウィング(JR総武線四ツ谷駅徒歩8分)
【料金】無料
来場予約フォームはこちら↓
https://forms.gle/jVkX9EjugKTXLvhY8
配信予約に関しては、用意が整い次第公式X、Instagram、HPにてご案内いたします。








